産業と消費者のイノベーション ~Customer Transformation が自動車産業を変革する~

本稿では、自動車産業を例にとり、現在見えている、また今後見えてくるイノベーションに真に貢献しているものは何かについて解説します。

本稿では、自動車産業を例にとり、現在見えている、また今後見えてくるイノベーションに真に貢献しているものは何かについて解説します。

ハイライト

Google、Uber、Lyft、Tesla等、テクノロジー産業は業界・業種の壁を越えて新たなビジネスを生み出しています。

デジタルトランスフォーメーションとは、テクノロジーの進歩だけを指すものではなく、人の変化(Customer Transformation:CT)も含めた概念です。人とモノの関係性は複雑に入り組んでおり、人の新たなニーズに合わせてモノが進化すれば、人の行動もまたそれによって変わります。

「モノが便利になることは、人々にどのような変化をもたらすか?」。本稿ではテクノロジーのイノベーションが人の行動をも大きく変化させることを理解するため、自動車産業を例にとり、現在見えている、また今後見えてくるイノベーションに真に貢献しているものは何か、ということについて論じます。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

I. 自動車産業に起きているデジタルトランスフォーメーション

自動車産業は、世界最大かつ最もダイナミックな業界の1つで、1兆米ドル以上の連結売上高を維持しています。その影響力は、都市計画、サプライチェーンマネジメント、IT、鉄鋼、環境など驚くほど広範囲に及びます。

現在、この自動車産業に、Google、Uber、Lyft、Teslaなどの様々なテクノロジー企業が続々と参入しています。自動車産業がテクノロジーの進歩を志向する一方で、テクノロジー産業も自動車産業に進出し、産業の境界は過去にないほど曖昧になってきているのです。本稿では、こうした自動車産業に起こっている変化=デジタルトランスフォーメーションのうち、消費者の変化=カスタマー・トランスフォーメーション(Customer Transformation:CT)に焦点をあてて論じます。CTは、商品・サービスが消費者に与える影響として定義できますが、ユーザビリティよりも成果に重点を置いている点で、ユーザエクスペリエンス(UX)やカスタマーエクスペリエンス(CX)とは異なります。

II. 産業のサービス化モデルの進化

人とクルマの関係性は複雑に入り組んでおり、人の新たなニーズに合わせてクルマが進化すれば、人の行動もまたそれによって変わる、共生的な関係にあります。

おそらくこの共生関係における最新で潜在的、かつ最も力強い変化は、近年新しく現れた「産業のサービス化=Industry As A Service」でしょう。この「産業のサービス化」は、あらゆる業界・業種で起こっています。自動車産業のサービス化=Cars As A Serviceでいえば、伝統ある自動車メーカーでさえもUberやLyftに匹敵する独自の配車サービスを開始しています。たとえば、BMWは最近シアトルで、「ReachNow」というカーシェアリングと配車を組み合わせたサービスをローンチしました。

消費者向けの「Cars As A Service」モデルを考えるにあたっては、物流および輸送会社向けの同種サービスである「Trucks As A Service」が参考になります。このモデルでは、顧客は特定の車両を所有しません。代わりに月額または年単位で、メンテナンスや保険、修理、車両の種類/構成のトータルサービスに対する料金を支払います。運送会社は、燃料以外のすべてをキロメートル単位の契約で支払うことになります。

このようなキロメートル単位で支払う「Cars As A Service」モデルは、まだ一般消費者には普及していません。しかし、「Cars As A Service」モデルの登場は、いずれ一般消費者も運送会社と同様のサービス的オプションを利用できる可能性があることを示しています。たとえば、Fiat Chrysler Automobiles の 「Jeep Wave Program」、Mercedes -Benz の 「Mercedes -Benz Collection (collection.mbusa.com)」、Dr. Ing. h.c. F. Porsche AGの 「Porsche PASSPORT (porschepassport.com) 」。 これらサービスはすべて、いくつかの階層に別れたサブスクリプションサービス型モデルです。

III. Customer Transformationによってもたらされるサービスの可能性

オフィスへの毎日の通勤は自動運転のセダンを使って通勤中に仕事をし、家族との週末にはSUVでレジャーに行き、休暇や特別な日にはスポーツカーを楽しみたい。しかし、3台を所有するのに必要なメンテナンスや保険、駐車スペースの管理をするのは大変です。

「Cars As A Service」モデルならば、これら3台の自動車の従量制の利用料、メンテナンス料、保険料と、すべて含めた月額料金を1つのサービスに払えば済む、と考えればよいのです。

アプリ経由でこのサービスにアクセスするだけで、あなたは契約した自動車とサブスクリプションオプションを管理することができます。このような使い方は、あなたが毎月利用し、料金を支払っている音楽アプリとさほど違いはありません。

また、あなたのニーズに最も適するように、キャビンと外装の構成を簡単に変更できる「プラットフォーム」を備えた自動車を持てるサービス契約も考えられます。たとえば、平日はキャビンと外装をセダンの構成にしておき、週末はミニバンに変えるというようにです。おそらく、これはプラットフォームを所有もしくはリースしたうえで、3つの異なる構成を自由に変更することが可能になるようなサービス契約となるでしょう。

IV. Cars As A Serviceがもたらすインパクト

Cars As A Serviceは、進行するに従い、顧客行動や能力を根本から変えていくでしょう。そして、そのインパクトは、自動車産業に寄与している巨大で多様なパートナー群や、サービスプロバイダーたちにも大きく影響します。そこで最後に、Cars As A Serviceが自動車産業と消費者それぞれに与えるインパクトについて考えてみましょう。

1. 自動車産業への影響

自動車メーカーは、先進市場向けには生産台数より、車1台当たりの価値を高めていくようになるでしょう。製造コストが減少する一方で、サービス関連の労働コストは大幅に増加します。また、ビジネスプロセスだけでなくB2Cエンゲージメントも管理するため、データ収集と分析作業が劇的に増加します。さらには、サービス契約を履行するためにロジスティクスはより複雑になり、人間とAIのコラボレーションなくしてビジネスを進めることは不可能になります。

小売および流通ネットワークは、こうした自動車産業の変化に合わせて進化します。また、政府機関やサービス業者、保険会社など、パートナーとステークホルダーが質的にも量的にも変わっていきます。

このように、自動車産業の顧客ニーズに対する理解と対応は、よりコネクテッドでアジャイル、かつ流動的なものになるでしょう。コーポレートブランドの重要性が増し、モデル/プロダクトブランドを置き換えうるものにもなります(図表1参照)。

図表1 自動車産業への影響

図表1 自動車産業への影響

2. 消費者への影響

「スポーツカーを運転するのが好き」「オフロードの運転が好き」といった自動車を購入するうえでの目的が、「契約するサービスがどれだけ多様なライフスタイルニーズをサポートしてくれるか」という検討項目に取って代わられる変化点(シンギュラリティ)が訪れます。それゆえ自動車のシンボルとしての重要性が低下し、その代わりに、クレジットカードのサービスレベルのように、あなたが利用したいと感じるサービスレベルの重要性が増すこととなるでしょう。

また、あなたとサービスプロバイダー間で関係を構築することになり、今までのような自動車の個体そのものとの関係ではなくなります。さらには、自律走行車が標準となるため、乗車している間のあなたの行動に合わせて、車のキャビンの好みもミーティングモード、勉強モード、ゲームモード、ナップモードと、調整できたり、常に変わっていくものになる可能性があります(図表2参照)

図表2 消費者への影響

図表2 消費者への影響

V. 社会における自動車産業の役割の変化

自動車はそもそも、輸送手段として役立つように作られました。しかし、人との関係性が進化し、多くの場合、自動車を所有することが「目的地」となりました。それは私たちに自由、アクセス、社会的能力、地位を与え、自分がどのような人間であるかを表現する手段となりました。しかし、私たちのニーズと優先順位は時代とともに変化します。今では、自由、アクセス、社会的能力は、手のひらの中のスマートフォンからデジタルを通じて獲得することができます。一方、当初の目的であった移動・輸送はコモディティ化に向かっています。

自動車産業の将来は、人間の価値観が変化するのに沿ってイノベーションを起こすことができるかどうかにかかっています。この文脈に沿って論じるならば、例えば電気自動車のイノベーション性はその動力にはなく、生産を簡略化し、必要な部品や部品数を少なくしてメンテナンスの必要性を減らし、所有から利用に向かう人間の価値観の変化を支えている点にあると考えることができるでしょう。CTは、今まさに未来に向かってドライブしているのです。

執筆者

KPMG Ignition Tokyo
パートナー Rubel Phillip
マネジャー 天野 洋介

お問合せ