資本コスト経営~ROICの活用と最適資本構成の実現 | KPMG | JP
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資本コスト経営~ROICの活用と最適資本構成の実現

資本コスト経営~ROICの活用と最適資本構成の実現

本稿では、「資本コスト経営」と密接に関連しているROIC(投下資本利益率)と最適資本構成の観点から、その推進に当たって考慮すべき論点について解説します。

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2018年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードは自社の資本コストを的確に把握したうえで、事業計画や資本政策の策定、事業ポートフォリオの見直しや経営資源の配分、政策保有株式への対応について求めています。資本コストを認識している企業は全体の約半分という調査結果もある中、今後、多くの企業が自社の資本コストを算出し、経営に取り入れていくものと推察されます。
資本コストそれ自体の算出は決して高度な技量を要する訳ではありません。むしろ、資本コストを巡る最大のチャレンジは、資本コストを意識した経営を行うことによって、いかに企業価値向上に繋げていくか、という点です。
本稿は「資本コスト経営」と密接に関連しているROIC(投下資本利益率)と最適資本構成の観点から、その推進に当たって考慮すべき論点について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 「資本コスト経営」が目指すところは資本コストを上回るリターンの持続的な創出である。リターンを測る指標として、特に一般事業会社においてはROICが優れている。
  • ROICを活用する前提として、自社の資本コストをマーケットの期待を踏まえて正確に認識することが必要である。一般的に日本企業がCAPM(資本資産価格モデル)で算出する資本コストはマーケットの期待値と乖離していることが多い。
  • ROICは現在のD/Eレシオを所与として議論されることが少なくない。最適資本構成に関する議論を踏まえたうえで、投下資本の調達サイド・運用サイドのバランスに配慮し、その過程で政策保有株式の位置付けや余剰現預金の使途についての論点を整理する必要がある。
  • ROICは事業別の評価や事業ポートフォリオ管理等に優れているが、ROICは万能ではない。自社のビジネスモデルや事業のライフサイクルの位置付けを踏まえて、柔軟に活用する必要がある。

I.「資本コスト経営」とROICの活用

1.「資本コスト経営」の重要性

2018年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードおよびその付属文書である「投資家と企業の対話ガイドライン」は、資本コストを踏まえた事業計画や資本政策の策定、資本効率に関する目標設定や事業ポートフォリオの見直し等を上場企業に求めています。日本IR協議会が実施した調査によれば、自社の資本コストの水準を認識している企業は49%に留まります(「IR活動の実態調査」2018年4月)。改訂コードによって、今後、多くの企業が資本コストを意識した経営に舵を切ると推察されます。
資本コストの計算それ自体は決して高い技量が求められる訳ではありません。また、投下資本を所与とし、従来のPLのみの観点から資本コストを上回るROE目標を掲げることも可能です。しかし、これでは本質的に「資本コスト経営」を推進していることにはならないと考えます。
「資本コスト経営」において求められるのは、最適資本構成の方針に基づきバランスシートマネジメントを強化すると同時に、資本コストを上回るリターンを持続的に創出する取組みであるといえます。資本コストを軸にグループ全体・事業別の評価を行い、リスクテイクを通じて企業価値向上を図ることが重要です。

2.「資本コスト経営」におけるROICの活用

資本コストを上回るリターンを評価するROIC(投下資本利益率)は、特に一般事業会社において「資本コスト経営」との親和性が高いと考えます。資本生産性指標はその他にもROAやROEが存在しますが、ROAは分母の総資産に他人債務を含むことから明確に対応する資本コストがないことや、ROEは株主にとって重要な指標であるものの、事業部門別には株主資本を単独で認識することの難しさなどもあり、多くの一般事業会社においては業績管理上使用しにくい、という問題点が存在します。
それに対してROICは分母を事業に投下している資本(「運転資本 + 固定資産」 or 「有利子負債 + 株主資本」)としてリターンを評価し、資本コストとの整合性も図りやすいという特徴があります。
ROICは便利な指標と評されますが、その活用において見落としされがちで、かつ、「資本コスト経営」を推進していくうえでの前提ともいえる下記論点を踏まえる必要があります。


(1)マーケットの期待値を踏まえた資本コストの把握

(2)最適資本構成の実現とバランスシートマネジメントの推進

(3)ビジネスモデルと事業サイクルとROICの適性の判定


これらは主としてグループ全体で整理すべき事項であり、事業別に展開する前段階の議論となります。これらの点が前提として明らかになっていないと、仮に事業別にROICを展開できたとしても、グループ全体で見た場合に企業価値向上に繋がらない可能性があります。

II.マーケットの期待値を踏まえた資本コストの把握

企業は投資家から調達した資本を元手に事業を展開しており、投資家はリターンを求めて投資しています。企業からすれば、投資家が要求するリターンが資本コストに相当します。資本コストは、有利子負債にかかる負債コスト、株主からの期待収益率である株主資本コスト、また、それらを資本構成によって加重平均したWACC(加重平均資本コスト)に大別されます。当然のことながら、資本コストを上回るリターンを上げなければ投資家は満足しません。資本コストをハードルレートとして投資評価等に使用するのはこのためです。
借入金の金利など負債コストと比べて株主資本コストはあくまでも投資家の期待値であり、実務上はCAPMのモデルを活用して推定するしかありません。そこで問題となるのが、CAPMを使って企業が算出した株主資本コストと、マーケットの主たる参加者である機関投資家とではその水準感が大きく異なる、ということです。
その証左として、株主資本コストに対するROE水準の見方が企業と機関投資家とでは大きく異なるという調査結果を生命保険協会が公表しています(「株式価値向上に向けた取組みについて」2018年4月)。企業の42.9%が自社のROEは株主資本コストを上回っているとしているのに対して、機関投資家の49.1%は下回っていると回答しています。つまり、機関投資家は、日本企業は総じて資本コスト割れ、価値破壊企業であると見做している、ということになります(図表1参照)。

図表1 資本コストに対するROE水準

出典:生命保険協会「平成29年度生命保険協会調査株式価値向上に向けた取り組みについて」2018年4月

機関投資家の株主資本コストに対する認識が企業のそれと大きく異なる要因は様々ですが、主な要因としてリスクフリーレートの設定があります。現在のマイナス金利環境下では、日本企業はリスクフリーレートを限りなくゼロに近い水準で設定しているのに対して、特に長期の機関投資家は定常的な経済状態を想定して金利水準を設定しているケースがあります。また、海外から日本株に投資している機関投資家からすれば、母国の金利水準が日本と比べて高いケースにおいて、母国と同程度の水準を意識してリスクフリーレートを設定するケースも見受けらます。これらのケースではリスクフリーレートを2~3%で設定していることから、結果として日本企業が認識する株主資本コストよりも機関投資家のそれは2~3%高い水準にあることになります(図表2参照)。

図表2 リスクフリーレートの認識の差異

※日本IR協議会「IR活動の実態調査」2018年4月
出典:筆者が作成

ここで問題となるが、資本コストはハードレートとしてROICの評価や投資基準、減損テスト等に活用されるということです。資本コストの認識がそもそもマーケット参加者の期待とずれているのであれば、仮に資本コストを意識してハードルレートを設定したとしても、マーケット参加者にとって企業価値が向上するには至らないケースがあり得ます。現実的な対処方法として、自社の株主構成や株価からインプライされる株主資本コスト等を参考に、マーケットの期待値を踏まえて株主資本コストの水準を検討する必要があります。

III.最適資本構成とバランスシートマネジメント

日本企業は長らくPL重視の経営を行ってきたため、バランスシートへの意識が希薄であったといわれます。しかしながら、「資本コスト経営」を行ううえで、バランスシートへの意識は不可避であり、最適資本構成について明確なポリシーを持つ必要があります。ROICで言えば、「IC(投下資本)」の部分について、明確な活用方針を打ち出すことが重要です。
ROICの投下資本はバランスシートの借方・貸方の両サイドから捉えることが可能です。投下資本を投資家から調達した資本と捉える場合には「有利子負債+株主資本」とし、事業で活用している資本と捉える場合には、運用サイドの「運転資本 + 固定資産」とするのが一般的です。調達した資本がすべて事業に投じられていると仮定すれば、投下資本の調達サイドと運用サイドは本来一致するはずです。
ここで問題となるのは、ROICの評価を調達・運用どちらの投下資本を元に評価を行うか、という点です。実務上、ROICを運用サイドで評価する企業は多く存在しますが、投下資本の運用率(運用サイド÷調達サイド)が低い場合には、運用サイドで評価するROICが必ずしも企業の実力を表していない場合があります。
その最大の理由は、非事業性資産の存在です。非事業性資産が多いと投下資本の運用率は低下し、調達した資本を事業に効率的に投下できていない、という評価になります。経験則的に、運用率が90%を下回ると投下資本は効率的に事業に投下されていない状況が多く見受けられます。
非事業性資産として論点になるのが余剰現預金と政策保有株式です。また、非事業性資産が多く存在しているケースは往々にして投下資本の調達サイドをもって事業(運用サイド)をどう支えるか、という方針、つまり最適資本構成に関する方針が不在であるケースが殆どです(図表3参照)。

図表3 最適資本構成と投下資本の運用率

出典:筆者が作成

1.最適資本構成に関する方針

最適資本構成は、企業が事業を支えていくうえで必要と考える自社の有利子負債・株主資本のサイズおよび構成の妥当な水準を指します。今後の成長投資のために後どれくらい有利子負債を調達できるのか、といった Debt Capacity も最適資本構成の論点です。
最適資本構成の追求は資本コストの低減にも繋がります。一般論として、株主資本コストは負債コストと比べて高水準にあり、財務健全性を意識するあまり株主資本を過剰に積み上げると資本コストは上昇し、ROIC Spread(ROIC-WACC)を毀損します。特に欧米では、資本コストをオプティマルなポイントに引き下げる目的から過度に財務リスクを負わない範囲で、有利子負債を活用し株主資本の割合を引き下げる、という取組みを行う企業が多く存在します。
一方で、日本企業は現在のD/Eレシオを所与としているケースが多く見受けられます。最適資本構成に関する方針がないと、バランスシートの借方に余剰現預金等といった非事業性資産をいたずらに積み上げることになりかねません。
(最適資本構成の実務的なアプローチは、KPMG Insight vol.26 2017年9月号「最適資本構成の追求と格付戦略」を参照)

2.余剰現預金の取り扱い

非事業性資産の議論において、よく論点になるのは日本企業はキャッシュをため込みすぎている、という点です。前掲の生命保険協会調査においても、機関投資家の68.9%が手元資金の水準の妥当性に関して「あまり/ほとんど説明されていない」と感じています。
余剰現預金の大部分は資本勘定の利益剰余金に対応していると考えられることから、前述の最適資本構成についての方針の不在が、現預金の水準について方針の不在に直結している可能性が高いと考えます。
一方で、企業としては資金繰り上のバッファーや突発的な市場環境の悪化等の緊急時の備え、将来投資への積み立て等、様々な観点から手元流動性を厚くしておきたいというインセンティブが働き易いのも事実です。これらの観点を踏まえた、手元流動性ポリシーを策定し、現預金保有に対する説明力を高める必要があります。

3.政策保有株式

機関投資家からみて非事業性資産と見なされがちなのが政策保有株式です。政策保有株式については改訂コードにおいて「保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査」することが明示されています。そこで問題となるのがどのようにして政策保有株式を評価すべきか、という点です。
実務上、多くの企業において投資時点の簿価を分母とし配当や取引等による便益(受注額等)、投資時点と比較した評価損益を分子として政策保有株式を評価しているケースが見受けられます。

しかしながら、バランスシート上、上場株式は時価計上されており、簿価以上の残高が計上されているケースもあります。公表されている財務諸表をベースに業績評価を行う投資家からすれば、時価計上されている政策保有株式も投下資本の一部を構成しており、そこには資本コストがかかっていると見做していると考えます。その観点から、たとえば、下記の評価方法を取っていると考えられます。

このとおり、企業側と機関投資家側では政策保有株式の評価方法は異なります。「資本コストと見合っているか」の評価はこれらの差異に留意する必要があります。
また、「資本コスト経営」の要諦がグループ全体として持続的にリターンを創出することにあることを踏まえると、全体最適の観点から定量評価は行いつつもその保有の妥当性に関する定性的な要因についても十分に検討する必要があると考えます。

IV.ビジネスモデルと事業サイクル

「資本コスト経営」=ROICありきでありません。ビジネスモデルや事業サイクルの位置付けによってROICが機能しないことは往々にしてあり、ROICの限界を知ることもまた「資本コスト経営」において重要な視点です。

1.ビジネスモデル

ROICは製造業やメーカー等、事業の特性上 capital intensive(資本集約型な)企業では有効に機能し易いという特徴があります。このような企業はR(利益)のみならず運転資本や設備の回転率等IC(投下資本)の双方の観点からROICの向上を図ることができます。
一方で、サービス業等、non-capital intenstive な企業ではROICが有効に機能しにくいといった特徴があります。これら事業はそもそもバランスシート上の資産をさほど使用せずに事業を展開しており、IC(投下資本)を改善しようとする場合、実質的に投資抑制しか投下資本を引き下げる手段がありません。結果的に、R(利益)を重視すればよいという結論になり、ROICが業績評価指標として適切とはならないケースがあります。

2.事業サイクル

事業は「成長期」⇒「安定成長期」⇒「安定期」⇒「衰退期」といったライフサイクルを経ると考えられます。ROICが有効に機能するのは「安定成長期」の中期から「安定期」にかけてです。
これらのステージでは成長に向けた大型の投資が一巡し、リターンを継続的に上げるためにR(利益)・IC(投下資本)の効率性を追求する必要があります。コスト効率性や財務効率性を追求するうえでROICは機能し易いといえます。
一方で、「成長期」においてROICを使用しようとするとそもそも投資を控えるという判断に陥らないとも限りません。「成長期」の初期はトップラインこそ伸びるものの、利益が十分に上がっていないケースもあり、ROICも低位に留まる傾向が強いからです。「成長期」においては投資開始時にNPV等で資本コストを加味したうえで、投資のトレースとしてROICの改善トレンドや投資期間にわたっての平均値をみる等といった工夫が必要です
「衰退期」は財務の健全性の確保を最優先に考えるべきであり、ROICでの評価は適切といえません(図表4参照)。

図表4 事業サイクルとROIC

出典:筆者が作成

V.資本コスト経営の実践

資本コストを踏まえて企業価値向上を図るためにはROICを企業の実態に合わせて事業に落とし込んでいく必要があります。
事業別の展開はそれ単独で多様な論点が存在します。その代表的なものとしては、ROICの評価単位(事業部別・製品別)、事業別ハードルレートの設定、事業・子会社への資本のアロケートと投資権限の関係、ツリー展開、ポートフォリオ管理等が挙げられます。
しかし、これらを有効に機能させるためには、本稿で取り上げた「資本コスト経営」の前提条件を踏まえたうえで、グループ全体としての方針を整理する必要があります。マーケットの期待を踏まえた資本コストの水準、最適資本構成に関する方針(手元流動性ポリシーや政策保有株式の方針を含む)、自社のビジネスモデル・事業サイクルを踏まえたROICの位置付けの明確化を通じて、はじめて「資本コスト経営」を推進する土台が整うといえます。
これらを土台に企業価値向上の具体的な施策を展開していくことが「資本コスト経営」の要諦です。
(ROICや資本生産性、資本コスト、最適資本構成、投資家との対話等を巡る論点については拙著「ROIC経営~稼ぐ力の創造と戦略的対話~」(日本経済新聞出版社)もご参照ください。)

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー本部 グローバル財務マネジメント
ディクレター 土屋 大輔

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