移転価格税制の執行状況等を踏まえたAPAの有効性の検討

移転価格税制の執行状況等を踏まえたAPAの有効性の検討

Related content

はじめに

米国では1991年に事前確認制度(以下、“APA”)が設立され、納税者は移転価格に関する事実関係、移転価格算定方法、独立企業間レンジ等について、事前にInternal Revenue Services(米国内国歳入庁、以下“IRS”)と相手国の税務当局と確認できるようになりました。APAは納税者の移転価格に関連する諸問題に対応する労力や費用を軽減し、不確実性を事前に排除できる手段として、特に納税者の移転価格に関する問題が複雑である場合において、有効な解決手段と考えられています。

米国でのAPA設立から四半世紀が経過するなか、移転価格を取り巻く環境は大きく変化してきています。特に、BEPSプロジェクトを発端に各国は移転価格の課税執行強化しており今後更に課税紛争事案の増加が予想されます。APAが全ての企業にとって最良の移転価格対応策というわけではありませんが、以前にも増してAPAを有効的に活用して移転価格リスクに対処していく企業は増えてくると考えられます。実際に、IRSが近年納税者にとってのAPAの利便性を高める事を目的に人員や制度の大幅な改善を図った事と相まって、APAの申請件数が大幅に増加しています。1

APAが移転価格の諸問題への対応策としての有効性を判断するにあたっては、以下の二つの要因が影響を与えると考えられます。

  • 企業固有のファクター
  • APAを活用する目的

企業固有のファクターとして考慮される内容としては、当該企業が属する産業、移転価格リスクに対する許容度、移転価格取引の相手国との関係性、移転価格問題の種類と性質、過去の移転価格調査歴等が考えられます。多くの企業は、APAを取得することで移転価格リスクの排除(例、二重課税、ペナルティ、所得更正、税務上の不確実性に対する引当金の排除)や移転価格調査・税務訴訟に対する労力や費用を削減する事を考えています。また、二国間APA(以下、“バイラテラルAPA”)の合意内容をベンチマークとして、類似する国外関連者間取引に適用することも新たなAPAを活用する目的の一つと考えられています。もちろん、APAにより達成しうる種々の目的の何を最も重視するのかは各会社によって変わってきます。

各国の移転価格課税執行強化とAPAに関する新歳入手続きの影響

新たに移転価格税制の導入したり、移転価格税制を改正し、執行の強化を図る国は年々増えており、主に移転価格に関する税務係争事案は増えると見込まれています。租税条約国間での移転価格に関する係争事案件数は2010年は3,328件でしたが、2014年度には60%増加し、5,423件となっています。2  特に、OECDが推進するBEPSプロジェクトにおける移転価格税制に関する変更点、とりわけ国別報告書の作成・提出が求められることが、租税条約国間での係争事案を増やす要因になると考えられています。3

そのような状況と相俟って、IRSも近年APAプログラムを大きく改定し、効率化を図っています。例えば、APA事案の迅速な解決を目的として、2012年度にIRSはAPAプログラムをIRS Large Business and International (以下、”LB&I”)に移管し、更に、相互協議事案を担当する部署と統合し、Advance Pricing and Mutual Agreement (以下、“APMA”) を設立しました。APMA設立に伴い、IRSは人員を拡充させ、2012年末でAPAや相互協議を担当するAPAチームリーダーを55人、エコノミストを26名としました4。これらの対応はAPAの処理件数を加速させ、最近においてはAPMAは11人のチームリーダーと2名のエコノミストを採用しました。5  また、2015年にはAPAに関する新歳入手続細則 Rev.Proc.2015-41(以下、“APAに関する新歳入手続細則”)を施行し、APAに関する諸手続きを一新しました。APAに関する新歳入手続細則では、IRSが関連の高い国外関連取引を確認対象取引に含めたり、時効成立の延長を求めることができるようになりました。APA申請時に必要となる資料は増加し、納税者はAPA申請前に事前相談メモランダムの提出や事前相談の実施が必須となるケースも出てきました。これらの変更点は申請される事案に対してAPMAオフィスが効率的に意思決定ができることが本質的な目的であり、申請者側の負担を著しく増加させるものではないと考えられています。

IRSの組織改正や新歳入手続細則の施行に伴い、APAの手続きの実効性、効率性の強化が図られ、より充実したプログラムとなりました。今後の国別報告書の提出やグローバルレベルで移転価格に対する課税執行強化の流れは、移転価格調査や二重課税問題を増加させ、グローバル企業の税務リスクマネジメントに大きな影響を与える事が予測される中、IRSがAPAの手続きの改革に取り組んできた事で、APAが今後更に移転価格リスクに対する有効なオプションとなると言えます。

企業固有のファクター

APAの枠組みを通じて納税者が獲得するメリットは企業固有のファクターにより異なりますが、以下、影響を与える重要な要因について説明します。

  A. 企業が属する産業

企業がAPAの取得を検討する際、企業が属する産業とその特性を考慮に入れる必要があります。例えば、自動車産業や医薬品産業は、事業規模や移転価格の不確実性の高さからAPAを取得し、移転価格リスクを事前に排除することは有効といえるでしょう。電子機器業界などのAPMAオフィスや他国の税務当局が事業の特性や移転価格上の問題に関して既に十分な経験を持っている業界においても、APAは効果的といえるでしょう6。一方、APMAオフィスや税務当局が業界の特性について知識が不足している業界においては、APA締結までにより多くの時間と労力を要するかもしれません。

  B. 企業のリスク許容度

企業が自社の移転価格リスクに対する許容度もAPAを検討するうえで重要なファクターであるといえます。一般的に、税務当局も納税者も、APA申請や審査対応においては相互に協調的な姿勢で対応することが求められており、納税者側の移転価格上のポジションがアグレッシブな場合は、APAを取得するデメリットを慎重に検討する必要があるかもしれません。一方、会社が比較的リーズナブルな移転価格上のポジションを採用している状況において、不確実性を確実に排除したい場合においてはAPAは有効に機能するでしょう。

  C. 移転価格取引相手国との関係性

IRSがAPAにおいて相互協議を行う移転価格取引相手の税務当局との関係性もAPAを検討する際の重要なファクターといえます。租税条約締結国でなければバイラテラルAPAの申請はできませんが、同じ租税条約締結国であっても相互協議の経験が少ない当局相手のAPAでは、APA合意に至るまでの期間が長くなることを想定しておく必要があります。また、相互協議を行う相手国との間に存在する特有の論点におけるAPMAオフィスと相手税務当局の見解の相違もAPA合意に至る期間に影響を及ぼす可能性があります。7

  D. 移転価格問題の種類と性質

移転価格上問題の種類とその性質もAPA取得において検討していく必要があります。例えば、ロイヤリティ取引のように常に見解の相違が生じ、明確な理論的解決が困難な取引についてはAPAは有効に機能すると考えられます。長期的な視点でみれば、バイラテラルAPAはロイヤリティ取引に対する移転価格調査による更正リスクを両国で排除できる最も有効な手段と言えます。一方で、米国で販売機能を担う子会社における棚卸資産取引のように、移転価格上の論点が比較的限定的である場合には、バイラテラルAPA締結に要する期間とコストも限定的であると想定され、APAを用いて不確実性を排除する事による費用対効果は高いと考えられます。

  E. 移転価格調査の経歴

企業が移転価格調査に対応する場合、膨大な労力を要する場合もありますが、APAを通じて納税者の調査負担を排除することもAPA取得の一つのメリットと考えられます。例えば、移転価格ポリシー等に一貫性が無い状況で移転価格調査を受けた場合、移転価格調査対応には相当の困難を伴うと想定されます。そのような場合においては、APAの過程を通じ税務当局の確認を得ながら、移転価格の問題に対応し、適当な移転価格の管理を行うことが可能となります。APA審査においては、管轄の移転価格調査官も関与することになりますが、移転価格に関して深い知識と経験を有するAPMAオフィスが審査を実質的に担当するため、より効率的に建設的な対話を税務当局と行うことが可能といえます。8

APAを活用する目的

次に、各企業がAPAの枠組みを通じて得られるメリットと、その実現可能性について検証します。企業によって得られるメリットの種類や性質は異なりますが、一般的なメリットとしては以下が挙げられます。

  A. 不確実性の排除

    1. 移転価格課税に係るペナルティの排除

APA締結後、納税者はAPAの合意内容に対しての一定の報告義務(年次報告書の作成義務9は存在しますが)、APAで合意した確認対象取引に関しては、移転価格同時文書化10を実施する必要はありません。APA審査中においても、APAの確認対象取引に関して、APA対象年度については、同時文書化を実施しないことが一般的です。APAに関する新歳入手続細則のセクション3.07においても、新歳入手続細則に沿ったAPA申請資料を提出する事は、APA期間中に納税者が§1.6662-6(d)(2)(iii)で定める同時文書化の要件を充足しているかの判断要素となると記載していることからも、APA申請書類は同時文書化要件を充足すると考えられます。

    2. 二重課税の排除

各国税務当局は、事実関係を自国に有利に解釈し、移転価格課税を執行することが多く、各国税務当局が同じ一つの事実関係に対して一貫性の欠く対応を行うことが二重課税リスクを増加させます。そのような状況においても、バイラテラルAPAは二重課税リスクを完全に排除する手段であることから、BEPSプロジェクト後に予測される各国の移転価格執行状況を鑑みると、APAを通じて二重課税が排除できるメリットは大きいと考えます。

一方、BEPSプロジェクトにより一国内APA(以下、“ユニラテラルAPA”)のメリットは少なくなる傾向にあります。OECDのBEPSアクションプラン5「有害な税制へのより有効な対処」においても透明性や経済的実体を重視しており11、透明性を高めるために、ユニラテラルAPAの合意内容を関連する税務当局へ共有することを推奨しています12。ただAPMAオフィスはバイラテラルAPA又は多国間APAを可能な限り推奨してきていましたので、米国APA実務における影響は限定的と考えられます。

    3. 税務上の不確実性に関するポジション

2010年1月以降の税務年度において、米国企業は米国の連邦税に影響を及ぼす移転価格を含む税務上の不確実性に関するポジションについて連邦税務申告書におけるSchedule UTPで開示することになりました13。また財務諸表においても同様の開示をASC 740-10(旧FASB Interpretation No. 48)で求められています。APA合意後には、移転価格に関する不確実性が排除されるため、APA確認対象取引に対する不確実性について開示の有無を検討する必要がなくなることもAPA取得のメリットとして考えられます。また、APA合意前であっても、状況に応じて、同様の効果が期待できる事があります。

    4. APAにおける労力や費用と、移転価格調査対応と税務訴訟における労力や費用

一般的に、企業が税務当局の移転価格調査に対応するには、多くの労力を要し、外部専門家のサポートを得る必要がある事で多額の費用も発生します。更に異議申立や税務訴訟にまで発展した税務係争案件に対応するには、主観的な判断が介在せざるを得ない複雑な事実関係や経済的実態を、整理・把握する必要があります。移転価格調査官は多くの情報や資料を請求し、これに企業は多くの労力と費用をかけて対応することになりますが、移転価格調査官が請求する情報や資料の中には、結果として移転価格の問題には直接的に関係の無い、情報や資料が含まれる場合もあります。

一方で、移転価格調査や税務係争案件と比べ、APAは移転価格の問題に集中し、少ない時間で問題解決を図ることを意図しています。APA合意に至るまでの日数と実際の労力を予想することは難しいですが、IRSの頻繁な人事異動にも係らず、APA合意までの平均期間は2010年~2014年間で約10%減少しています14

APAに関する新歳入手続細則では納税者はAPA申請時により多くの資料を提出する必要がありますが、それらの資料はAPAの審査過程でリクエストされる資料が多く、実質的な納税者の負担はそれほど変わりません。多くの情報をAPA申請段階で提出することで、APA審査が迅速に進む可能性があります。

  B. ベンチマークとしてのAPAの適用の可能性

APAプログラムが導入された初期の頃より、一部のグローバル企業の間では二つの経験豊富な税務当局が協議した合意内容をベンチマークとして、類似する他の国との移転価格取引に適用することが有効的だと考えられてきました15。企業はバイラテラルAPAの合意内容や補足資料を移転価格調査が行われている他の国の調査官に提出し、移転価格更正が行われる余地が少ない取引であることをアピールすることもできると考えられます。一般的にグローバル企業は類似する国外関連取引を複数の海外子会社で実施しており、それらの海外子会社が移転価格調査を受ける可能性もありますので、バイラテラルAPAの合意内容をベンチマークとする方法は引き続き有効だと思われます16

BEPSプロジェクトや国別報告書導入の結果として、多くの企業がそのようなベンチマークを有効な移転価格調査対応オプションと考えると思われます。国別報告書導入後は移転価格課税や二重課税は増えると想定され、多くの会社で複数の地域で移転価格調査が発生する予想されます。そのような中、バイラテラルAPAを通じて一定のベンチマークを確立しておくことは、多くの会社にとって有効となるでしょう。

まとめ

近年の移転価格課税執行に関するグローバルな変化はAPAをより有効なものとしています。一方で、各企業の独自のファクターや、APAを通じて得られるベネフィットを熟考した上でAPAを検討する事が肝要と言えます。

 

上記に関する更に詳しい内容につきましては、下記の連絡先までご連絡ください。

Steven Wrappe | (408) 367-4185 | swrappe@kpmg.com

仲 知威 | (408) 367-4162 | tnaka@kpmg.com

岩城 成紀 | (404) 222-7646| siwaki@kpmg.com

----------------------------------------------------------

  1. 出所:Alex Parker, McComber: 2015 U.S. APA Requests Already Tops 2014 Total, 24 Tax Mgt. Transfer Pricing Report 669 (10/1/15).
  2. 出所:http://www.oecd.org/ctp/dispute/map-statistics-2014.htm.
  3. 出所:http://www.oecd.org/ctp/dispute/discussion-draft-action-14-make-dispute-resolution-mechanisms-more-effective.pdf
  4. 出所:Announcement 2013-17, IRB 2013-16, 911 (Rev. April 15, 2013).
  5. 出所:Alex Parker, McComber: 2015 U.S. APA Requests Already Top 2014 Total, 24 Transfer Pricing Rpt. 669 (9/25/2015).
  6. 出所:Announcement 2014-16, I.R.B. 2014-16 Table 4(a).
  7. 出所:Kevin Bell,”IRS Official: Challenges in U.S. Relationship With China Include View of Location Savings”, 23 Tax Mgt. Transfer Pricing Rpt. 1339 (3/5/2015).
  8. 出所:Rev. Proc. 2015-41, I.R.B. 2015-35, Sec. 2.02(4)(a) and 2.03(3).
  9. 出所:Rev. Proc 2006-9,2006-1 C.B. 278, §11.03.
  10. 出所:Treas. Reg. §§1.6662-6(b)(3); 1.6662-6(c)(6).
  11. 出所:OECD (2015), Countering Harmful Tax Practices More Effectively, Taking into Account Transparency and Substance, Action 5-Final Report, OECD/G20 Base Erosion and Profit Shifting Project, OECD Publishing, Paris. http://dx.doi.org/10.178/9789264241190-en.
  12. 出所:上記と同一
  13. 出所:2011: Instructions for Schedule UTP (Form 1120), Cat. No.55028G.
  14. 出所:42.5 months to 38.3 months. Announcement 2014-16, I.R.B., 2014-16, Table 7.
  15. 出所:Tax Officials From Four Countries Tackle Challenges to MAP Process, 20 Tax Mgt. Transfer Pricing Rpt. 686 (1/12/ 2012). Proctor & Gamble Co. executive explained the negotiation of similar advance pricing agreements in multiple jurisdictions.
  16. 出所:S. Wrappe and K. Fujimori, The Best Transfer Pricing Defense is a Good Offense: Using a Bilateral U.S. APA to Benchmark Reasonable Results, 23 Transfer Pricing Rpt. 629 (Sept. 4, 2014).

The information contained herein is of a general nature and based on authorities that are subject to change. Applicability of the information to specific situations should be determined through consultation with your tax adviser. This article represents the views of the authors only, and do not necessarily represent the views or professional advice of KPMG.

Connect with us

 

Request for proposal

 

Submit

KPMG's new digital platform

KPMG's new digital platform