【金融商品会計基準開発プロジェクト】意見募集からはじまる20年ぶりの改正検討

本稿では、意見金融商品会計基準開発プロジェクトに関する募集文書公表の理由、現行基準との考え方の相違、米国会計基準がIFRSと異なる取扱いを採用した部分について解説いたします。

本稿では、意見金融商品会計基準開発プロジェクトに関する募集文書公表の理由、現行基準との考え方の相違、米国会計基準がIFRSと異なる取扱いを採用した部分について解説いたします。

2018年8月30日に、企業会計基準委員会(以下「ASBJ」という)は、「金融商品に関する会計基準の改正についての意見の募集」(以下「意見募集文書」という)を公表しました。
この意見募集文書は、金融商品に関する会計基準の開発(改正)に着手するか否かを決定する前の段階で、我が国の金融商品会計に国際的な会計基準の内容を導入した場合における適用上の課題とプロジェクトの進め方に対する意見を幅広く把握することを目的として、7つの質問項目を中心としてコメントを求めています。なお、意見募集期間は、2018年11月30日までとなっております。
本稿では、意見募集文書公表の理由を、国際的な金融商品会計の改正の背景を踏まえて解説し、国際的な会計基準との整合性を図る場合に検討される必要のある現行基準との考え方の相違について解説いたします。また、本稿では、国際会計基準(以下「IFRS」という)との整合性を図る場合を想定しますが、米国会計基準がIFRSと異なる取扱いを採用した部分についても、併せて解説いたします。
なお、文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを、あらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 金融商品に関する会計基準は、1999年の公表以後、抜本的な改正がなされていないが、金融危機対応等でIFRS及び米国会計基準では見直しが行われている。
  • IFRSでは、金融資産の分類・測定の複雑性の低減、予想信用損失アプローチに基づくフォワード・ルッキングな減損の認識・測定、リスク管理の実態を必ずしも反映しないルール・ベースの複雑なヘッジ会計の改善などが図られている。
  • 米国会計基準でも、改正が行われたが、IFRSとは異なる取扱いを採用している。
  • ASBJでは、このような改正がなされた国際的な会計基準との整合性を図ることで、金融商品に関する会計基準をより高品質なものとすることにつながり得ると考えており、国内外の企業間の財務諸表の比較可能性を向上することにも寄与し得ると考えている。
  • しかし、約20年ぶりの抜本的な改正となるため、多くの適用上の課題を生じることが想定され、基準開発の是非及び開発を行うとした場合の進め方の議論の前提となるコメントを募集している。

I. なぜ、金融商品に関する会計基準の開発(改正)に対し意見を求めるのか?

1. 「2007年問題」と「金融危機」

我が国の金融商品に関する会計基準(ASBJへ移管される前は「金融商品に係る会計基準」)は、1999年1月に企業会計審議会(大蔵省(金融庁)の諮問機関)から公表され、2006年にASBJへ移管されました。実務に適用する場合の具体的な指針については、2001年1月に日本公認会計士協会から公表されています。公表後現在に至るまで、これらについて抜本的な改正は行われていません。
しかし、これらの公表から現在に至るまでに、改正の契機となっていてもおかしくない、2つの大きな出来事がありました。いわゆる「2007年問題」と「金融危機」です。
まず、「2007年問題」です。欧州連合(以下「EU」という)は、2005年からEU域内の上場企業の連結財務諸表について、IFRSの適用を義務付けました。これに併せ、EU域外の企業に対しても2007年(その後2009年に延期)以降、IFRS又はこれと同等の会計基準を適用することを義務付けました。これによりEU域内で資金調達をおこなっていた日本企業もIFRSの適用が求められる可能性がでてきました。これがいわゆる「2007年問題」です。但し、連結財務諸表にIFRSと同等の会計基準を適用することも認められていたため、我が国の会計基準とIFRSとが同等であるのかが問題となりました。この同等性評価の過程では、重要な差異及びこれらに関する補完計算書の作成や追加開示などの補完措置の必要性が指摘されていたものの、ASBJにて重要な差異を解消するように、多くの会計基準が開発・改正された結果、我が国の会計基準とIFRSとは同等であることが、最終決定され、補完措置も不要とされました。
しかし、このとき金融商品会計については公正価値開示を除き、改正等の対応がなされませんでした。これは当時、IFRSの設定主体である国際会計基準審議会(以下「IASB」という)と米国会計基準の設定主体である米国財務会計基準審議会(以下「FASB」という)が、共通化された金融商品会計の導入を目指して、協働して基準の改訂のための作業を行っており、その動向を踏まえて対応することとされたためです。
では、なぜ、IASBとFASBとは、協働して金融商品会計の改訂作業を行っていたのでしょうか。その一端として、リーマンショックに端を発する「金融危機」が挙げられます。当時、“Group of twenty”(以下「G20」という)から、会計事項に関する景気循環増幅効果(例えば、損失が発生してから引当を計上することを求めていたため、リスク管理対応が遅くなりがちで、景気後退局面に急増する引当にあわせるように、貸出を縮小させるなどの行動をとったことで、結果として景気後退をより増幅させてしまう様な効果)が懸念され、会計基準設定主体に、金融商品会計に関する複雑性の低減や、より広範な信用情報の取込みによる会計上の信用損失の認識の強化、単一で高品質な会計基準の達成などの措置を取ることが要請されました。このような流れも踏まえて、IASBとFASBは、ルール・ベースで複雑な分類・測定規定の改善や予想信用損失アプローチに基づく信用損失引当金の基準開発を含む、共通化された金融商品会計の開発を続けていました。そのため、我が国の金融商品に関する会計基準は、当該開発の動向を踏まえて検討することされ、抜本的な改正はなされないまま、今日に至ります。
時系列については、図表1の金融商品会計を巡る年表をご確認ください。

図表1 金融商品会計を巡る年表

図表1 金融商品会計を巡る年表

2. 意見募集文書公表の理由

ASBJは、2016年8月に公表した中期運営方針の中で、我が国の市場で用いられる会計基準が高品質であることが必要であり、また、国際的な会計基準との間の整合性を図ることにより、財務情報の比較可能性を高めることも必要であるとしています。また、この中期運営方針の中で、今後、我が国の会計基準を国際的に整合性のあるものとするための取組みの一つとして金融商品に関する会計基準を挙げています。
これを踏まえ、意見募集文書において、ASBJは、「金融商品に関する会計基準の開発(改正)に着手することは、我が国の会計基準を高品質なものとすることにつながり得ると考えており、また、金融危機時以降に改正された国際的な会計基準との整合性を図ることになり、国内外の企業間の財務諸表の比較可能性を向上させることに寄与し得ると考えている。しかしながら、金融商品会計について国際的に整合性を図るうえでは、約20年ぶりの抜本的な改正となるため、我が国の企業において多くの適用上の課題が生じることが想定される。」としています。そのため、「金融商品会計の開発に着手するか否かを決定する前の段階で、適用上の課題とプロジェクトの進め方に対する意見を幅広く把握する」ことを目的として、意見募集文書が公表されました。

II. 国際的な整合性を図る場合に導入される新たな考え方

我が国の金融商品会計について国際的に整合性を図った場合、金融商品会計が前提とする考え方がどのように変わるのかを解説いたします。なお、ここでは、国際的な会計基準における「分類・測定」「減損」「ヘッジ会計」の3つの分野について、金融危機対応等の趣旨も踏まえて、解説いたします。また、本稿では、意見募集文書にて、「国際的に整合性を図ることを検討する場合、まずIFRSがその対象となると考えられるが、IFRSと米国会計基準が異なる点については、米国会計基準の取扱いも参考にすべきと考えられる」とされることから、IFRSを前提として解説しつつ、なぜ米国会計基準が異なる取扱いを採用したのかについても、併せて解説いたします。
なお、詳細な差異については、意見募集文書の「別紙 IFRS及び米国会計基準について識別している適用上の課題」(日本語PDF:379kb)をご確認ください。

1. 分類・測定

前述のとおり、IASBとFASBは金融商品会計の複雑性の低減のために、協働して金融商品会計の開発作業を行いました。この金融商品会計の複雑性として指摘されていたものに、分類・測定が挙げられます。当時、金融資産においては、保有目的によって分類され、それぞれの分類ごとに測定方法が定められていました。また分類に際しては組込デリバティブの区分について検討が求められ、事後測定における減損も分類によって異なるなど、会計処理が複雑であるとの声があがっていました。このような複雑性を低減させることで、会計情報の透明性を高めることが求められました。
この複雑性を低減するために、IASBは全ての金融資産に単一の分類規定を設け、分類の要件に適合するような測定を求めるモデルを開発しました。具体的には、全ての金融資産を、保有する事業のモデルと金融資産のキャッシュ・フローの特性の2つの視点で分類し、トレーディング事業で保有する金融資産は公正価値で測定し、「利息」と「元本」のキャッシュ・フローしか生じない金融資産をこれらのキャッシュ・フローを回収する事業で保有する場合には償却原価で測定するなどの測定が求められます。
一方、FASBでは、IASBと協働して開発を行っていましたが、最終的にIASBと同様の分類・測定モデルを採用しませんでした。これは、IASBのモデルが全ての金融資産に単一の分類規定を適用するため、分類の判断自体が複雑となり、当時の米国会計基準からの改善度合いと比較衡量した結果、金融資産の種類ごとの分類モデルを維持することを決定したためです。
我が国の金融商品会計においては、金融商品の種類ごとに分類・測定が定められておりますので、仮に、IFRSの分類・測定と整合的な改正がなされた場合には、金融資産の分類・測定におけるモデル自体の複雑性が低減されます。但し、分類の判断自体は複雑となりますので、金融資産取得時の実務上の煩雑さが増す可能性があります。

2. 減損

前述のとおり、リーマンショックに端を発する金融危機の際に、金融商品会計の景気循環増幅効果が指摘されました。つまり、当時の国際的な会計基準では、損失が発生した際に初めて引当を行う「発生損失アプローチ」が採用されていましたが、この発生損失アプローチによる減損モデルは、損失の発生という客観的な証拠に基づくタイミングで減損損失を認識し、その測定は信頼性をもって測定されるように現在の観察可能なデータで立証し得る金額とするものだったため、景気後退期に一気に引当が増加し、金融機関が当該引当の増加を踏まえて行動した結果、景気変動がさらに増幅したのではないかという主張です。この主張から、G20では損失が発生する以前のより早期の信用損失の認識(「予想信用損失アプローチ」)を可能にすべきという提言がなされました。同時に、規制当局からは、予想信用損失アプローチの採用により、金融機関における信用リスク管理の高度化も期待されました。
この提言を受けて、IASBとFASBは、予想信用損失アプローチに基づく減損モデルを開発しました。開発された予想信用損失アプローチによる減損モデルでは、金融商品の認識時点から減損損失を認識し、その測定にもフォワード・ルッキング(将来予測的)な情報を織り込むことが求められています。
なお、減損においてもFASBは、IASBの減損モデルとは異なるモデルを開発しています。FASBの減損モデルも予想信用損失アプローチに基づくものですが、IASBとFASBの減損モデルの大きな違いは、予想信用損失の測定において、常に全期間の予想信用損失として測定するか否かであると考えられます。
IASBは、金融商品の当初認識時から信用リスクの著しい悪化がない場合には、12か月分の予想信用損失として測定し、著しい悪化がある場合や信用毀損の証拠がある場合に、全期間の予想信用損失として測定することを求めています。これに対し、FASBでは、この信用リスクの著しい悪化の判断において、利害関係者から示された理解可能性、実行可能性、監査可能性の懸念に対処するため、信用リスクの著しい悪化の有無にかかわらず、全期間の予想信用損失で測定することとしました。
この点、我が国の金融商品会計における信用損失の認識・測定は、必ずしも損失の発生を待たずに引当金を認識するものの、その測定においては、発生損失の測定とも予想信用損失の測定とも読める規定が含まれています。そのため、仮に、信用損失の認識・測定において、IFRSや米国会計基準と同様に予想信用損失アプローチによる減損モデルとなるように改正される場合には、貸倒引当金は将来予測を織り込んで測定することが明確化されます。また、これにより、金融機関における信用リスク管理の高度化への期待にも応え得ると考えられます。

3. ヘッジ会計

我が国の会計基準やIFRS、米国会計基準で採用するヘッジ会計とは、種々のリスクを回避するために、デリバティブ等のヘッジ手段を利用して行うヘッジ取引において、例外的にヘッジ手段の損益認識時点とヘッジ対象の損益認識時点とを合わせることでヘッジ取引の効果を財務諸表上で表すための会計処理です。ヘッジ会計を適用しない場合に求められる会計処理とは異なる、あくまで例外としての会計処理であることから、ヘッジ会計の適用にあたっては、要件を設け、当該要件を満たす場合にのみ、ヘッジ会計を選択することができるものとされています。
IASBは、従前のヘッジ会計の要件がルール・ベースであり、必ずしもリスク管理の実態を反映できていないとの指摘を受けて、実態をより反映できるように、新たなヘッジ会計のモデルを開発しました。しかし、より実態を反映するためには、詳細な文書化が求められ、リスク管理の実態を財務諸表利用者が理解できるように開示も拡充されています。なお、改正によっても取扱いは変更されておりませんが、ヘッジ会計が適用される場合でも、ヘッジの非有効部分については、純損益に認識するなどの会計処理が求められます。
仮に、我が国の金融商品会計において、IFRSと同様のヘッジ会計を導入する場合、経済的にはヘッジができているものの、ヘッジ会計の要件を満たさないがために、ヘッジ会計が適用できなかった取引の一部について、リスク管理の実態を反映できる可能性があります。例えば、我が国の金融商品会計では、外貨建金銭債権債務の為替リスクのヘッジは振当処理を除き認められていませんが、IFRSでは、ヘッジ会計を採用することもできるものと考えられます。しかし、多くの企業が採用する金利リスクをヘッジする際の特例処理や為替リスクをヘッジする際の振当処理などは認められていません。また、銀行や保険会社における包括ヘッジについて、ヘッジ会計を適用する場合には、より粒度の細かいヘッジ指定が必要となる可能性があると考えられます。

III. 最後に

我が国の金融商品に関する会計基準は、大きな改正もなく約20年にわたって適用されてきたため、実務に深く根付いているものと考えられます。これに対し、金融危機対応等で、国際的な会計基準は大きく変わりました。そのため、仮に国際的な会計基準と整合性を図るべく金融商品に関する会計基準を改正する場合には、企業において適用上の課題への対応コストが生じることが予想されます。しかし、前述のとおり、2007年問題や金融危機対応を考えた場合、改正を行わない場合にも、同等性への懸念の再発や金融危機時の懸念点(景気循環増幅効果など)が我が国の金融商品会計に対して寄せられるリスクがあります。
我が国の金融商品会計が進むべき方向性を決定する際の前提となるご意見を、このコストとリスクの両面を踏まえた上で、なぜそう考えるのかも含めて、検討いただくことがよりよい基準開発に資するものと考えます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
会計プラクティス部
シニアマネジャー 鈴木 和仁

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