ROTA 2030:ブラジルにおける研究開発(R&D)に対する税務インセンティブ

本稿では、今後のブラジルの自動車産業の技術発展を振興するための税務インセンティブプラン、「ROTA 2030プログラム」 の概要について解説します。

本稿では、今後のブラジルの自動車産業の技術発展を振興するための税務インセンティブプラン、「ROTA 2030プログラム」 の概要について解説します。

ハイライト

ブラジル経済は、実質GDP成長率が2015年度 - 3.5%、2016年度 - 3.5%と2期連続マイナスとなり、未曽有の不況となっていましたが、2017年度は、+1.0%と2期ぶりにプラスに転じ景気の底打ち感がありました。ブラジルの自動車産業に目を向けると、自動車生産台数(トラックおよびバスを含む)が2013年度にピークの371万台に達し、その後は急降下で2016年度には216万台にまで落ち込みましたが、2017年度は過去最高の輸出台数を記録し、270万台にまで回復しました。また、国内販売台数も2012年度のピークの380万台から右肩下がりで、2016年度には205万台まで下がりましたが、2017年度は224万台とプラスに転じ、最悪期を脱した感があります。自動車産業はブラジル経済の主要産業の1つであり、自動車産業の発展は今後のブラジル経済の発展に不可欠と言えます。今後のブラジルの自動車産業の技術発展を振興するための税務インセンティブプランが、2018年7月5日に公表されました。
本稿では、その税務インセンティブプランの概要について説明します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 従来の自動車産業振興のための税務インセンティブプランであったInovar-Autoが2017年度末で終了しており、次の施策が切望されていた。
  • Inovar-Autoでは、自動車完成品メーカーのみが対象であったが、今回公表された税務インセンティブは自動車完成品メーカーだけではなく、そのサプライヤーも対象となっている。
  • 自動車部品製造のために輸入される部品等について、ブラジル国内で同等の製造能力がない場合、これらの輸入品については、輸入関税が免税となる可能性がある。
  • ハイブリッド車および電気自動車の輸入関税は2015年10月に引き下げられ、今回の優遇措置では間接税の1つである工業製品税(IPI)の引下げが含まれている。
  • 当該制度は、2018年8月以降、今後15年間施行される予定であるが、2018年7月末時点では暫定令であり、今後の国会の審議を得て承認を受ける必要があり、今後の審議によっては内容が変わる可能性がある。

I.ROTA2030の概要

ブラジル政府は、自動車産業を対象とする今後15年間にわたる優遇税制を認める新たな税務インセンティブプランを発表しました。2018年7月5日付の大統領暫定令第843号により発表された「ROTA 2030プログラム(ROTA 2030 Mobilidade e Logistica)」は、自動車産業に対するインセンティブを拡大することを目的とし、従来のInovar-Auto(イノバラオート)プログラムの対象となっていた自動車完成品メーカーに加え、自動車部品メーカーや自動車製造、モビリティ、オンボード・ロジスティクスに関する戦略的ソリューションを提供する企業も対象に含まれます。
Rota 2030プログラムの対象に自動車業界に属する自動車完成品メーカー以外の企業も含まれたことで、自動車完成品メーカーのみが対象となっていたInovar-Autoよりも恩恵を受けられるケースが増加することになります。現在、ブラジルの自動車メーカーを支えるサプライヤー数は500社以上にのぼり、その多くが法人所得税(IRPJ)および社会負担税(CSLL)の減額(今年の8月以降に投資される研究開発費から対象、来年1月以降に税額控除として利用可能)という形でこの優遇税制の恩恵を受けると見られています。その期に税額控除できない場合、次期以降(5年間)に繰り越すことが可能です(ただし該当年度の納税額の30%が上限)。
優遇措置の対象となる企業は、研究開発費(基礎研究、応用研究、実験開発、サプライヤー研修、基本的製造技術、基本的産業技術、技術サポートサービスに関連して発生した費用を含む)に30%を乗じ、その金額に税率を乗じた金額の税額控除を受けることができます。実務上は、該当する費用の10.2%(30%×34%)を上限として税額控除を受けることができます。
加えて、新プログラムのもとでは、戦略的研究開発投資(先進的な製造技術、コネクティビティ、戦略システム、モビリティおよびロジスティックソリューション、新推進技術または自動運転、これらに関連する自動車部品開発等に関連する費用を含む)に関してさらに15%の控除が認められます。また、金型やモデルの開発、ナノテクノロジー、研究開発のみを行っている専門家、ビッグデータ、データアナリティクス、AIに関する費用も対象に含まれ、約2%の追加税額控除が受けられることとなります。
研究開発およびその他の戦略的項目の投資に対するIRPJおよびCSLLの税額控除の対象が、営業費用に分類される場合、該当する計算期間に発生した研究開発費合計の45%を超えられません。また、今回の新制度では、会計上仮に税務インセンティブが営業損益項目として扱われたとしても、この税務インセンティブは社会統合計画基金(PIS)、社会保険融資負担金(COFINS)、IRPJおよびCSLL等を算定する際の課税対象には含まれません。また、ROTA2030で優遇税制が認められても、さらに、Lei do Bem(技術革新プログラム)やその他のインセンティブの利用も可能です。
このプログラムの導入による連邦政府の税収減は、Inovar-Autoによるものとほぼ同額(年間約15億レアル)になる見込みですが、そのためにはROTA2030の対象となる企業全体の新技術に対する投資が毎年50億レアル以上となる必要があります。
今後数年間にわたり新技術に向けた大規模な投資が必要となる自動車産業にとって、この新プログラムは追い風になると言えます。また中期的な予測が可能となることで(本プログラムは2032年まで有効)、研究開発に関する海外の投資先としてブラジルを検討している企業にとっては、法的な保証が得られることになります。
Inovar-Autoが2017年に終了した後、自動車業界はブラジルでの業界発展を促進するプログラム(今回のROTA2030に該当するもの)の導入を切望していました。その理由は、研究、開発、技術革新(RD&I)への投資を奨励するプログラムの不在によって、いわゆるブラジルコストが上昇し、他国に対してブラジルの競争力低下に繋がり、新しいプロジェクトが他国に流れてしまうためです。過去5年間、Inovar-Autoはさまざまなプロジェクトの誘致に貢献しました。その中には、現地での新しい製造工場建設などが含まれますが、連邦政府が提案する税制優遇措置がなければ実現しなかったものもあったと言えます。

II.ブラジル国内新車販売要件および優遇税制

大統領暫定令第843号の公表に先立ち、連邦政府はブラジルに輸入もしくはブラジルで製造された新車の販売に関する要件を設定しました。新規定は、企業に対し、カーラベリング、自動車燃費効率または運転補助技術に関する構造性能に関する目標値を満たすことを要求しており、これらの満たす企業に対しては工業製品税(IPI)の税率が最大で2%引き下げられます。
規定された要件を満たすことを前提として、このIPI税率の引下げは2022年1月1日より適用されます。よって、自動車業界のすべての企業には、新プログラムによる減税措置を受けるべくプログラムの内容や特徴を理解するための十分な時間が与えられることになります。

III.ブラジル国内に同等の製造能力がない輸入部品に対する優遇税制

ブラジルの自動車業界を対象とした今回の新しい法律には、ブラジル国外で製造された自動車部品に対するインセンティブも含まれています。主な内容は、部品、コンポーネント、組立部品、中間組立品、完成品、半完成品、エアーコンプレッサーを海外から輸入する企業に対し、海外からの購入時の輸入関税を免除するというものです。適用対象は、その輸入品が自動車関連製品の製造に供されるものであり、国産の類似品が存在しないことが条件となっています。
また当該恩典は、自動車産業およびそのサプライチェーンの産業、技術発展に資する研究開発イノベーションプロジェクトおよび優先プログラムへの投資を法律に従い証明したうえで受けられることができますが、その免除金額は輸入金額の2%までとなります(当該部品に係る関税率が2%である場合、関税全額が免除)。
現在もブラジルには、国産の類似品が存在しない場合に輸入関税が免除される制度はあります。新制度のもとでは、類似品が国内で製造されている場合でも、当該サプライヤーが自動車メーカーの要求する定性・定量基準を満たしていない場合には、その輸入品の輸入税の免除を受けられる可能性があります。これは、当該大統領暫定令の公表に際して、自動車業界が連邦政府に提出した要望の1つでした。なお、該当製品や企業が減税措置を受けるために満たすべき条件は、政府が今後定義することになります。新制度は2019年1月1日より発効します。

IV.ハイブリッド車または電気自動車に対する優遇税制

2018年7月5日に発表された法令第9442号に盛り込まれましたが、自動車業界のもう一つの要望は、ブラジルで販売されるハイブリッド車または電気自動車に対するIPI税率の引下げです。
2018年11月より、ハイブリッド車と電気自動車に関するIPI税率は、現行の25%から、重量と燃費効率に応じて7%~20%へと変更になります。
燃料消費量の削減量は、1時間当たりメガジュール(MJ/Km)の単位を用いて測定されます。これは連邦政府がカーラベリングプログラムにおいて使用しているのと同じ単位で、旧優遇税制プログラム(Inovar-Auto)の効率目標に準拠したものです。このインデックスは、自動車を1キロ走行させるのに必要とされる燃料を測定するものです。燃料消費量が少ないほど燃費が良いということになります。
ハイブリッド車と電気自動車に対するそれぞれの法定基準に基づくIPI税率は、図表1に基づき決定されます。

図表1 ハイブリッド車と電気自動車に対するIPI税率

図表1 ハイブリッド車と電気自動車に対するIPI税率

低公害車の販売については非課税としている国もあることなどから、今回の引下げは自動車業界の多くの企業の期待を下回るものであったともみられますが、この引下げによりブラジル国内の販売価格が低下することで、これらの車両への需要増に繋がると考えられます。

V.最後に

Inovar-Autoが施行されていた5年間に多くのプロジェクトをブラジルに誘致することに成功しました。同様に、連邦政府および自動車業界がこれまでに学んだ教訓を踏まえて内容が強化されたプログラムであるROTA 2030も、グローバル市場を視野に入れてブラジルのポジションを確固たるものとし、新製品の開発を促進するために極めて重要なものになると言えます。
なお、大統領暫定令第843号は署名後効力が発生していますが、正式に施行されるためには国会での審議を経て、120日以内に承認を受ける必要があります。大統領官邸のウェブサイトに掲載されている当暫定令の施行に関する理由書によれば、連邦行政府により当法律の施行規則がまもなく公表される予定です。
自動車業界はブラジル国内で直接・間接的に1.3百万人を雇用し、国内の生産総額の4%超を占めています。その自動車業界を対象とした連邦政府による一連の刺激策は、Inovar-Autoが終了して以来、新たなプログラムの導入を待ち望んでいた同業界の今後の発展に向けた大きな支援となります。

執筆者

KPMGブラジル サンパウロ事務所
パートナー Wiliam Calegari

グローバル・ジャパニーズ・プラクティス
パートナー 吉田 幸司

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