海外企業が投資を加速するB2Bマーケティングの進化形ABMとは?

本稿では、アカウントベースドマーケティング(ABM)の本質をふまえた取組みのあるべき方向性や主要論点を中心に解説します。

本稿では、アカウントベースドマーケティング(ABM)の本質をふまえた取組みのあるべき方向性や主要論点を中心に解説します。

アカウントベースドマーケティング(ABM)とは、ハイテク企業を中心としたB2B事業における営業とマーケティングの機能連携による、長期的かつ戦略的な顧客開拓および深耕のための取組みです。2016年頃より欧米のB2B企業を中心に注目を集めており、国内B2B企業においても近年関心が高まってきています。ABMは、他のB2Bマーケティング施策と比較して投資対効果(ROI)が高いとされ、マーケティング予算における投資割合が増加傾向にあります。
ABMとは、B2B企業がデジタル活用を含めたデマンド創出に取り組むなかで見えてきたマーケティングと営業機能連携の課題を解決するための方策であると同時に、アカウントマネジメントという従来より営業機能が取り組んできた施策の進化形とも言えます。
本稿では、ABMの本質をふまえた取組みのあるべき方向性や主要論点を中心に解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • ABMは、企業がデジタル活用に取り組むなかで顕在化してきたマーケティング機能と営業機能間での連携に関する課題への解決策である。
  • ABMの特徴を表現するキーワードは、「長期的取組み」、「戦略的取組み」、「パーソナライズ」、「機能連携」が挙げられる。
  • ABM成功のためには、「アカウント選定」、「アカウント計画・洞察」、「コンテンツ開発」、「アカウントエンゲージメント」、「効果測定」というABMマネジメントプロセスにおける論点をおさえた取組みが重要である。
  • パイロット導入を通して成功事例を創ることにより、社内懐疑者を説得しアカウント担当者の自発性を促進することがABM導入を加速する。

I.ABMの効果と取組みの背景

1.ABMへの注目と効果

米ITSMA社※1 によるアカウントベースドマーケティング(ABM)コンセプトの発表は2003年に遡ると言われるが、欧米を中心に2016年頃から急激に注目度が上がっています。ある調査によるとABMのROIは、他のマーケティング施策と比較して非常に高いとされます。また、ABMに取り組むB2B企業におけるマーケティング予算に占めるABM予算の割合は既に約4分の1程度を占め、さらに拡大傾向にあります。海外でのこのような盛り上がりを受け、国内B2B大手企業においてもABMへの関心が高まり、研究や取組みが始まりつつあります(図表1参照)。


※1 ITSMA社: B2Bマーケティングに関するサービス・ソリューション提供企業

図表1 ABMの投資対効果(ROI)

図表1 ABMの投資対効果(ROI)

補足:ABM経験者(2年以下の経験):n=35, ABM経験者(2年超の経験):n=20

出典:ITSMA and the Account-Based Marketing(ABM)Leadership Alliance, “Driving Growth with Three Types of ABM: How Companies Are Leveraging ABM for Maximum Business Impact”, 2017/8/29を元に作図

2.ABM取組みの背景

(1)インバウンド・マーケティングにおける顕在課題への解決策

2009年頃以降、欧米を含めたB2B企業はリード創出強化等を目的に、デジタル・マーケティング等を通じた需要創出への投資を行ってきたにもかかわらず、営業側でそれらのリードが十分に活用できていないケースも多いです。それは、マーケティングと営業機能間の壁に起因するものであり、具体的にはマーケティング部門と営業部門間におけるKPI(重要業績評価指標)やターゲット顧客の相違、コミュニケーション不足等に起因すると考えられます。ABMは、2009年頃からのデジタル活用によるリード創出への取組みを推進するなかで顕在化してきた機能間連携の課題への解決策として、2015年頃より注目されるようになったと考えられます。


(2)B2B事業におけるアカウントマネジメントの重要性

一般的に、B2B企業では少数顧客が収益の大部分を占めるという、いわゆる「パレートの法則」が多くの企業にあてはまります。たとえば、下記のような事象です。

  • 売上上位20%の顧客が売上の80%を占める
  • 顧客の上位10社が売上の80%を占める

この収益上の顧客の偏りがABM導入において効果創出のための前提となります。多数の企業にリソース分散するのではなく、より少数の高収益顧客に集中するほうが費用対効果が高いという考え方です。その場合、B2B企業にとって重要となるのは、どの顧客を重要顧客とするかという選定方法とその企業数ということになります。
多くのB2B企業の営業部門において、「アカウントマネジメント」というコンセプトは以前からの取組みテーマであり、これら企業には既に「アカウントマネジャー」を設置する企業も多いです。ABMとは、これまでの営業部門中心のアカウントマネジメントへの取組みが、マーケティング機能も含めた形で拡大・統合したと捉えられます。これには、マーケティング機能がデジタル活用を開始・強化するなかでリード生成等のケーパビリティを向上しており、マーケティングと営業の距離感が縮まってきているという背景があります。営業が伝統的に取り組んできた「アカウントマネジメント」が、マーケティングと統合し進化したものがABMという解釈も可能です。営業部門単独のアカウント活動より、マーケティング部門が、重要顧客に対して重点的にアプローチ・リレーション強化を行い、創出されたリードを営業へ連携するほうがアカウント攻略の威力が大きいと言えます。

II.ABMの概要

1.ABMの目的

そもそもABMの目的としてはどのようなものがあるのでしょうか?主な目的としては、重要顧客に対して、直接的に「収益向上」を掲げるケースがあります。一方で、間接的に「リレーションや自社ポジショニング構築・強化」を狙う、2つが挙げられます。
1つ目の「収益向上」実現のための要素は、受注率向上、案件数増加、クロスセル強化、案件単価向上等といったものに分解されますが、どこに軸足を置くのかというのは企業の顧客特性、案件特性、自社事業特性によって様々です。なかには、案件化から受注までのセールスリードタイム削減を主目的に置く企業も存在します。たとえば、セールスリードタイムが1年以上の長期にわたる商材を扱う企業においては、セールスリードタイムを削減することが結果的にトータルでの収益向上に繋がります。また、複数事業を抱える企業が既存アカウント深耕のために、クロスセル強化を目的に置くケースも存在します。
また、2つ目の「リレーションや自社ポジショニング構築・強化」は、「製品納入ベンダー」という位置付けから、事業を共創する「ビジネスパートナー/戦略パートナー」としての位置づけ獲得を目指すものです。たとえば、IT製品を提供する企業が顧客のIT部門の要望に応じて製品を納入する立場から、IT部門のみならず業務部門、事業部門までリレーションを拡げ、事業にとっての問題解決に繋がるソリューション提供企業への自社イメージの脱皮を図るケース等が挙げられます。

2.ABMの定義と特徴

では、ABMとはどのようなものなのでしょうか?その定義と基本的特徴について考えます。


(1)ABMの定義

一般的マーケティングが「投網」に例えられるのに対して、ABMは「銛」に例えられることが多いです。極論すると、一般的マーケティングにおいては、市場を幅広くカバーし多くのリード創出・受注獲得することが重要であり、対象顧客は二義的であると言えます。一方で、ABMにおいては、ターゲット企業を最初に絞り込み、その顧客企業の固有の課題・ニーズに対して能動的にアプローチすることにより結果的に高収益に繋がるというロジックです。


(2)長期的取組み

ABMの1つの特徴として、短期的ではなく複数年にわたる長期的な取組みである点が挙げられます。取組み期間が長くなればなるほど、その効果を発揮するものです。ABMの本質とは、重要顧客を深く理解し多数のステークホルダーにアプローチし、リレーションを構築することであるため、長期の取組みとなることが自然です。短期的に結果がでないからといって、安易にターゲット顧客を入れ替えることはABMの本質から外れる行為と言えます。


(3)戦略的取組み

ABMのもう1つの特徴として、戦略的(Strategic)な取組みと言われます。ABMの大前提として、マーケティングとセールス機能の連携があり、単一機能に閉じた取組みではないということが言えます。また同時に、特定商材・事業のみではなく、顧客の問題解決のために複数商材・事業をクロスする取組みでもあります。結果として、複数機能、および事業を同期させ、リードできる経営上位層の関与・コミットメントがABMの成功にとって必要条件であると言えます。


(4)パーソナライズ

ABMとは、顧客企業およびそのステークホルダー個々の課題やニーズへ注目し、個別化されたコンテンツやメッセージを提供することであると言えます。この個別化されたコンテンツやメッセージを伝える手段として、ABM戦術が存在します。オンライン広告、ウェブサイト・パーソナライゼーション、といったオンライン戦術とワークショップ、セミナーといったオフライン戦術が存在します。


(5)機能連携

前述のようにアカウントマネジメントという考え方自体は、決して新しい考え方ではありませんが、ABMの特徴はマーケティングと営業の機能連携にあり、顧客ターゲット、アカウント計画、目標指標といった関連するあらゆるプロセスについて、マーケティングと営業をアライン(Align)し推進するという点にあります。実行上の肝となるのが機能連携ですが、その推進のための打ち手の考え方については後述します。

3.ABM取組み上の論点

ABM実行におけるプロセスは、「アカウント選定」、「アカウント計画・洞察」、「コンテンツ開発」、「アカウントエンゲージメント」、「効果測定」の5つのステップから構成されます。各ステップにおいては、ABMの効果的な実践のためのいくつかの主要論点が存在します。ABM成功のためには、これらの論点について十分な考慮・検討が必要です。ここではいくつかの主要論点について触れます(図表2参照)。

図表2 ABM各業務プロセスの論点

図表2 ABM各業務プロセスの論点

(1)アカウント選定モデル

アカウント選定モデルには、複数の評価指標を設定し、選定するスコアリングモデルと、多くの条件やパラメータに基づき、統計分析を活用して優良顧客を抽出するモデルなどいくつかあります。
いずれのモデルであっても、自社にとっての優良顧客を捉える属性・軸・指標とその重みづけが鍵となります。指標は、単なる売上規模といった定量指標だけでなく、自社商材と顧客課題の整合性であるとか、担当営業チームの協力度等、多様な指標の検討が必要です。
また対象アカウント数については、ABMでは重要顧客にフォーカスすることが重要であり、対象顧客を増やすことが目的ではないため、むやみにターゲット顧客数を増やすことは賢明とは言えません。


(2)ABM戦術

ABMでは、前述のオンラインおよびオフラインのABM戦術を単体ではなく複数を組み合わせ、継続的、効果的に顧客への働きかけを行うことが重要です。また、実行に際しては、マーケティング、営業、ソリューションといった各機能が連携し進めることが重要です。
経営幹部層との関係強化、新規顧客のドアオープンといった様々な顧客攻略・深耕のケースを想定し、各ケースに応じて創造的にABM戦術を組み合わせ、機能横断で実行することが重要です。


(3)組織連携(機能連携/事業連携)

ABM成功の最大のチャレンジは組織連携と考えられますが、これは一筋縄で実現するものではないため、「推進体制・コミュニケーション」、「プロセス」、「評価指標」といった多様な面から、連携・統合の施策を組み合わせることが必要です。たとえば、プロセスにおいては、アカウント選定における納得性・透明性の担保、評価指標については、マーケティング・営業間のサービスレベルアグリーメント(SLA)の設定等といった施策が挙げられます。


(4)指標設定

ABMにおける指標は、リードや案件を主軸としたものではなくアカウントを主軸としたものであり、マーケティングおよび営業で共有できる指標設定が必要です。
また、アカウント案件数、受注・売上、案件化リードタイム、購買シェア、顧客生涯価値(LTV)といった「結果指標」のみならず、顧客とのリレーション構築活動進捗を測るためのコンタクト数、カバー率、認知度といった「プロセス指標」が重要となります。
また同時に、ABMの効果が測れない、マーケティング貢献が見えづらいといった想定されるリスクを考慮した指標設定が必要となります。

III.ABMの取組みの進め方

最後に、ABMの取組みにおける3つのフェーズについて解説します。ABMの取組みについては、大きく「パイロット」→「本格導入・定着化」→「拡大」という3つのフェーズがあります。

1.パイロット

ABM導入を開始する企業にとっては、最初のフェーズである「パイロット」が肝になりますが、本フェーズにおいてはあまり範囲を拡げず、少数企業(例:3社程度)に対象を絞り実施することが賢明です。まずは、成功事例を創出することにより、社内における懐疑者を説得するための実績を作り上げることが重要です。そのためには、まずは比較的成果を得やすいアカウントから着手する等、取組み推進上の工夫も必要です。パイロットの成功により、自身の担当アカウントにも是非ABMを導入したいと営業担当者に自発的に言わせるような結果と、社内における成果の広報活動も重要です。

2.本格導入・定着化

本フェーズにおいては、少数のパイロットフェーズでの取組み内容を汎用化・仕組み化するとともに、効率化・標準化・高度化していくという作業が求められます。たとえば、ABM人材育成プログラムや継続的な啓蒙活動といった長期的視点にたった取組みや、システム化によるプロセス効率化といった取組みが求められます。

3.拡大

拡大フェーズにおいては、定着化したモデルを他地域、他事業に展開します。その際の注意点とはどのようなものがあるのでしょうか?
特定国の導入モデルをそのまま他国に展開するだけでは、うまくいかないことが想定されます。地域・国ごとの顧客の特性・購買プロセス、自社の事業規模、組織構造、成果指標、といった様々な要素を考慮して、ローカライズした導入方法が必要となります。たとえば、ある国ではトップダウンで購買意思決定を行う傾向が強く、意思決定者を特定しやすいという特徴があるのに対し、別の国ではボトムアップで意思決定者が掴みづらいという特徴があります。これらを考慮したとき、顧客アプローチを行う際のステップは、異なってきます。国・地域ごとの顧客特性・自社ビジネス形態の差異に注意しながら導入することが重要です。

IV.おわりに

ABMという現状の「盛り上がり」が継続するかどうかは別として、アカウントマネジメントというコンセプト自体はB2B領域における普遍的なものであり、また同時にデジタル活用の流れは止まりません。今後、ABM取組み事例が増すなかで、そのエッセンスを取り入れ自社に適したアカウントマネジメントモデルを構築することは、B2B企業のマーケティング・営業関係者が取り組むべき重要テーマと言えます。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
テクノロジー・メディア・通信セクター
ディレクター 山田 宏樹

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