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地政学リスクへの対応と税務管理

地政学リスクへの対応と税務管理

本稿では、地政学リスクに対応した税務管理のあるべき姿について解説します。

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2016年、Brexitが英国国民投票で可決されました。その影響が懸念されるなか、米国で誕生したトランプ政権は自国第一主義の通商政策を掲げています。これによりパクス・アメリカーナ、つまり米国中心型グローバリズムは終焉を迎えたのではないかと見られています。一方、アジア太平洋地域では中国が経済・軍事両面で台頭し、新冷戦ともいわれる米中関係下において貿易戦争の緊張感が高まりつつあります。このように、世界規模で地政学リスクが顕在化する様相を見せています。

地政学リスクは各国における貿易、通商政策のみならず、法人所得税や個人所得税などの直接税、関税に加えて、付加価値税など税制全般に大きな影響を及ぼします。不確実性が増す世界情勢の下、グローバルにビジネスを展開する日本企業は税務の側面からどのように対応していけばいいのでしょうか。本稿では、このような地政学リスクに対応した税務管理のあるべき姿について解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

図表1 税に対する欧米企業と日本企業の考え方の違い(典型的な属性)

  欧米企業 日本企業
会社は誰のもの? 株主のもの 社会性を有するもの
経営指標はどこに注目? 税引後利益に注目 営業利益に注目
税金の捉え方は? 税金は管理すべきコスト 税金は利益の結果として支払うもの
税務戦略は? 企業戦略の一部
  • 税務戦略がない
  • 税務戦略は企業戦略外
税務戦略の策定は? 経営者が関与 経営者は関与しない
グローバルタックスマネジメントシステムの浸透度は? リスク管理とプランニングがあり、CFO直轄のCTOが担当 移転価格以外はない
海外子会社のタックスリスク管理及びプランニングの責任は誰が持つ? 本社CTO 海外子会社
本社CTOの海外子会社のタックスポジション理解は? 把握している 把握できてない
事業部横断または事業部固有の移転価格ポリシーの有無? 有している 有していない

I.地政学リスクと税務

地政学リスクとは、一般的には、特定の地域における政治・軍事・社会的な不安定さがその地域のみではなく、その周辺諸国、さらには全世界の政治または経済等の先行きを不透明にするリスクを言います。たとえば、2016年に英国で行われた国民投票によるEU離脱、いわゆるBrexitや、米国大統領選挙におけるドナルド・トランプ政権の誕生に見られる保護主義・自国第一主義の台頭が該当します。

それでは、これら地政学リスクが税務面にどのような影響を与えるのでしょうか。先ほどの例でいえば、英国のEU離脱によって法人所得税や個人所得税などの直接税、関税、付加価値税などの間接税のルールが大幅に変更される可能性があります。

米国については、トランプ大統領はオバマ前大統領政権下で合意されていたTPPから離脱しました。当初、多くの企業が米国を仕向け先とするサプライチェーンの関税等コスト削減を期待していましたが、この離脱により、それが不可能となりました。また、NAFTAについても貿易収支改善の観点から見直し交渉が進行中です。これにより、北米地域における自動車関連サプライチェーンにかかる今後の見通しが大変不透明になっています。さらに2018年5月には、米国の安全保障を損なう恐れがあるという大義名分の下、自動車への関税課税が強化されようとしています。今後の成り行きによっては、自動車業界はさらなるサプライチェーンの見直しの必要性が出てくるかもしれません。

これらの事象のように、本稿ではある特定の地域において、主に政治的な要因から突発的に発生する緊張状態が波及するなかで税務面で取るべき対応策の先行きが不透明になることを「地政学的税務リスク」と呼びます。

II.地政学的税務リスクへの対応

1.地政学的税務リスクを見据えた企業の経営課題

それでは、このような地政学的税務リスクに対して、世界各地でビジネスを行う日本の多国籍企業はどのように対応していけばいいのでしょうか。企業にとっては、地政学的税務リスクも世界規模で起こる環境変化により生ずるリスクの1つです。つまり、世界規模での厳しい競争や政治・経済の変化と同様に、その変化をしっかりと捉えたうえで、その時々の状況に応じて、機敏に対応していかなければならないリスクであるということです。ただ、当然のことながら、企業はリスクのみを見て事業を行っていればいいというわけではありません。企業には、投資家、従業員、取引先等のさまざまなステークホルダーが存在し、異なる立場のステークホルダーの利害関係を調整しながら事業活動を行っていく必要があります。つまり、企業には直面するリスクに対応しながら、ステークホルダーの利害関係も調整し、投資に対するリターンとして「税引後利益、および税引後のフリーキャッシュフローの最大化」を達成する義務があるのです。

したがって、税務の観点からは、企業側の行動としては地政学的税務リスク、特に税務コンプライアンス上のリスクをしっかりとコントロールしながら、いかに法人税、間接税および関税などの税金の支払いによる社外流出を抑えるかということが重要な経営課題となってくるのではないでしょうか。

2.日本企業の税務管理の現状

従来より、日本企業は税務申告や移転価格の文書化への対応など、税務コンプライアンス面については管理できています。日常的な取引に関して税務上の判断を行う際も、リスクを避けるという観点から保守的な取扱いを選択するといった対応が多く見られました。

しかし、地政学的税務リスクへの対応に必要となるような主体的な税務管理は行われておらず、回避可能な税金の社外流出をできる限り迅速に抑えるという意識もあまり強くはないように思われます。

3.欧米企業の税務管理の現状

それでは、日本企業に先行してグローバル化した欧米企業は、どのように地政学的税務リスクと向き合っているのでしょうか。

欧米企業の行動の前提には、会社は株主のものであり、事業活動の目標も株主価値の最大化、利潤の最大化という考え方があります。そのため、税務に対する取組みの姿勢も、税金は「管理すべき(することができる)コスト」と考え、その時点において定められている税務上のルールに準拠しつつ、積極的に税金の社外流出を抑制し、その税金の抑制分により増加した残余利益を将来に投資することで、さらなる利益の獲得を目指すというものです。つまり、ビジネス戦略の策定および実行にあたって、これに対応する税務戦略の立案と実行は不可欠な要素だということです。税務戦略の策定も、企業のCEOおよびCFOの重要な経営アジェンダです。

このように、欧米企業には、全体に整合性のある税務戦略に基づいて積極的に節税を行っていくという姿勢があります。これが行き過ぎた結果、価値創造の場所と納税の場所が乖離し、適法だが適切ではない租税回避にまでつながった事例がBEPS議論の発端となってしまったわけですが、いずれにしても、これまでの日本企業と欧米企業とでは税務管理に対する基本的な考え方が異なるといえるでしょう。

4.税務管理体制は、欧米企業がトップダウン型、日本企業はボトムアップ型

日本企業と欧米企業との間での税に対する姿勢という点では、それを管理をする体制にも大きな違いがあります。欧米企業では、上述のとおり、税務戦略はトップマネジメントの責務の一つであることからCEOやCFOの下で、CTO(Chief Tax Officer)やTax Directorが税務管理に関する責任を持つとともに、その管理を遂行する部門として専門の税務部門を設けて、CTOまたはTax Directorがトップダウンにより意思決定を行うケースが多く見られます。各国現地法人の税務ポジションに関する情報も、この税務部門で集約し、グローバルでの税務ポジションの「見える化」に努めています。会社によっては、法人所得税のみでなく、関税や間接税などあらゆる税に関して税務部門で管理しているケースもあります。

一方、日本企業では、税務管理は国ごとまたは子会社ごと、場合によっては事業部ごとの管理になっていることも多く、企業全体としての横断的な税務管理体制が無い、または弱いケースが多いようです。これは、税務に関する情報が企業内に散在している状況にあるということです。その結果、企業グループ内での税務に関する情報管理が十分ではなく、日本の親会社の見えないところで二重課税が発生しているケースや、海外子会社で税務上の大きなリスクが潜在しているのに、日本の親会社では認識できていないケースがあります。税務上のリスクを親会社が認識できていないケースでは、税務調査によって突如として巨額な課税を受けたという事態になることもあります。

まとめると、欧米企業が情報の集中化・トップダウン型の税務管理を行う傾向があるのに対し、日本企業は情報拡散・ボトムアップ型の税務管理が一般的であるといえます。

5.地政学的税務リスクに応じた税務管理

このように税務管理という面において、日本企業と欧米企業との間には、考え方や体制において大きな差があります。しかし、地政学的税務リスクを含むあらゆるリスクと向き合いながら事業を進めていかなければならないという点においては、日本企業でも欧米企業でも何ら変わりはありません。つまり、リスクが顕在化した場合において、企業として統一したポリシーの下タイムリーに対応していける体制を築いておくことが重要ということです。さらに、企業の存在意義を踏まえ、このようなリスクに対応しながらも、企業活動の結果である税引後利益およびキャッシュフローの最大化を目指すような体制を構築していく必要があります。

そのためには、これまでの税務管理体制を振り返り、どのような点に税務管理上問題があったのかをしっかりと分析し、それを基に、今後どのような税務管理体制を築いていかなければならないかを各企業ごとに検討・実行し、企業の税務管理レベルを上げていくことが重要になると思われます。

III.日本企業が進むべき税務管理の方向性とは?

地政学的税務リスクから生じる課税リスクに備えながら、税務の最適化を迅速に達成して継続的に維持するには、非常時に対応するための税務管理のレベルを向上する必要があります。では、今後、日本企業はどのようにして、このような税務管理レベルの向上に取り組んでいくべきなのでしょうか。

日本企業と欧米企業の間には、税務管理という面ではその動機において隔たりがあるのは先述のとおりですが、それぞれの税務管理の是非を二元論的に整理できるものではありません。また、平常時の日常的税務コンプライアンス対応では、両者の間にそれほどの相違もなさそうです。ですので、欧米企業の税務管理を参考に優れた点は取り入れ、日本企業の伝統的な税務管理で問題がない点は残すなど、日本の企業文化に沿った税務管理を築いていくことが妥当と思われます。

これに対して、地政学的税務リスク対応では、日本企業型税務管理手法よりも、欧米企業型税務管理手法のほうが、対応策をより迅速に選定・実行・モニターできるという点で、効率的に問題に対応できる場合が多いように思えます。

地政学リスクは、国家が存在する限り繰り返し顕在化します。第二次世界大戦後の平和な時期において、日本企業は日常的税務コンプライアンス業務対応を税務管理の主要業務としていました。しかし、現在はこれに加えて法人税の二重課税の排除、間接税の還付機会逸失の防止、関税の課税ベースの適正化などの観点から、情報の見える化に取り組むとともに、可視化された状況にタイムリーに対応できるためのトップダウン型の税務管理能力を備えた体制が必要となります。このトップダウン型税務管理体制の導入は、日本企業にとって今後検討・実行すべきテーマになるものと思われます。このことはとりもなおさずコーポレートガバナンスの一環としての税務ガバナンスを改善することにも繋がるのではないでしょうか。

執筆者

KPMG税理士法人
インターナショナルコーポレートタックス
パートナー 梅辻 雅春
パートナー 神津 隆幸
マネジャー 古賀 弘樹

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