デジタル時代の人材育成

本稿では、優秀な技術者の獲得が難しくなってきている中、いかに効果的、且つ確実な方法でデジタル人材を育成するかについてKPMGのフレームワークと重要なポイントを解説します。

本稿では、優秀な技術者の獲得が難しくなってきている中、いかに効果的、且つ確実な方法でデジタル人材を育成するかについてKPMGのフレームワークと重要なポイントを解説します。

ハイライト

デジタルトランスフォーメーションが実行フェーズに突入した今、全社を挙げたデジタル人材の育成が求められています。優秀な技術者の獲得が難しくなってきている中、いかに効果的、且つ確実な方法でデジタル人材を育成するかについてKPMGのフレームワークと重要なポイントを解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • デジタル化は実行フェーズへ移行しつつある。マーケットの破壊的な変化に対応できる、もしくはデジタル・ITによる事業価値の向上をリードできる人材の獲得は急務である。
  • KPMGでは単なるスキル分析や中途採用を行うのではなく、フレームワークを用いた計画的・長期的な人材育成を支援する。
  • 事業変革を担う人材育成を目指し、IT部門の強化だけでなく、次世代リーダーを育成するのと同様に全社的な取組みが必要である。
  • デジタル人材の育成は投資的な部分も含むため、経営層からの理解と社内のガバナンス、評価・マネジメントの基盤づくりが重要である。

I.イントロダクション

1.デジタル時代への対応を求められるIT部門

ここ数年、IoTやビッグデータ、AIと言った最新技術のトレンドに触発され、デジタル技術によるビジネス革新を重要視するトップマネジメントが増えています。その結果、IT関連部門を取り巻く環境は大きく変わってきました。
これまでのIT部門は、システムの開発や運用にかかわる基本的な技術力・管理力、および新しい技術をキャッチアップする力が求められていました。しかし、システムの開発が一段落すると、次はITによる業務プロセス改革を実現するため、全社最適の業務プロセスを設計する力、関係部門と調整しながら推進する力が求められるようになり、さらにはITによる事業価値の向上のため、IT戦略構築力、ビジネスモデル企画力、IT投資価値の説明力、および意思決定に必要なKPIの提案・設定力が求められるようになりました。
これまで、「ITによる事業価値の向上」をIT部門のミッションとするトップマネジメントが多かったものの、具体的な目標を定め、徹底したコミットメントを求められる例は多くありませんでした。しかしながら、業種を問わず多くの企業がデジタル化によって事業革新を実現しているのを目の当たりにし、IT部門によるデジタルビジネスへの対応について、急速に関心が高まっています。
今や経営層とCIO(最高情報責任者)を含むIT部門の間では、AIやデジタルビジネスの話題が多くを占めるようになり、デジタルビジネス推進のための体制を作り、目に見える形で「ITによる事業価値の向上」を実現することがIT部門のミッションになりつつあります。

II.デジタル化の移行と人材課題

1.デジタル化は実行フェーズへ移行しつつある

ビジネスにおけるデジタルトランスフォーメーションは急速な進展が見られます。KPMGのCIO調査2017(Harvey Nash社との共同調査)によれば、経営トップが複雑に変化するマーケット環境にいち早く対応するため、マーケット構造自体を大きく変革させる破壊的なテクノロジーの取組みを検討していることが明らかになりました。
また、全社的なデジタル戦略を立案している企業が既に過半数に到達しつつあり、デジタル化は議論の段階から実行のフェーズにシフトしつつあることが伺えます(図表1参照)。

図表1 「自社に明確なデジタルビジネスのビジョンと戦略があるか?」

図表1 「自社に明確なデジタルビジネスのビジョンと戦略があるか?」

2.深刻化する人材不足

IT人材の質および不足は年々問題となっており、各企業においてシステムプロジェクトの企画・管理を行うプロジェクトマネージャーを適切に配置できない状況です。
その結果、システム企画やシステム要件定義が不十分なことによる手戻りや予算・期間超過、システムのリリース後に利用されなくなるといった状況を招いています。システム開発は成功して当たり前と考えている経営者も多い中、「失敗」と位置付けられているプロジェクトは半数にも及ぶと言われています。
今後、デジタルトランスフォーメーションが加速していくなかで、時代の最先端の新技術を取り扱うことのできる技術者、そして、将来必要となるであろう新技術を発掘し、ビジネスとして実現できる技術者が、自社の事業優位性のキーとなることは間違いありません。
しかし、これらの人材の確保は決して容易ではなく、人材の必要性を感じた時には、既にマーケットから取り残されてしまっている可能性もあります。したがって、将来を見据えた早期の人材獲得・育成が必要となります(図表2参照)。

図表2-1 IT部門の人手不足と課題
図表2-2 IT部門の人手不足と課題

III.アプローチ

1.KPMGのデジタル人材開発フレームワーク

これまで述べてきたように、デジタル時代を迎えるにあたり、従来の「ITオペレーション」から「デジタルオペレーション」へのシフトとバリューチェーン全体に最適な価値を提供するための投資計画・投資対効果の最大化は企業が直面するであろう喫緊の課題と言えます。
しかし、デジタル時代に対応できる組織への移行および人材の獲得は、一朝一夕で達成できるものではなく、また必要に迫られてからの対応では、マーケット優位性の確保も難しいと言えます。
トップマネジメントがチャレンジに伴うリスクや負荷を軽減しつつ、デジタル時代の人材・組織の付加価値を創出していくために、図表3に示すようなフレームワークを用いて整理を行うことが有効と考えます。

図表3 KPMGのデジタル人材開発フレームワーク

図表3 KPMGのデジタル人材開発フレームワーク

(1)デジタル人材戦略構想策定

ビジネスとITの双方に接点を持ち、提案力や周囲を巻き込んで協働していく力に秀でた、新たなタイプの人材がデジタルビジネスの推進やデジタル化への適応を牽引すると想定されます。
KPMGのアプローチでは、新たな役割の人材を、IT部門の中だけで育てることに限定せず、適切な情報とテクノロジー知識を備えた人材を有する組織を構築することが重要と考えます。


(2)デジタル人材開発施策立案

デジタル人材の獲得・育成は、もはやIT部門に閉じた課題ではなく全社的な課題として、経営・事業部門に共通するものです。したがって、全社的なデジタル人材育成のための戦略に基づき、デジタル人材の獲得、人材を効果的に育成するための能力開発計画、業務機会の提供、人材定着を図るためのリテンション施策など、具体的な施策に落とし込むことが必要です。
また、多様な人材が協働することにより新たなイノベーションを起こしていくプロセスが実践的で実現性の高いものとなるよう、「as-is」(現状)と「to-be」(理想)を明確化することが重要です。


(3)デジタル人材開発施策実行

デジタル化の推進に求められる能力は、技術力だけでなく、事業計画立案やプロジェクトマネジメントの要素が強く、これは企業の次世代のリーダーに求められるコンピテンシーと近しいものがあります。
つまり、企画力やマネジメント能力に加えて、情報技術や先進テクノロジーといったテクニカルな要素を踏まえてイノベーションを主導できる人材を開発することは、次世代リーダーを育てることと同義ととらえることができると言えます。
また人材育成施策の実行においては、デジタル時代に対応できる組織づくりや人材の獲得に向けた施策を実行するため、ケイパビリティの向上や効率的なリソース管理が必要です。「人」だけでなく「組織環境」の変革が重要です。


(4)デジタル人材開発の基盤整備

デジタル人材の開発を組織として進めていくためには、その基盤となる部分(ガバナンス&インフラストラクチャー)の整備も欠かせません。KPMGでは、デジタル人材開発の基盤として、「データ管理」、「インフラストラクチャー」、「人材」、「プロセス」が必要な基盤として考えます。

  1. データ管理
    「経験(ノウハウ)」「スキル・知識・技術」「コンピテンシー(特性)」「モチベーション(組織)」等のデータ化、数値化を行い、人材に関するビッグデータの管理に基づく人材開発、データ主導の人事管理が求められます。
  2. インフラストラクチャー
    「勘と経験に頼った人事」ではなく、「客観的なデータ」に基づいた運用を図るため、人事担当者が多様なデータを一元化し、さまざまな人事業務をスピーディーに行うための仕組みづくりが求められます。
  3. 人材
    部門を跨いだ人材配置の最適化を加速化させるため、最新のテクノロジーによる深い洞察をリアルタイムに個人・組織に展開することにより、個人の自発的なキャリアアップや人材の育成・開発・管理に活かす仕組みづくりが求められます。
  4. プロセス
    人材開発そのもののデジタル化を積極的に推進するため、仕組みやプロセスを継続的に見直し、人事変革の影響をチェックするガバナンス構造を確立し、それらをサポートする仕組みの構築・導入が求められます。

IV.デジタル人材開発のポイント

デジタル人材開発を進めていくポイントは、「デジタルの定義を明確化すること」、「デジタル人材育成の必要性について理解を得る」等が考えられます。

1.デジタルの定義

昨今の「デジタル」という言葉の意味はあまりにも広範囲に及んでいます。企業におけるデジタルが指し示す意味は、自社の戦略に基づいて定められるべきものです。
将来のビジネスモデルをどのように変容させ、どう実現するのかを定めることで、必要なスキルを定義することが必要です。「話題性がある」、「他社が導入している」等の外部情報に振り回されないことが何よりも重要です。

2.デジタル人材育成の必要性の理解

「デジタル人材」に求められるリテラシー、「デジタル時代」に実現されるビジネスモデルは不確定要素が多く、また「デジタル時代」に求められる人材や技術には、従来以上に「投資」の要素が強いため、マネジメントから抵抗を受けることも当然に予測されます。
そのため、なぜデジタル人材の育成に全社的に取り組む必要があるのか十分な理解を得る必要があります。

V.終わりに

ビジネスにおけるデジタル化の波は従来の技術変革とは比べものにならないスピードで進展しています。
誰も「正解」を持っていないからこそ、「正解」を作り出す人材の開発にいち早く取り組むことで、将来のマーケットにおいて差別化を図ることができると考えます。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
ITアドバイザリー
ディレクター 楠 貴裕
シニアマネジャー 國島 常司

People & Change
シニアコンサルタント 岡 智諒

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