価値創造のためのバリュエーション:PAVとABV | KPMG | JP
close
Share with your friends

Close-up 3:価値創造のためのバリュエーション:PAVとABV

価値創造のためのバリュエーション:PAVとABV

M&Aにおいて対象企業を安く買うことは、投資成功のための重要な要素ではあるが、それだけが成功を決定づけるものではない。バリュエーションのプロセスは単なる計算過程ではなく、M&Aにおける重要な戦略立案プロセスであり、リスクコントロール・プロセスと言える。バリュエーションをM&Aを通じた価値創造の強力なツールとして活用するためのポイントとは。

関連するコンテンツ

企業のM&A実務のレベル向上に伴い、価格交渉の際にディスカウンテッド・キャッシュフロー(DCF)法等のバリュエーション手法を活用することも広く浸透してきている。M&Aにおいて、バリュエーションは対象企業の適正な「価値の測定」を行う上で重要な役割を果たすが、実際には、バリュエーションの活用範囲はそれよりもはるかに広い。M&A経験豊富な企業は、バリュエーションをM&Aを通じた「価値の創造」に積極的に活用しているのである。そのアプローチと活用上のポイントについて解説する。

バリュエーションの果たすべき役割

DCF法は、対象企業のキャッシュフロー創出能力に基づき企業価値の分析を行う手法であり、多くのバリュエーション手法の中でも最も理論的な手法の一つと言われている。M&A実務においても、近年、多くの企業が投資意思決定の根拠としてDCF法を活用するようになってきているが、実際にはあまり有効に機能していないケースも見受けられる。

DCF法はインカム・アプローチでの評価手法であり、その分析においては対象企業の将来収益についての見積りが必要となる。企業の将来収益予想が分析の基礎にある以上、当事者の思惑によって将来収益が恣意的に歪められやすく、ひどい場合には、DCF法が単に「合意したい取引価格が計算されるように辻褄の合う事業計画を逆算して作成する道具」になってしまっていることすらある。

対象企業の適正な価値の測定が目的のはずのバリュエーションが、結果ありきの分析となってしまっては、本末転倒である。バリュエーションを単なる計算ツールとして位置付けてしまうと、結果だけに焦点が当てられ、そのプロセスがいい加減になってしまいやすい。バリュエーションにおいて重要なのは「結果」ではなく、むしろ価値測定に至るまでの「プロセス」にある。すなわち、バリュエーションの「プロセス」は単なる計算過程ではなく、M&Aにおける重要な戦略立案プロセスであり、リスクコントロール・プロセスなのである。バリュエーションは、M&Aを通じた価値創造のための強力なコミュニケーション・ツールとして活用することができる。そのポイントはリスクとアクティビティという2つの視点にある。

リスクへの対処:PAV

将来キャッシュフローの予測を行う場合、どれほど精緻な予測を試みたとしても当事者のコントロールが及ばない不確実な事象が残存する。コモディティの市況価格や為替レート等が代表的であるが、それ以外でも競合製品による価格下落や新技術の市場浸透速度等もコントロールが難しい不確実な事象である。これらのリスクに対してバリュエーションはどのように取り組むべきだろうか。

レベル1:最頻値に基づく分析
最もシンプルなアプローチは、不確実事象について最も発生確率の高いと考えられる水準を想定して財務予測を行い、その単一のキャッシュフロー見積りに基づき分析を行う方法である。しかし、これでは事実上、リスクに対して無防備であることと同じである。

レベル2:シナリオベースの分析
そこで、多くの企業において、将来の不確実事象によるリスクを分析する方法としてシナリオ分析が用いられている。シナリオ分析は、将来の事業環境変化を考慮した複数の財務予測シナリオを設定し、それらの予測シナリオ別に事業価値を算定した上で、各予測シナリオの発生確率に応じた期待値によって投資判断を行う方法である。

レベル3:確率的シミュレーションによる分析
さらに、不確実事象の発生確率分布が合理的に予測でき、かつそれらの不確実事象が業績に与えるインパクトを財務予測としてモデル化できるのであれば、確率的シミュレーションを用いて事業価値の分析を行うことが可能となる。

バリュエーションにおいて、将来の不確実事象による事業価値変動の影響を分析するアプローチはProbabilistic Approach in Valuation(PAV)と呼ばれる。PAVは、対象企業のリスクに応じた価格交渉を行う上でもちろん有用であるが、それ以上に、リスクを最小化して企業価値の保全を図る施策の効果を分析する上で強力な武器となる。段階的な資本投下やヘッジ効果のある取引/製品ミックスの構築は企業価値の下振れリスクを低下させるが、PAVを活用すれば、そういった施策の影響を具体的な企業価値の変動として分析することができる。また、株式譲渡契約におけるアーンアウト(条件付対価)条項やプットオプション等の取引条件は、将来の不確実な事象の発生によるリスクを軽減させるが、これらもPAVを通じて定量的な分析が可能となる。

アクティビティのモデル化:ABV

DCF法の基礎となる将来収益予想には、対象会社から提供される中期経営計画等の数値が用いられることが多い。インカム・アプローチによる価値分析において将来収益予想の内容・精度は決定的に重要であるが、残念ながらその重要性が十分に認識されているとは言い難い。時には、売上や営業利益の目標数値のみしか作成されておらず、その実現に向けての戦略や施策が全く分からないまま価値算定を行っている場合すらある。バリュエーションにおける将来収益予想はどのように作成されるべきであろうか。

レベル1:企業全体(単一の計画)
最もシンプルなケースは、将来収益予想を、企業全体を単一の集計単位として作成する場合である。単一製品の製造のみを行っている等、対象企業がシンプルな事業構造の場合はこれで十分かもしれないが、複数の事業/製品を提供している企業グループの場合、これでは何が企業価値に寄与しているのか全く理解できない。

レベル2:製品/顧客等のセグメント単位
将来収益予想が企業の製品単位・顧客単位等のセグメント別に積み上げられて作成されている場合には、どの事業・製品が全体の企業価値に寄与しているか理解しやすい。
セグメント単位でのバリュエーションは、企業価値の創造に向けて注力すべき分野を明らかにし、M&A後の戦略方針を立案する上で重要な指針となる。

レベル3:KPIと連動したアクティビティ単位
さらに、将来収益予想を、事業上の重要業績評価指標(KPI)と関連づけることができれば、個々の施策(アクティビティ)がどのように企業価値創造につながっていくのか検証することが可能となる。

バリュエーションにおいて、個々の施策と企業価値の関係をモデル化するアプローチはActivity-Based Valuation(ABV)と呼ばれる。ABVは、企業価値を構成する要素を視覚化し、企業価値の創造のための道筋を示すことで、投資の意思決定における合意形成を図りやすくする。また、M&A後の事業統合においても、関係者を動機付け、統率の取れた施策推進を行っていく上で大いに役立つ。加えて、企業結合時の会計処理として取得資産の時価評価(PPA)が求められるが、企業が保有する重要な無形資産(例えば、技術ノウハウや優良顧客との取引関係)の時価についてもABVを活用して分析を行うことができる。KPIを継続的に管理していくことで、事業価値の増減に基づき会計上の減損テストや、管理者の業績評価に活用することも可能である。

成功するM&Aの条件

M&Aにおいて対象企業を安く買うことは、投資の成功のための重要な要素ではあるが、それだけが成功を決定づけるものではない。いくら低い価格で買収できたとしても、M&A後の業績悪化により、結果として投資の減損に迫られるような事態になる可能性は常にある。逆説的な言い方になるが、バリュエーションにおいて計算された価値の高低はあまり重要ではない。分析を通じて、企業の価値の成り立ちや内在するリスクを明らかにし、価値創造のための事業戦略や事業施策を方向付けることこそが重要なのである。

以前、あるPEファンドの代表が「我々は勝てる投資しかしない。」という話をしてくれたことがある。非常に示唆に富んだ言葉だと思う。そのファンドは低リスクの投資案件のみを厳選しているのでもなければ、非常に安い価格で企業を買い叩いているわけでもない。投資の検討期間に、投資対象企業のリスクを徹底的に洗い出し、企業価値を向上させる方策を考え抜いた上で投資意思決定をしている、という意味だ。こういう投資姿勢こそ大いに見習うべきである。

執筆者

株式会社 KPMG FAS
執行役員パートナー 石井 利明(いしい としあき)

2001年にKPMGに入社後、一貫してM&Aアドバイザリー業務に従事。2015年より現職。M&Aにおける取引価格の第三者評価等のバリュエーション業務に加え、PPAや減損テスト等の会計目的のバリュエーションにおいても豊富な経験を有している。
中央大学法学部法律学科卒業、公認会計士。

お問合せ

 

RFP(提案書依頼)

 

送信