Close-up 1:未知なる潜在市場への戦略的多角化アプローチ

未知なる潜在市場への戦略的多角化アプローチ

明確なビジョンのもと、戦略的多角化を進めるコマツとRIZAPグループ。両社に共通することは、既存の事業範囲を越えて、成長が見込まれる潜在市場に対し、自らの強みを生かした戦略的かつ透徹したビジョンを持って多角化を実施していることである。価値創造の連鎖をもたらす戦略的多角化アプローチとは。

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梶川慎也

KPMG FAS 執行役員パートナー

KPMG FAS

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企業の成長戦略として、新たな成長分野に事業領域を拡大する「多角化」がある。2000年代以降、日本企業の多角化展開は減少傾向にある。背景として、「失われた20年」という言葉に代表される投資マインドの萎縮に加えて、そもそも多角化が企業の成長戦略として有効に機能せず、失敗に終わるケースが多かったことが挙げられる。
しかしながら、明確なビジョンのもと、戦略的な多角化アプローチを実施することにより、成功しているケースも存在する。本稿では、こうした戦略的多角化のアプローチについて考えてみたい。

萎縮したマインドによる多角化への躊躇

日本企業約2.3万社を対象とした財務省財務総合政策研究所の調査によれば、複数の業種分類に跨って企業活動が認識される多角化企業は、1990年代まで増加していたが、2000年代前半から減少し、その後も停滞傾向が続いている。その要因として、「失われた20年」の低成長状況において、企業が「選択と集中」を進めたことが挙げられよう。
この間、企業の経営層は、選択と集中に基づく合理化に係る経験は積んだものの、多角化を含めた成長を生むイノベーション投資に関しては比較的経験が少ないという向きも多いと思われる。また、過去において、多角化が成長戦略として機能しなかったケースもあり、それが多角化を躊躇させる要因となっていることも指摘できる。とりわけ、バブル期の日本企業に散見された不動産価値の上昇の取り込みを狙った戦略なき多角化が失敗に終わったことは、誰しも記憶している通りである。

 

川上淳之、2017、「多角化企業と生産性」「財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成29年第2号(通巻第130号)2017年3月」

戦略的多角化のアプローチ

企業が多角化する目的は、成長の追求、リスク分散、範囲の経済性などが挙げられるが、多角化しさえすれば、これらの目的が達成されるわけではない。
明確なビジョンがないまま多角化を進めた場合、事業ドメインや経営資源の分散が生じ、失敗に終わることも多い。コングロマリット・ディスカウント(多角化企業の企業価値が、個別の事業価値の総和に比べて低く市場に評価されること)という事象は、多角化に負の側面があることを示している。
一方で明確なビジョンのもとに、戦略的多角化のアプローチを採用している企業もある。IoT技術の進展に伴い、オープンプラットフォーマーとして事業領域の拡大を続けるコマツや、確固たる経営理念をもとに自己投資産業として多角化を進めるRIZAPグループが挙げられる。

IoTオープンプラットフォーマーとして事業領域拡大を続けるコマツ

コマツは、IoT技術の進展に伴う事業拡大により、建機製造業から脱皮し、建設現場全体のIoTオープンプラットフォーム事業を構築するといった戦略的な多角化を行っている。
コマツは建設機械等の製造販売を本業とする、グローバルでも有数のエクセレントカンパニーである。2000年代初めに、利用機器稼働遠隔管理システムKOMTRAXを標準装備し、建機に組み込んだGPSや各種センサーによって建機の稼働時間や稼働状況に係るデータを収集分析し、省エネ運転支援サービスや建機部品の摩耗を予測した上での効率的な修理・点検サービスの提供を開始した。
これはIoTデータ活用の先駆的事例であり、事業領域を建機の売り切り事業から、建機のライフサイクル全体のサポートまで拡大させたものである。
また同社は、2015年には、建機のみならず、建設現場全体のオペレーションを最適化するスマートコンストラクションというソリューション事業の展開を開始している。
これは、測量、計画、施工、検査といった建設現場全体の工程を最適化するものである。具体的には、建設現場の地形をドローンで3次元測量し、測量データと設計仕様をもとに3次元の施工計画を作成し、自動制御のICT建機で施行計画に沿って工事を実施し、建機稼動データや工事の進捗等を自動的に専用のプラットフォームであるKomConnectにインテリジェンス化することで、KomConnect上でのデータによる一元的な進捗管理や検査を可能にした仕組みである。
この過程でコマツは、2015年にロボット等を開発するZMP社や、ドローン開発および測量データ解析を行う米スカイキャッチ社に出資。2017年には鉱山で稼働する機械類の稼働に係る最適化システムを提供する豪マインウェア社を買収、建設現場におけるAI導入では米エヌビディア社との協業も開始した。これらの出資、買収、協業は、自前主義と決別し、世界中の新しいリソースを積極的に取り入れ、自社だけで実現できないソリューション提供を迅速に展開するオープンイノベーションの発想に基づいている。
更にコマツは、2017年10月から、NTTドコモ、SAPジャパン、オプティムとの4社による合弁事業として、建設現場に関するIoTオープンプラットフォームLANDLOGの提供を開始した。これはコマツのプラットフォーム戦略を大きく転換するものである。
LANDLOGにおいては、IoT一次データ収集と二次データ活用が、コマツの競合他社も含めた第三者に広く開放されている。即ち、インターフェイスを公開することで、誰でもLANDLOGを通じて建設現場の地形や建機等に関するIoTデータを入力、収集でき、また誰でもLANDLOGが解析、加工した二次データを利用したアプリケーションを開発することが可能となっている。
コマツがLANDLOGによるオープンプラットフォーマーとしての事業を開始したのは、大量のデータ蓄積が重要なIoTデータビジネスにおいて、自社専用のプラットフォームによる囲い込みを行うのではなく、競合他社も利用可能なエコシステムとしてのオープンプラットフォームを構築することが有用だと判断したものと考えられる。
ここで注目すべきは、コマツがIoTデータそれ自体の価値に着目し、これをビジネスとして利用することも視野に入れていることである。即ち、LANDLOGにおいて同社は、自らの建機が関わる建設工事かどうかにかかわらず、プラットフォーム事業者として、利用者から利用料を収受したり、LANDLOGに蓄積される一次データをもとにAI等を用いて解析した二次データを作成し、これを第三者に提供して対価を得ることも可能である。
ここにおいてコマツは、従来の事業領域である建機の製造販売から離れて、純粋にIoTプラットフォーマーという新しい事業領域に新たに足を踏み入れようとしている。こうしたコマツの動きは、IoTの発展がもたらした新たなタイプの多角化、すなわち戦略的多角化のモデルと言うこともできる。

IOTオープンプラットフォーマーとして事業領域拡大を続けるコマツ

明確なビジョンをもとに多角化を進めるRIZAPグループ

経営理念「私たちは『人は変われる。』を証明する。」を標榜し、事業ドメインを「自己投資産業」と規定し、ボディメイク事業で培ったブランド力を利用しながら、様々な事業分野に多角化を進めているのがRIZAPグループである。
同社の2018年3月期における事業セグメントは、美容健康関連事業、アパレル関連事業、住関連ライフスタイル事業、エンタテイメント事業と幅広い。
特に「結果にコミットする」というテレビCMで有名なボディメイク事業は、同社が自己投資産業であることを強烈に印象付けるものであり、このイメージは、企業内部に留まらず、広告宣伝を通じて広く消費者に浸透している。そして、ボディメイク事業で培った“RIZAP”ブランドを生かして、ゴルフ、英会話、料理教室事業などをスタートさせている。
なお、4つの事業ドメインで多角化展開するRIZAPグループは、積極的なM&Aがそのグループ生成要因としてある。2018年3月期のIR資料では、M&A案件として、4つの事業セグメントに亘り24社が記載されている。同社はM&Aの判断において、対象企業が自己投資産業としての位置付けにあり、シナジー効果が見込めるかといった観点で判断し、買収してもシナジーが見込めなければ売却するといった機動的な対応をしている。
RIZAPグループの斬新な点は、“RIZAP”ブランドを生かすことにより、さまざまな「自己投資産業」に多角化を行う点にある。人間の自己実現欲求は際限が無く、その分野も無限に存在し、かつ、地域や年齢を問わない。従い、一度確立した「結果にコミットする」というブランド資産を梃子に戦略的多角化を図ることは極めて合理的となる。
更に、同社は、顧客の自己実現の支援を通じて取得する顧客ニーズやデータを、他の事業セグメントに活かし、シナジー創出を企図している。例えば、ボディメイクに成功した顧客に対し、その顧客のサイズや趣味に合う洋服を推奨するといった自己実現の支援である。

明確なビジョンをもとに多角化を進めるRIZAPグループ

価値創造の連鎖をもたらす戦略的多角化

コマツとRIZAPグループ両社に共通することは、既存の事業範囲を越えて、成長が見込まれる潜在市場に対し、自らの強みを生かした戦略的かつ透徹したビジョンを持って多角化を実施していることである。コマツは今後爆発的な成長が見込まれるIoT市場に対し、KOMTRAXから得たIoTの先駆的経験を活かして多角化を進め、RIZAPグループは古くて新しい自己投資産業市場に向けて、ブランド資産を梃子に多角化に乗り出している。その際の手段として、機動的に対応すべく、M&A、JV、提携、オープンイノベーションといった外部資源獲得に係る多様な手法を用いて多角化展開を実現している。これは未知なる潜在市場に向けての、企業家精神に根差した戦略的多角化のアプローチといえよう。

(参考)コマツ、NTTドコモ、LANDLOG、RIZAPグループ等、各社ホームページ/文部科学省、平成29年度版、「科学技術白書」/その他書籍、報道記事等

執筆者

株式会社 KPMG FAS グローバルストラテジーグループ

パートナー 梶川 慎也(かじかわ しんや)

大手旅客会社を経て、KPMGに入社。リストラクチャリング業務に従事後、2014年から現在のグローバルストラテジーグループに参画。コンシューマ&リテールチームメンバー。

早稲田大学政治経済学部経済学科卒業 一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士修了。

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