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M&Aで価値を創出する

M&Aで価値を創出する

本稿では投資したM&Aから価値を生み出すための仕組みについて考察し、解説します。

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同業他社の経営統合によって、業界内の競争環境が一変することがあります。特に大手同士が統合する場合、販売チャネルにおける価格支配力の強化や生産コストの低減などを通じ、競争力が大きく向上します。それによって、競合他社は戦略転換を迫られる等、ゲームチェンジが生じます。
このように、M&Aの巧拙は企業の命運を左右すると言っても過言ではないでしょう。しかし、M&Aは大規模な投資です。常にリターンを得られるとは限りません。適切な価格による投資はもちろんのこと、価値の創出にはそのための仕組みも必要です。そこで、本稿では投資したM&Aから価値を生み出すための仕組みについて考察し、解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

I.ゲームチェンジ

M&Aは競争環境を一変させるダイナミックな影響力を持つことがあります。特に、製薬業界や食品業界で増えている世界的な大型買収では、最大手と他社とで規模の差が大きくなる傾向があります。そうなると、企業の競争力にも差が生じます。例えば、研究開発力や直接材・間接材の調達力などです。
また、販売チャネルの多くを最大手に握られてしまうと、他社は自らの商品を展開する力が弱くなってしまいます。新しい商品を市場投入し、そのブランドを消費者に定着させるには、ただでさえ多額の投資が必要です。既存のチャネルに頼ることができない他社は、チャネル新規開拓の費用も加わるため、事業拡大にあたってのハードルが上がります。つまり、競争環境が変わってしまうのです。
こうなると、他社は最大手と同じ土俵で正面から勝負することを諦めざるをえません。最大手との差別化を図るために、最大手がまだ主導権を握っていない市場を探すか、商品を多様化する等、戦略の見直しが必要となります。このように、M&Aは市場におけるルールを変え、ゲームを優位に進める「ゲームチェンジ」を可能にします。
M&Aは、競争環境を変えたい企業のみならず、逆に変えたくない企業にとっても無視することはできません。それは、競争相手が仕掛けたゲームチェンジに伴い、破壊的な影響を受けることがあるためです。攻めるときだけでなく、守る際にも有効なM&Aという選択肢を使いこなせるか否かによって、企業の将来が大きく変わることがあり得るのです。

II.買収効果を生む仕組み

1.M&Aは買った後が勝負

一方で、M&Aはリスクを伴う投資です。必ず成功するとは限りません。買収した価格に見合った収益を上げなければ、投資としては失敗です。会計上、巨額の減損損失の計上を迫られたり、最悪の場合、せっかく買収した事業を売却し、投下した経営資源を回収せざるを得ない場合もあります。
M&Aを活かして収益を生む力は買手によって異なります。ですから買手ごとに、この将来収益を見積もったうえで、買収価格を算定します。買手によって算定方法に大きな差がないとすると、買収後に最も大きな収益を生むことができると考えた買手が、最も高い対価を売手に提示でき、その結果、買収を実現していることになります。したがって、買収価格が高すぎるいわゆる「高値づかみ」は、買収時点で見込んだ将来収益が、実際の収益力よりも大きすぎることにより生じます。
ブリヂストン社によるファイアストン社買収案件(1988年)では、公表後に同業他社であるピレリ社がファイアストン社の株式の公開買付け(1株58ドル)を始めたことにより、ブリヂストン社は結果的に1株80ドルで買収することになりました※1。本件は、ファイアストン社の株式に大きなプレミアムが付いたことから、当初は「高値づかみ」ではないかと評されることもありました。
しかし、それから30年経過した現在では、ブリヂストン社の米国における売上は2兆円近くに達し、国内売上を大きく上回っています。一方、ファイアストン社を巡って争ったピレリ社は、その後、中国企業の傘下に入ることになりました。このケースは、買手の粘り強い経営によって収益力を高め、買収価格に見合った価値を生み出した案件と言えるのではないでしょうか。
M&Aを成功させるためには、もちろん安い値段で買収するに越したことはありません。しかし、競合相手がいる場合は現実的に難しく、むしろ買った後に収益力をいかに高めるかが重要だということがよくわかります。
では、どうしたら買った後の経営を上手く行うことができるのか。この点については、究極的には経営者の資質や経営能力といったリーダー論として語られることが多いようです。優れた経営者の存在はもちろん重要ですが、先のブリヂストン社の事例のように中長期的に価値を生み出していくには、1人の経営者の能力だけに依存するわけにはいきません。企業や組織を動かす仕組みも必要です。

 

※1出典:株式会社ブリヂストンホームページ

2.M&A巧者の取組み

ところで、実施したM&Aの成功や失敗について、企業はどのように判断しているのでしょうか。前述のとおり、M&Aは大規模な投資である以上、その評価は不可欠です。評価を行うたびにM&Aのノウハウは組織に蓄積し、次のM&Aに活かすことができるようになるからです。
M&A経験の豊富な欧米企業は、買収後に投資の進捗をKPI(主要な経営指標)で評価しています。頻度や期間はまちまちですが、買収当初は3ヵ月に1回程度、その後は頻度は落ちるものの、3年間は定点観測を続けるケースが多いようです。
KPIとしては、財務数値だけでなく、買収効果として想定していた市場占有率や、シナジーとして企図したクロスセルの対象となる商品の種類数等が挙げられます。また、顧客満足度や既存顧客の契約継続率、従業員の離職率など、オペレーションに関するKPIもモニタリングの対象となっています(図表1参照)。

図表1 買収後にモニタリングするKPI例

カテゴリー KPI
戦略   買収効果 市場占有率等
顧客ミックス Top 10顧客の割合、ターゲット顧客の割合等
クロスセル クロスセルによる売上、商品の種類数等
オペレーション   顧客満足度 顧客満足度調査等
受注残 パイプラインに関する動向
離職率 正規雇用者の離職割合
契約継続率 顧客が契約を継続する割合
統合に要する時間 新しい制度導入などに要する時間
コンプライアンス 研修受講率 必要な研修とそれを受講した従業員の割合
確認書取得率 コンプライアンスに関する確認書等の取得率
DD積み残し DD検出事項の解消率

これらのKPIをよく見ると、彼らのM&A戦略(実現したいこと)が読み取れます。重要なことは、買収前から計画を立て、いわゆるPDCAサイクルでM&Aを管理する仕組みを導入しているということです(図表2参照)。

図表2 M&AにおけるPDCAサイクル

まずは、Plan(戦略・計画)です。M&Aによってどのような経営資源を買収し、それをどのように活かして収益を生み出していくのか。その道筋が明らかなほど、成功確率は高まります。具体的には、自社が実現したいこと(シナジー等)の仮説を作り、可能な限り数値化します。M&Aにより、○○の経営資源を手に入れ、△△の市場に参入し、□□の施策により、3年後の市場シェアは××%を目指すというように、KPIはシナジー等の初期的な仮説に用いられています。
次に、Do(M&A実行)です。M&A案件が始まると、デューデリジェンス(DD)手続きを通じて、対象企業に関するより詳細な情報を入手することができます。Planが明確なほど、デューデリジェンス中に検証すべきポイントも明確になります。これにより、検討作業が効率化するとともに、迅速な投資判断が可能になります。近年増えている競争入札によるM&A案件では、デューデリジェンスの期間は限定的です。したがって、明確なPlanの有無は、案件の勝敗を分ける大きな要因ともなり得ます。
買収後には、対象会社の関係者も含めて、Planに基づくKPIの目標値を確定します。目標値を確定するにあたっては、その責任者(KPIオーナー)を決め、その役割を明確にします。
なお、実務的には、買収企業と対象企業のKPIの定義が異なっていると管理できません。そこで、対象企業の規模にもよりますが、自社のシステムを対象企業にも導入しているケースが多いようです。もちろん、そのための統合予算は買収前のPlanに組まれています。
そして前述のとおり、KPIに基づきCheck(効果検証)を行います。Planの進捗をKPIを用いてモニタリングし、かい離が生じた際には、KPIオーナーが原因分析を踏まえた対策を速やかに講じる(Action)体制を整備しているのです。こうしたPDCAサイクルを仕組みとして取り入れ、M&Aの目的を着実に達成しようという試みです。

III.「想定外」に備える

前述のPDCAサイクルを上手く使いこなすには、次の3つの要件が必要です。

 

  1. 明確なPlan(戦略・計画)
  2. メンバーの明確な役割分担
  3. メンバーの活動を支える経営資源(ヒト、予算、IT等)

 

その意味ではM&Aプロジェクトは、登山に似ているかもしれません。険しい山に挑戦するには、地図が必要です。それは、登頂までのルートが明確なほど、難所を事前に予想でき、成功確率を高めることができるからです。
また、登山隊にはリーダーのほか、装備係、気象係、会計係等のメンバーが1つの目標に向かって、それぞれの役割を全うする必要があります。さらに、メンバーが役割を果たすにあたっては、標高に応じた装備も不可欠です。一般的に、標高が高くなるほど、必要となる装備や資金が増え、準備に要する期間も長くなります。
一方で、万全の準備をしても、気象(市況)条件の変化等、想定と異なる事態は生じ得ます。そこで、それを少しでも早く察知し、対策を講じ、その効果を見極めながら今後の戦略に反映していく。これが成功のカギです。
想定外の難所に直面したり、気象条件が大きく変化すると、山では遭難リスクが高まります。同じように、M&Aに失敗し、売却を迫られるようなケースでは、想定外への備えが十分に用意できていないケースが少なくないように見受けられます。
先のブリヂストン社の事例では、ファイアストン社の事業を立て直し、戦略の実現を図るために、ブリヂストン社は買収直後から3年間でさらに15億ドルという巨額の資金を投入しています。これは必ずしも、買収前から予定していた投資ではなかったかもしれません。しかし、想定と異なる事態に直面しても、ぶれないPlanのもと、必要十分な経営資源を投入したことが、その後の成長に繋がったとも言えます。
多かれ少なかれM&Aに想定外はつきものです。想定外を認知し、迅速に対策を講じる仕組み。その仕組みの優劣がM&Aの成否と企業の将来を大きく左右するのです。

執筆者

株式会社 KPMG FAS
ディールアドバイザリー
パートナー 中尾 哲也

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