【ケーススタディ】グローバルM&A~買収プロジェクトの成功のカギ | KPMG | JP
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【ケーススタディ】グローバルM&A~買収プロジェクトの成功のカギ

【ケーススタディ】グローバルM&A~買収プロジェクトの成功のカギ

本稿では、小が大を飲み込む買収として話題になった日本板硝子株式会社の英ピルキントン買収を例に、成長するためのM&Aとその際のPMについてご説明します。

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バブルの崩壊後、国内経済の成長が停滞し、多くの日本企業が苦しい経営を余儀なくされています。なかでも国内市場に依存度の高い企業は、「成長停止」という根本的で深刻な経営問題に直面していると思われます。
この状況を打開するには、イノベーションを起こすか、グローバル市場に出ていくかしかありませんが、イノベーションを起こすのは容易なことではありません。そうなれば、成長のために、必然的にグローバル市場への拡大機会を考えることになります。そのための戦術がM&Aです。
本稿では、小が大を飲み込む買収として話題になった日本板硝子株式会社(以下、日本板硝子)の英ピルキントン買収を例に、成長するためのM&Aとその際のPMI(Post Merger Integration、ポスト・マージャー・インテグレーション)についてご説明します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

成長するためのM&Aに必要な3つの要件

M&Aには大きく2種類あります。コストシナジーを追求するM&Aと、成長を目的とするM&Aです。そして、それぞれに必要とされる発想力やスキルは違います。成長戦略をテーマとして、ここでは、コストシナジーを追求するM&Aについては割愛させていただき、成長を目的とするM&Aについてご説明します。
成長を目的とするM&Aには、3つの要素があります。1つ目は、自分の活躍するべき市場領域を決めることです。これは、その市場が有望かどうかということと、自分の会社に合っているかという相性の掛け算から考えます。これを「成長ビジョン」と呼びます。
2つ目は、その市場でどのような価値を売るか、自社の売りモノ価値は何かを自覚することです。たとえば、アジア市場を想定するとして、大衆向けの低価格な商品で「価格による競争力」を売るのか、それとも富裕層向けのハイクオリティの商品で「差別品質による新しい満足感」を売るのか。どちらの戦略を取るのかをきちんと選択しなければなりません。
3つ目は、市場ビジョンと売りモノ価値を掛け合わせて、どのようなオペレーション戦略を実行すれば成功するのかを考えることです。
M&Aを実行する前に、この3つの要素を悩み考え抜き、「これがわが社の生きる道だ」と決断・選択した企業だけが成功するのだと思っています。一方、これらへの認識や覚悟が曖昧で、なんとなく勧められたから、買収しないとライバル企業に先を越されるからといった理由でM&Aを進めると失敗する可能性が高くなります。

図表 M&Aを実行する前に必要な3つの要素

M&Aは経営トップが判断しなければならない

M&Aについて間違いなく言えることは、経営トップが主体的にかかわり、判断しなければならないということです。
M&Aを成功させるためには、自社スタッフも外部のアドバイザーも大いに活用すべきです。しかし、最終的な判断は、必ず経営トップが自ら決断する必要があります。
M&Aとは非常にビジョナリーで、サイエンスとアートの性質を併せ持っており、しかもとてつもないリスクを伴う戦術です。ですから、経営トップ以外には判断ができないのです。経営トップの決断を必要とするクリティカルな事象は、準備段階、ディール実施中、PMIの各局面で出現します。経営トップはこれらを検討し、判断し、組織を引っ張る役割を果たさなくてはいけません。

欧米企業では、経営トップのM&A経験が豊富である

それでは、どうして多くの日本企業では、最初にお伝えした3つの要素を判断・決定することが上手く充足できないのでしょうか。それは、経営トップのM&Aの経験値が圧倒的に不足しているからです。
欧米企業では、経営トップ自身がM&Aを数多く経験し、高いスキルを持っています。一方で、日本企業の経営トップは、M&Aに必要なスキルや基礎的な理解が不足していることが多いように思います。それはなぜか? 1つの要因は、日本企業がクロスボーダーM&Aをスタートさせたのが、欧米企業よりも少なくとも10~15年遅れていることです。
私どもがピルキントンの買収のためにM&Aを勉強しようとした2002年~2006年当時、日本では本屋の店頭で探してもM&Aの全工程を説明する書物、特にPMIの設計に参考になるようなものがほとんどありませんでした。そこで、主に海外の文献や書籍を参考にしていました。つまり、欧米企業の方が先にM&Aに取り組み、トライ&エラーで経験を積んできたということです。
もう1つの要因は、欧米企業の多く、特にアメリカ企業では、シニアマネジメントの流動性が高いので、M&A経験値が人の移動に伴って会社間を移動するという事情があります。
彼らは部長時代に、M&Aの達人である社長が、どのようにしてM&Aをしていったのかを間近で見ています。そこで体験した知識や手法を抱えて次の会社に転職して社長や上級部長になります。それにより、その会社がもつ組織能力としてのM&Aリテラシーが厚く、高くなっています。
私は一時期、元ピルキントンのCEOで買収統合後の日本板硝子代表取締役社長兼CEOの直属部下としてM&Aプロジェクトを実施したことがあります。当時、彼は世界を廻っていて1ヵ月に1回しか東京に来ない。極めて多忙なスケジュールのなかで確保したわずか15分間の私とのミーティングで、彼から発せられる質問はプロのファイナンシャル・アドバイザーと話しているのと遜色ないもので、極めて効率的でした。
十数年前の日本企業におけるトップ経営者で、企業価値の評価方法の1つであるEBITDA※1マルチプルを理解して使いこなしている人は余り多くなかったのではないかと思われますが、彼はガラスに関連する業界のEBITDAマルチプルがどのくらいで動いているのかを当たり前のように把握していました。

 

※1EBITDA (Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)

マネジャーとビジョナー、PMIで経営トップに求められる2つの役割

企業が成長するためのM&Aでは、経営トップが担う役割は重要です。私は、その役割には大きく2つあると思っています。1つはビジョンを創ってリードするという役割。もう1つはでき上がった枠内でマネージするという役割です。
ピルキントン買収後の日本板硝子グループにおける前述のCEOの役割は、後者の、枠内でマネージすることでした。与えられた枠内で、利益と成長を最大にすること、人材の起用と組織インテグレーションをマネジメントすることです。彼にこの役割を任せたのは、彼が統合後の日本板硝子グループのなかで一番上手だったからです。
では、誰がビジョンを創るのかといえば、これは本件買収を構想・実施した旧日本板硝子のシニアマネジメントを含む、CEOの上部構造であるボードでした。彼らの役割は、ビジョンを創り、CEOをしてこれを実現させること、そして、CEOを監視して、ダメなら交代させることです。このボードを構成する取締役にはグローバル経営に見識のある方を社外から招聘しました。メンバー構成をグローバル対応型にトランスフォーメーションして買収後の新会社のガバナンス体制としたのです。
この新しい組織で、最初の2年間の業績はすごく上手くいっていました。買収ファイナンスを組成するために前提とした、プロジェクション(予測)通りのキャッシュフローと利益を叩き出したのです。
そんなときに、リーマンショックが到来し、続いて欧州ソブリン財務危機が続いた結果、主力だったヨーロッパのガラス市場が大打撃を受け、3割くらい規模が縮小しました。同時に製造技術のコモディティ化が予想以上に早く進み、新興の中国勢がどんどん伸びてきて、新しいコンペティターが増えてきました。さらにはエネルギー価格も上昇し、市場における競争環境がまるっきり変わってしまったのです。そのために、最初に前提とした成長ビジョンが機能しなくなってしまいました。
本来ならばここで、ボードが新しいビジョンを創り変え、それをCEOに与えなければなりませんでした。そして、もし彼が新しいビジョンに不適合ならばCEOを交代させ、新しいCEOで再スタートしなければなりませんでした。
残念ながらこの動きは4年遅れたものの、2回のCEO交代を経て、新しいビジョンが2014年5月にアナウンスされ、業績はゆっくりではありますが回復基調に乗ってきました。
先ほども申し上げたように、経営トップの役割はマネジャーとビジョナーの2つがあります。このうち、ビジョナーは絶対に手離してはいけません。一方で、マネジャーは“機能”であると割り切れば、その役割に適合した一番できる人を選べば良いということになります。
ビジョナーに必要なのは、成長をドライブするようなビジョンを創り出すことです。これが最も大事です。これは何が正解かの保証の無い難しい役割ですが、買収する側が自分でクリエートしなければいけません。
ただ、ビジョンは間違うこともあります。そのときには、勇気をもって変更しなくてはならないでしょう。M&Aのテクニック論にはいろいろとありますが、このことはポイント中のポイントだと思います。

すばやく軌道修正するために、権限を分ける

M&Aを起こす根本動機である戦略ビジョンについて、どれほど叡智を尽くしても、真剣に考えても、残念ながら間違ってしまうことがあります。なぜならば、マーケットは予見を越えて変化するかもしれないからです。
これを解決するには、経営執行のヘッドであるCEOと経営監視をするボード、この2つの権限のあり方を明確化する必要を感じます。
人間は、自分で自分をストップできません。M&A実行を指示した本人(時の会長もしくはCEO)は自己否定できないものです。ですから、ボードに権限を持ってもらうのです。
以下は私見によるアイデア提示ですがこんな考え方は如何でしょう。M&Aがクローズして一定期間、たとえば2年でいいでしょう。2年経過したら、ボードは、業績数値が良い悪いにかかわらず、第三者を使って当該M&Aが目標としたマーケット領域の現状をチェックする。そして、もし現実の市場が、当初の市場ビジョンで予測していた成長性や、重要な秩序や特性と大きくずれていたら、ボードが警告してストップをかける。これ以上リソースを注ぎ込むのをやめて、大きく戦略を変更しろと命令するのです。
一方、市場の特性は根本的には大きくずれていないのに、オペレーショナルな問題で歩留りが出ないとか、売上が上がらないということであれば、いろいろなところでマイナーチェンジをしてもらうなどして、CEOや執行部隊に頑張ってもらえば良いという種の理解で良いのです。
もし市場ビジョンが時代に不適合になっているとしたら、もう何をしてもダメです。そのときには負け戦と認め、方向を大きく変換します。売るなら売る、止めるなら止める、戦略を大幅に変更するならすると、抜本的なビジョン変更を示し、アクションプランを執行部隊に考えさせ、ボードが決断して決めなければいけない。加えて、CEOも適合する者に変えるという決断も必要かもしれません。このように「買収後2年経ったら市場が根本的に変質していないか、ボードが第三者の目線でチェックする」という決まり事をガバナンスルールにすることで少なくとも大失敗は防げると思うのです。

ビジョン、戦略、ビジネスの目的が一致していれば、文化は違っていてもいい

PMIは「文化が違うから難しい」とよく言われます。確かに「両社の文化差を理解して対処すること」は極めて重要ですが、「企業もしくはその国の固有文化が原因で、これ以上は改善の限界である」というケースは、私の経験から言えば10%以下です。残りの90%は違うところに原因があると思っています。
私は、M&Aにおける文化問題とは何かを十数年もの間考え続けてきました。そして、今のところの結論は「文化は違うものである」ということです。
会社が違えば、文化は必ず違います。まして、異国の地なら違って当然です。文化をまったく一緒にしようなんてとんでもないことです。一方で、よく見ると、共通点はたくさんあります。同業種ならば特にそうです。
事実、日本板硝子とピルキントンは同じガラスメーカーなので、ベースがものすごく似ていました。言語的な壁があっても自然に通じてしまうところが沢山あったのです。
もちろん、違うところも沢山あります。また、曖昧なまま放置すると個人個人でバラバラに拡散してしまう事もある。そこで、価値観や行動規範を謳ったグループ内統一ステートメントを作成したり、人材育成に使うコンピタンスの定義を統一する等、なるべく考え方を合わせる努力を数多くしてきました。でも、10年経った今でも“文化”は違います。日本と海外では違うし、海外でも地域ごとに違います。それでいいのです。異なる2つの会社の文化をつなぐのはビジネス目的の共有です。どんな会社になりたいか、どんな市場に注力するか、どんな戦略を使うか、どんな行動パターンが奨励されるか、など。そういう概念が一致していれば、一緒に仕事していけるものなのです。

最初に、トップ40人の文化や価値観を同じ方向に合わせる

実務レベルでもう少し詳しくご説明します。PMIにおいて最初に行うべきことは、買収した側のCEOと買収された側のCEOがエンゲージメントを結ぶことです。高いプロフェッショナリティで、同じ戦略、同じ目標を共有しなければいけません。
CEO同士が目線を合わせたら、次に、それぞれの部下、たとえば上位20名ずつ、トータル40名のグループをいち早く同じ方向に合わせます。これには特効薬のような素晴らしい方法はないので、ひたすらコミュニケーションを取ります。このとき、「買収された会社の文化を変える必要はないし、できない」ということには気をつけておきたいところです。
理想を言えば、スタートして1ヵ月、遅くとも半年のうちに、この40名をビジネス目的において同じ方向に向かわせます。このとき、価値観が合わないとか、反対活動をするような人材がいたら、その人はトップチームから外します。これは買収された側だけではありません。買収する側も思い切ってそうします。
正規分布(ベルカーブ)を思い浮かべていただくと、右端の10%程度はlearning agility※2が高い人で、こちらの意図をすぐに理解して自主的に行動を始めるでしょう。一方、左端の10%くらいの人はいくら言って聞かせても、本音では賛同できず昔のやり方を変えられません。彼らには彼らなりの主義主張があるからです。
そして、残りの80%は様子見のフォロワー、普通の人間です。彼らは、トップレイヤーを構成する人達のマジョリティ行動や考え方がこっちの方向に動いたなと思った瞬間についてきます。この状態をなるべく早期に作らないといけないというわけです。
ですから買収後の社内コミュニケーションを戦略的に展開することは極めて重要です。トップチーム40人程度ならば、直接の面談で方向性統一を図ることは現実的でしょうが、そこから下の階層にカスケードダウンするには工夫と戦略が必要です。経営トップのビデオメッセージ、カンパニーウェブサイト、経営トップの事業所巡回を含め、あの手この手で啓蒙活動をするわけですが、何千人、何万人もいるようなグローバル企業の隅々まで、ビジネス目的や統一の価値観を浸透させるには時間がかかります。でも根気強く何年もやり続けないといけません。
一般に“企業文化”と言われるものは、前述の “ビジネス目的の共有”という表層レイヤーよりもさらに深い底に存在しており、その会社の歴史、地域特性、産業としての体験などを背景にして長い年月のもとで成立したものなので、そう簡単には変わらないのです。したがって、ビジネス目的の共有と成果が得られるならば、根底層の文化は変えなくてもいいと考えるべきです。5年、10年のジャーニーで、合わせるところは合わせる。ローカルにバラバラなところは、バラバラで尊重する。そういうバランスでいいと思います。

 

※2learning agility:学習機敏性

M&Aは“時間”ではなく“トランスフォーメーション”を買うもの

M&Aは「時間を買うこと」だとよく言われます。そういう説明が合致する案件もあるでしょうが、私は多くの日本企業、特に歴史のある企業に今必要なのは、「トランスフォーメーションを買う発想に立ったM&A」ではないかと考え始めています。
たとえば、日本板硝子がピルキントンを買収した際、買収後の経営システムは、日本板硝子ではなくピルキントンのシステムを採用しました。
なぜならば、ピルキントンの方がグローバル的な変化に対する対応で遥かに先行していたからです。それはグローバル経営に適合した管理インフラであり、オペレーションノウハウであり、発想の転換であり、人材の経験蓄積と教育の方針における差です。もし買収後も、旧日本板硝子の日本人的発想の枠内でグローバル経営への変化適合を図っていたら、いくら時間をかけても現在のようなグローバル企業にはなれなかったでしょう。
自分の会社がある。買おうとしているターゲットの会社がある。前述したように、買収した会社の文化は容易に変えられないし、変える必要もありません。自社と被買収会社、この2つの強み・弱みを分析して、どうすれば市場を魅惑するような製品やサービスが生まれるのか、どうやれば戦略ビジョンが達成されるのかを邪念なく真っ直ぐに考えて、設計・実践する必要があります。自分の会社の都合に合わせて引っ張り込もうとか、日本的文化に無理やり合わせて自己満足を感じても意味がないのです。M&Aとその後のPMIにおいては、2つの会社の良いところを合わせて再構築し、あたかも新しい会社を創造するという発想に立つことが大切なのだと思います。

執筆者

株式会社 KPMG FAS
アドバイザー 加藤 雅也

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