ROICの活用による企業価値向上 | KPMG | JP

ROICの活用による企業価値向上

ROICの活用による企業価値向上

本稿では、企業価値向上とROICの関係性、ROICを高めるために必要な取組みについて解説します。

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コーポレートガバナンス改革による影響も一巡した感があり、ROE(自己資本利益率)に対する企業意識は確実に高まっています。しかしながら、一部ではROEの改善のみを目的とする取組みも散見され、企業の本来の目的が見失われているのではないかと懸念されるケースも見られます。企業の目的は企業価値の向上であり、ROEはこの延長線上にある目標として捉えるべきです。
企業価値を高めるためには、価値の源泉であるROIC(投下資本利益率)の改善が必要ですが、日本におけるROICの認知度はいまだ低く、経営に活用している企業はごく僅かしかありません。しかしながら、企業価値の向上を図るうえでROICの改善は避けて通れない道であり、その重要性は今後益々高まっていくでしょう。
本稿では、企業価値向上とROICの関係性、ROICを高めるために必要な取組みについて解説します。

ポイント

  • 企業の目的はROEの改善ではなく企業価値の向上であり、そのためには価値の源泉であるROICを高めることが有効である。
  • ただし、ROICのみを重視した経営では縮小均衡に陥るリスクがあることから、企業価値向上のためには、規模、成長性、効率性をバランス良く高めることが必要である。
  • 投資家は、日本企業の資本効率向上に向けた課題として、事業の選択と集中(経営ビジョンに即した事業ポートフォリオの見直し・組換え)を挙げている。
  • 事業の選択と集中が進まない原因は、事業の評価に企業価値と直結するROICなどの指標が利用されていない点、課題事業が「コア・ノンコア」ではなく「不採算か否か」という視点で定義されている点などにある。
  • 近年では、ノンコア事業に対してカーブアウトを活用することで、戦略的に事業ポートフォリオを組換え、企業価値の向上に取り組んでいるケースもみられる。

I.企業価値向上に必要なKPIとは?

1.企業の目的はROEではなく企業価値の向上

「コーポレートガバナンス改革元年」といわれた2015年から2年余りが経過しました。中期経営計画や決算説明資料においてROEの目標や実績を開示する企業は増加しており、ROEに対する日本企業の意識は確実に高まっているものと思われます。株主価値やその源泉であるROEを重視する経営姿勢は当然否定されるものではありませんが、一部では「ROE」という指標を高めることのみが目的となっており、本来の目的である「企業価値の向上」が意識されていないのではないか、と感じられるケースも散見されます。
図表1は「企業が中期経営計画で公表している指標」と「投資家が経営目標として重視すべきと考える指標」に関する調査結果です。このグラフからも、企業のROEに対する意識の高さは見て取れますが、一方で、企業は売上高、利益、売上高利益率といった「フロー指標」を重視しており、資本生産性に対する意識は依然として低いままということも分かります。

図表1 企業が中計で公表している指標/投資家が経営目標として重視すべきと考える指標

これに対して、投資家はフロー指標と同等、むしろそれ以上に資本生産性指標を重視しています。企業に対する投資家の本質的な期待は、企業価値を高めることによる株主価値の向上にあります。多くの投資家は、ROIC(Return on Invested CapItal:投下資本利益率)から資本コストであるWACC(WeIghted Average Cost of CapItal:加重平均資本コスト)を控除したROIC Spreadを企業価値の源泉と考えており、ROICを投資判断における重要な指標と位置付けています。したがって、企業が目的とすべきは「ROEの向上」ではなく「企業価値の向上」であり、そのためには企業価値の源泉であるROICを高めていくことが求められているといえます(図表2参照)。

図表2 企業価値と株主価値の関係

なお、図表1では、投資家がROAよりもROICを重視しているという点にも注目すべきです。ROAも有用な資本生産性指標ではありますが、資本コストとの比較が困難であり、企業価値との関連性がROICよりも弱いことから、投資家はROAよりもROICを重視しているものと思われます。このため、企業は単にROICの水準を評価するのではなく、資本コストとの比較によりROICを評価する必要があります。

2.フロー指標とROICのバランスが重要

ROICは、事業に投じた資金がどのくらいのリターンを生み出したか(投資効率)を測る指標であり、計算式は以下のとおりです。

 

ROIC = 税引後営業利益/投下資本

 

売上高や利益といったフロー指標のみを重視すると、利益を増やすためにいくら資金を投じたのか、といった投資効率の観点が経営管理から欠落してしまいます。極端な例として、多額の投資を行ったにもかかわらず利益がまったく増えなかったケースを考えると、利益に変動はないため、フロー指標のみによる管理では、この投資の失敗を把握することはできません。限りある経営資源を効果的かつ効率的に活用するためには、フロー指標だけでなく、投資効率を測るROICも重視した経営管理が有効です。
ただし、ここで注意が必要なのは、ROICのみを重視すると本来の目的であった企業価値が損なわれる可能性があるという点です。ROICは効率性を表す指標であるため、これを高めることのみに注力すると、計算式の分母を構成する投資が抑制され、事業が縮小均衡に陥るリスクがあります。企業価値向上のためには、規模、成長性、効率性をバランス良く高めていくことが求められます。
これまでフロー指標のみで経営管理を行ってきた企業にとって、ROICは重要な経営指標となりますが、フロー指標が重要でなくなるという訳ではありません。フロー指標を管理することにより規模や成長性を高め、これらに加えてROICを活用して投資効率を高めることで、企業価値向上に繋げることができるのです。

II.ROICを高めるためには

1.資本効率改善のための課題

企業価値向上を目的としてROICを高めるためにはどのような取組みが必要となるのでしょうか。図表3は、企業と投資家の資本効率向上に向けた取組みに対する認識の調査結果を示しています。「製品・サービスの競争力強化」については、企業・投資家ともに重要と認識しています。一方で、企業が重視している「コスト削減の推進」や「事業規模・シェアの拡大」を投資家は重視していません。投資家が最も重視しているのは、「事業の選択と集中(経営ビジョンに即した事業ポートフォリオの見直し・組換え)」であり、これを日本企業の課題と考えているものと思われます。

2.事業の選択と集中が進まない原因

では、投資家が課題と考えている「事業の選択と集中」が進まない原因はどこにあるのでしょうか。原因の1つとしては、事業の業績を評価する際に、企業価値に直結するROICなどの指標が活用されていない点が挙げられます。つまり、企業と投資家で事業の良し悪しを判断する物差しが異なっていると考えられます。これは、図表3の「収益・効率性指標を管理指標として展開」に関する企業と投資家との認識ギャップからも読み取ることができます。

図表3 企業が資本効率向上に向けて実施している取組み/投資家が期待する取組み

出典:平成28年度 生命保険協会調査「企業価値向上に向けた取組みについて」をもとにKPMG FAS作成

図表3 企業が資本効率向上に向けて実施している取組み/投資家が期待する取組み

a. 事業の選択と集中(経営ビジョンに即した事業ポートフォリオの見直し・組換え)
b. 製品・サービスの競争力強化
c. 収益・効率性指標を管理指標として展開(全社レベルでの浸透)
d. 採算を重視した投資
e. 事業規模・シェアの拡大
f. コスト削減の推進

また、事業ポートフォリオに関する基本的な考え方が、企業と投資家で異なっている点も、投資家の不満原因と考えられます。事業ポートフォリオを管理するに当たって、多くの企業は事業の成長性と収益性を重視していますが、投資家はこれらだけでなく経営ビジョンとの整合性(コア・ノンコア)の観点も重視しています。
「成長余地のないノンコア事業だとしても、安定的に利益を創出しているのであれば問題ない」とする企業もありますが、企業価値向上の観点からは、価値向上に寄与しないノンコア事業を継続するよりも、コア事業に経営資源を集中し、その価値を高めることが有効といえます。また、不採算事業を撤退・売却の対象としている企業も多いと思いますが、限りある経営資源を有効活用し、企業価値向上を図るためには、企業が目指すべき方向性と位置付けが異なる事業は、その収益性にかかわらず事業の入換えの対象とすべきといえるでしょう。
入換え対象となる事業にとっても、ノンコア事業という位置付けの下で十分な投資資金が与えられない環境よりも、当該事業を必要としている企業の中でコア事業として積極的に投資を行い、成長性や収益性を向上させることが、お互いの企業、事業部門、従業員、他のステークホルダーにとって望ましく、WIn-WInの関係になるはずです。

3.ノンコア事業に対するカーブアウトの活用

日本では、ノンコア事業の売却に対してネガティブなイメージを抱く人も多く、経営者がレピュテーションを気にするばかりに売却に踏み切れないケースもあるでしょう。この点については、近年ではカーブアウトを活用して、戦略的に事業ポートフォリオの組換えを進めているケースも多くみられます。具体的には、他社との事業統合を利用し、時間をかけて事業撤退を進める方法です(図表4参照)。他社との事業統合であれば、統合によるシナジー効果を期待することができるだけでなく、ノンコア事業がコア事業化されるため、社内外に事業の成長や収益性向上を目的とした再編という前向きなイメージを与えることができます。また、カーブアウトで事業を切り出して、子会社化し、PEファンドから出資を受けて、当該子会社は当該PEファンド傘下で事業の成長を目指すケースもみられます。

図表4 ノンコア事業に対するカーブアウトの活用

これらの方法により、当該事業に対する自社の持分割合を低下させ、その後、他社とのさらなる統合や持分の一部売却などにより連結から除外したうえで持分を完全に売却する、といったプロセスに10年以上をかけて取組み、段階的に撤退するケースもあります。

III.最後に

昨今の企業業績の回復や財務健全性の改善を背景に、多くの企業が成長戦略としてM&Aなどの投資機会を窺っています。業務上、PEファンドなどのM&Aをサポートさせていただく機会が多くありますが、ここ数年、入札案件における買収価格が高騰していると感じることが少なくありません。このため、多くの企業やPEファンドは「買いたくても買えない」状況にあります。逆に言えば、ノンコア事業を抱える企業にとって最高の「売り時」であるともいえます。
グローバル化の進展による海外企業との競争激化、国内人口の減少による需要縮小など、近年の日本企業を取り巻く環境は厳しさを増しています。また、情報技術の急速な進化により製品・ビジネスモデルの模倣スピードも速まっており、製品やサービスの価格維持は困難を極めています。このような激しく変化する経営環境の下で、企業価値を高めていくためには、ROICを重視した事業ポートフォリオ管理を進めるとともに、ノンコア事業のカーブアウトなどを活用することより、適時・適切に事業ポートフォリオの組換えを進め、経営の柔軟性とスピードを高めることが肝要です。

執筆者

株式会社KPMG FAS
ディレクター 荒木 昇

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