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コーポレートガバナンスから考える企業価値向上のためのリスクマネジメント

コーポレートガバナンスから考える企業価値向上のためのリスクマネジメント

本稿では、企業価値向上に繋がるコーポレートガバナンスのあり方、またそれを支えるリスクマネジメントについて解説します。

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2017年3月に経済産業省により「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(CGSガイドライン)が公表され、日本企業が整えるべきコーポレートガバナンスの「型」についての考え方は徐々に浸透しつつあります。しかしながら型通りのコーポレートガバナンスを整えただけで各社の企業価値が向上する訳ではありません。コーポレートガバナンス改革をいかに「稼ぐ力」に繋げるのか、多くの企業で課題と位置付けて取り組んでいます。この課題を解決するうえで、「稼ぐ力」の裏側にある「リスクテイク」が非常に重要な論点となります。本稿では、企業価値向上に繋がるコーポレートガバナンスのあり方、またそれを支えるリスクマネジメントについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 日本企業のコーポレートガバナンス改革は順調に進んでいるが、企業価値向上に寄与するコーポレートガバナンスの実現は、多くの企業にとって課題である。
  • 企業価値向上とリスクテイク/リスクコントロールは表裏一体の関係にある。執行部門におけるリスクテイク/リスクコントロールを監督するにあたり、取締役会には「中長期的な目指す姿の提示」「戦略の質の向上」「戦略実現状況の評価」という3つの使命がある。
  • 企業価値向上のためのコーポレートガバナンスを実現するために、リスクマネジメントにも変革が必要である。これからのリスクマネジメントが備えるべき機能は「将来予測」「戦略との一体化」「経営意思決定のための情報提供」である。

I.コーポレートガバナンス改革の現在

1.順調に進捗するコーポレートガバナンス改革

コーポレートガバナンス・コードが適用開始となった2015年6月から既に2年以上が経過しました。2017年3月には経済産業省より「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(CGSガイドライン)が公表され、日本企業が整えるべきコーポレートガバナンスの指針はさらに充実してきています。多くの上場企業では、これらの指針を参考としつつ、それぞれの企業の方針にしたがってコーポレートガバナンス改革を進めてきました。

 

(1)「形の改革」は先行して進捗
コーポレートガバナンス改革の進捗はもちろん各社で異なりますが、全体の傾向としては、取締役会を中心とする組織体制等の改革(いわゆる「形の改革」)が先行しつつあると考えます。上場企業におけるコーポレートガバナンス体制に関するこの2年間での顕著な変化として、各社の選択する機関設計がいわゆるモニタリングモデル(取締役会の監督機能を重視する考え方)を志向してきていることが挙げられます。監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ移行する傾向は2015年ごろから継続的に見られていますが、いわゆる「任意の指名・報酬諮問委員会」を設置する企業も増加しています。
また2015年以降、各社における社外取締役の選任比率は大きく向上し、独立社外取締役を複数選任する企業の比率も88%に増加しました。平成26年改正会社法で社外取締役を選任しない場合における説明の義務化に加え、コーポレートガバナンス・コードで独立社外取締役の複数選任が規定されたことがその直接的な要因と推察できますが、複数の社外取締役を通じてより多様な社外のステークホルダーの見方を取締役会に取り入れたいという「株主等のステークホルダー重視」の姿勢をより鮮明にする企業が増えてきているとも考えられます。
モニタリングモデルを志向した機関設計の採用や取締役会の構成の変更などの「形の改革」の進捗は、この2年間の日本企業のコーポレートガバナンスに関する大きな成果と言えます。一方で今後に向けて各企業はどのような課題認識を持っているのでしょうか。

 

(2)中長期戦略やリスクテイクが取締役会の重要論点に
「形の改革」の進捗に対し、取締役会の運営面での企業の課題認識は、「付議事項の見直し」といったルール面の整備から「中長期戦略の議論」「リスクテイクを支える環境整備」といった取締役会における実質的な議論の充実に論点が移りつつあります(図表1参照)。

図表1 「取締役会実効性評価」課題認識の変化(JPX日経400採用銘柄)

出典:JPX日経400採用銘柄各社のコーポレートガバナンス報告書における「取締役会実効性評価の結果の概要」の開示内容に基づきKPMGが作成

これからの各社のコーポレートガバナンス改革は、これまでのようにコーポレートガバナンス・コード等の指針に沿った体制整備の段階から、いかに自社の成長や企業価値向上に役立つコーポレートガバナンスにしていくかを各社の戦略にしたがってそれぞれに模索する段階に移行していくものと考えられます。

2.コーポレートガバナンスを「稼ぐ力」に繋げるために

コーポレートガバナンス改革の進捗に対し、企業価値向上のための日本企業全体の取組みの進捗をマクロ的に捉えると、足下の業績は向上しているものの「稼ぐ力」を維持するための投資は途半ばの状況と言えます。
3月期決算の上場企業の連結純利益の合計は2017年3月期に過去最高を更新、2016年度の東証上場企業のROEが8%を超えるなど、足下の業績回復は明らかです。一方で伊藤レポート2.0※1でも指摘されているとおり、日本企業の研究開発費の伸びの鈍化、諸外国と比較した場合の人的投資の低水準など、日本企業の無形資産への投資が相対的に低いことが明らかになってきました。
「稼ぐ力」を中長期的に維持するには、中長期的な視点での無形資産への投資が必要不可欠です。しかしながら、無形資産への投資は短期的な利益を圧迫する要素にもなり得ます。経営陣が中長期的な視点でリスクを取りながら「稼ぐ力」として必要な領域に投資できるように、取締役会が後押ししていく必要があります。前述のように各社がそれぞれのコーポレートガバナンスのあり方を模索するなかで、「稼ぐ力に繋げるリスクテイク」は非常に重要なテーマであると考えます。

 

※1 「伊藤レポート2.0 持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会報告書」(経済産業省、2017年10月26日)

II.企業価値向上のためのコーポレートガバナンスとは

1.企業価値向上のための取締役会の責務

コーポレートガバナンス・コードの基本原則4.【取締役会等の責務】にあるとおり、取締役会の責務として、「会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく」、「経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと」が求められています。

 

(1)企業価値向上とリスクとの関連
「会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上」は、より簡単に表現すると「企業の継続」と「企業の成長」から成り立っていると考えられます。これらをリスクとの関連で言い換えると、「企業の継続=リスクコントロール」、「企業の成長=リスクテイク」とも言えます。会社を継続させるために大きなマイナスインパクトのあるリスクは未然防止を図る必要がありますし、会社を成長させるためには投資を通じてリスクを取ってリターンを得る必要があります。

 

(2)取締役会の3つの使命
取締役会は、執行部門におけるリスクテイクとリスクコントロールの活動に対し、監督とモニタリングを行う責務を負います。中長期的な企業価値向上のために、取締役会は3つの使命を負っていると考えます(図表2参照)。
取締役会の3つの使命は、具体的には以下のような内容です。

図表2 中長期的な企業価値向上のための取締役会の使命

1. 中長期的な目指す姿を定める
「会社は何をもって社会に価値を提供するのか」「どの領域・マーケットでリスクを取って稼ぐのか」について、中長期ビジョン、経営の基本方針、事業ドメイン・事業ポートフォリオ等により、中長期的な目指す姿を定めます。従来、多くの日本企業では、これらはCEO・社長が決めることが多く見られましたが、本来は会社の最高意思決定機関である取締役会の場で十分に議論し、社外取締役の意見も取り入れながら定めるべきです。
「戦略やビジネス目標の達成に影響を与えるような事象が起こる可能性」がリスクの一般的な定義であることから、中長期的な目指す姿を明確にすることで、リスクテイク/リスクコントロールのあり方や執行部門に対する監督の方向性がより具体的で明確になります。

 

2. 目指す姿を実現するための戦略の質を高める
中長期的な目指す姿の実現に向け、執行部門側から中期経営計画等の戦略が起案されますが、取締役会は審議を通じて戦略の質を高める必要があります。
取締役会での審議は、リスクとリターンの観点から行います。利益獲得の計画・施策を審議するだけではなく、それらの裏にあるリスクが、会社が取るべき種類・水準に整合しているかを審議します。利益偏重でリスクを取りすぎていないか、また収益機会があるのにリスクを取らず機会損失となっていないかを、審議を通じて確かめます。
この「企業価値向上に向けて会社が取るべきリスクの種類・水準」のことを「リスクアペタイト」(リスク選好)と呼びます。事業戦略と結び付けてリスクアペタイトを明示し、その合理性を審議することは、戦略の質を上げることに繋がります。
リスクアペタイトの示し方には様々な方法がありますが、戦略と結び付けてリスクの種類・水準を表記するとわかりやすくなります。
(例)A事業のシェア拡大のために、新規顧客への与信枠を拡大し新規顧客の割合を30%まで高める【新規顧客の貸倒リスク】。
(例)将来の主力製品開発のために、今後3年間は毎年100億円規模の研究開発投資を行う【研究開発失敗による損失リスク】。
(例)海外事業の拡大においては、海外企業のM&Aを1000億円規模で展開する【投資失敗による減損リスク】。

 

3. 戦略の実現状況を評価する
取締役会では戦略の実現状況について定期的に報告を受け、軌道修正の必要がないか審議します。従来行われてきたような業績や施策の執行状況の評価だけでなく、リスクアペタイトとして明示したリスクテイクの状況についても評価が必要です。たとえば、個別投資の進捗状況を確認するだけでなく、ハードルレートを上回る高利回り(高リスク)案件への投資ができているかもフォローアップします。

III.リスクマネジメントの変革

1.企業価値向上に寄与するリスクマネジメントのあり方

従来の日本企業のリスクマネジメントの平均的な姿から考えると、前章で述べたような取締役会の使命に対し、リスクマネジメントは必ずしも貢献できているとは言えません。企業価値向上のための取締役会の使命を支えるリスクマネジメントとして、バージョンアップが必要と考えます。

 

(1)従来の日本企業のリスクマネジメントの平均的な姿
従来型の日本企業のリスクマネジメントは現場主導の色が濃く、概ね以下のような特徴を持っています。

  • 現場でのリスク予防を主目的としたボトムアップ型
  • 現場ごとのPDCAサイクルによる継続的改善を重視
  • 過去の失敗に学ぶ守りのリスクマネジメント

 

ボトムアップ型のリスクマネジメントは日本企業の経営スタイルにマッチしており、現場での事故・不祥事等を防ぐ守りの機能としては効率的・効果的です。一方でリスクテイクに関する経営の意思を執行部門全体に伝達しづらく、執行側でリスクを取る判断ができない、または取るべきでないリスクを現場判断で取ってしまい重大な不祥事に繋がるといったことも起こり得ます。さらに、過去からの連続性の外にある大きな環境変化に対して効果的に機能できないという側面もあります。

 

(2)これからのリスクマネジメントに必要な機能
企業価値向上のためのコーポレートガバナンスにリスクマネジメントが寄与するためには、ボトムアップ型のリスクマネジメントを基盤に据えつつ、以下のような機能を付加したトップダウン型のリスクマネジメントが求められます。

 

1.中長期を射程とした将来予測機能
企業価値を中長期的に向上させるうえで、過去の延長線上で価値を積み上げるだけではステークホルダーの期待に応えることはできません。将来の環境変化の予測を常にアップデートしながら、想定外のリスクや新たな事業機会の可能性がないかを確認し、取締役会等で共有する機能が必要です。

 

2.事業戦略と整合させたマネジメント機能
事業戦略を通じて企業価値向上を図るにあたり、その裏側にあるリスクを認識してリスクテイク/リスクコントロールに取り組む必要があります。このために重要な要素が、前章でも触れたリスクアペタイトです。会社として取るべきリスク/取るべきでないリスクを戦略と結び付けて共通言語化するとともに、事業戦略と同様にリスクアペタイトも事業・部門にブレークダウンすることで、組織全体が同じ目線をもって戦略遂行とリスクテイク/リスクコントロールに臨むことができます(図表3参照)。

図表3 戦略と整合させたリスクアペタイトのブレークダウン

3.経営意思決定のための情報提供機能
取締役会の意思決定やモニタリングに必要な環境変化情報やリスク情報をタイムリーに集約・報告できるようにするとともに、リスクテイク/リスクコントロールの両面で取締役会と執行部門間のコミュニケーションをスムーズにし、ガバナンスを効かせやすくする必要があります。
そのためには、テクノロジーの活用が非常に有効です。ロボティクスによる情報収集の自動化、AIによるリスク情報の分類・関連付けなどの機能を活用し、効果的かつ効率的に環境変化情報・リスク情報を集約・分析・報告することが可能となります。

2.コーポレートガバナンス改革からリスクマネジメントの変革へ

日本企業におけるコーポレートガバナンス改革は順調に進捗しており、企業価値向上のための実質的なコーポレートガバナンスのあり方を模索する段階に移行しています。
しかしながら企業価値向上の取組みをより実効性あるものとするためには、コーポレートガバナンスの改革だけでは十分とは言えません。コーポレートガバナンスを通じて企業がリスクテイクし「稼ぐ力」を獲得するためには、リスクマネジメント機能のバージョンアップが不可欠です。各企業において、コーポレートガバナンス改革を形式だけの取組みに終わらせず、改革の効果を最大化するために、リスクマネジメントの変革に踏み込むことが期待されます。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
パートナー 林 拓矢

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