新しいIFRS保険会計とそのインパクト | KPMG | JP

新しいIFRS保険会計とそのインパクト

新しいIFRS保険会計とそのインパクト

本稿では、IFRS第17号導入の目的と、これによる保険会社経営へのインパクトについて解説します。

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国際会計基準審議会(IASB)は、2017年5月18日、20年にわたる長期の議論を経て、IFRS第17号「保険契約」を公表しました。
IFRS第17号は、現行のIFRS保険契約会計基準であるIFRS第4号「保険契約」を置き換えるもので、従来の保険会計にはなかった概念を導入した全く新しい基準となっています。IASBはIFRS第17号を「最初の真に国際的な保険契約の会計基準」と位置付けています。
本稿では、このIFRS第17号導入の目的と、これによる保険会社経営へのインパクトについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • IFRS第17号は、(1)「ビルディングブロック手法、(2)計算前提のロックフリー、(3)明示的なマージン概念を導入することにより「保険契約の経済価値」を測定するという従来とは異なる全く新しい基準であり、保険契約に関して包括的に統一された最初の真に国際的な会計基準と言える。
  • IFRS第4号と比較した場合のIFRS第17号の主な特長として、(1)比較可能性の向上、(2)保険負債の透明性の向上、(3)開示の拡充があげられる。
  • IFRS第17号の導入により、以下を含む様々なインパクトが生じる可能性がある。

    1. 海外の保険会社との比較可能性が高まり、競争環境に影響を与える可能性がある。
    2. 損益や資本のボラティリティが増大する可能性がある。
    3. 収益計上の概念が変わり、従来の保険料収入は保険会社のトップライン(売上高)ではなくなる。利益指標にも影響があるため、基礎利益など従来の重要な業績指標(KPI)が見直される可能性がある。

I.新しい保険会計の必要性

1.従来の保険会計の問題点

従来、保険契約の会計処理について包括的に規定する会計基準はなく、各国の会計上の要求事項等を反映して策定されていました。
そのため、それぞれの法域間および商品間で会計上の取扱いが異なっており、投資者およびアナリストが保険会社の業績を理解あるいは比較することが困難となっていました。
また、存続期間が長期にわたる複雑な保険リスクを有する保険契約や、重要な投資要素を含む保険契約に関して、真の財政状態や業績を適切に反映していないと考えられるケースも散見されていました。

2.IFRS第17号の開発

このような問題意識を踏まえ、IASB(国際会計基準審議会)の前身のIASC(国際会計基準委員会)は、1997年に起草委員会を設置し、統一的な保険契約の会計基準を開発するための検討を開始しました。その後、2004年に暫定基準としてIFRS第4号を公表。さらに2010年、2013年と2回の公開草案を経て、2017年5月、IFRS第17号が最終基準として策定されました。
このIFRS第17号は、日本の現行保険会計とは考え方が大きく異なっており、適用した場合には、日本の保険会社にも大きな影響を及ぼす可能性があると考えられます。
IFRS第17号の適用開始日は2021年1月1日以降開始する事業年度からとされています(一定の条件のもとに早期適用も可)。約3.5年の準備期間が設けられているものの、日本の保険会社にとって充分な準備期間と言えるかは、各社の置かれている状況によって異なると考えられます。

II.IFRS第17号の目的は比較可能性・透明性の向上

IFRS第17号の目的は、従来国ごとにばらばらで、ブラックボックスと呼ばれるほどわかりにくく比較が困難だった保険契約の会計処理を国際的に統一し、投資家に対して財務業績をわかりやすく比較しやすいものにすることです(図表1参照)。

図表1 IFRS第17号の会計モデルの概念

出所:KPMG

まず、各国で異なっていた保険契約の定義を統一し、法的形態の如何にかかわらず、重要な保険リスクの有無、すなわち重要な金額を追加的に支払う機会の有無で保険契約か否かを判定します。なお、IFRS第17号はそのタイトルから、保険会社向けのような印象を受けやすいものの、実際には「保険契約」を定義し、当該定義に該当する契約に適用される会計基準であるため、保険会社でなくても適用される可能性があります。
つぎに、透明性の向上のための有用な情報を提供する手段として、「保険契約の経済価値」を測定する新しい会計モデルを導入しています。「保険契約の経済価値」とは、保険契約の時価に相当するものであり、IFRS第17号ではこの測定情報を定期的に更新していきます。具体的には、次の3つのフィルターを用います。
1つ目は、「ビルディングブロック手法」です。保険負債を複数の測定要素(ブロック)に分割し、それぞれの評価額を積み上げていくことにより、より明確な保険負債を定義します。
2つ目が、「ロックフリー」の採用です。通常、保険負債は、将来の保険事故が起こる可能性を見込んで測定しますが、割引率、死亡率、罹患率、解約失効率や事業費率などその前提条件は刻々と変化します。こうした情報を決算期ごとに更新することで、評価時点での実勢を反映した価値で保険負債を示すことができるようになります。従来の日本の保険会計では、保険負債の測定は、契約時の前提条件で固定されていたため、契約時に契約者に約束した予定利率より実際の運用利回りが下回る、いわゆる「逆ざや」が適時に財務諸表に反映されないといった課題がありました。
3つ目が「明示的なマージン概念」の導入です。保険契約では、保険金等の支払いの予想保険金額からの乖離やタイミングのずれなどの不確実性を踏まえ、ある程度バッファを持たせた状態で保険料をもらうのが普通です。このバッファに加えて、保険会社が獲得すると期待される将来利益を含めたものをマージンという概念で表します。保険負債の測定においては、このマージンを各期にリリースする形で配分していきます。従来の日本の保険会計においても、保険負債の計算前提などにおいてマージンが含められていましたが、必ずしも明示的ではありませんでした。IFRS第17号では、これが明示的に計算に含められ、かつ開示されることになります。

図表2 IFRS第4号からの変更(1):比較可能性の向上

  IFRS第4号 IFRS第17号
企業間の比較可能性 事業を展開する法域間で適用される保険会計が大きく異なっていた結果、海外の保険会社との業績比較が困難となっていた。 保険契約の定義および保険負債の測定方法が統一されるため、企業間で首尾一貫した保険会計が適用されることで、財務諸表利用者が保険契約を発行する企業間の類似点あるいは相違点を適切に認識できるようになる。
地域間の比較可能性 地域によって会計処理が異なることにより、企業グループ内で同様の性質を持つ商品が統一的に会計処理されなかった。 企業グループ内で首尾一貫した会計処理が適用され、地域間の比較可能性が向上する。
事業間・業界間の比較可能性 収益は現金主義に基づく保険料収入をベースに計上され、預り金など貯蓄要素も区別することなく収益計上することも許容していた。
そのため、銀行業や資産運用業など、貯蓄要素を収益計上することなく負債計上する事業・業界との比較が困難だった。
収益は受け取った保険料収入ではなく、保険サービスの成果として、当該サービス提供の対価で計上される。
その結果、貯蓄要素を収益計上することなく負債計上することとなり、他の事業・産業との比較可能性が向上し、保険会社の業績を理解しやすくなる。

図表3 IFRS第4号からの変更(2):保険負債の透明性向上

  IFRS第4号 IFRS第17号
計算前提 一部の法域では、保険契約の計算前提が契約発行時に固定されるため、最新の状況を反映しておらず、有用な財務情報を提供していなかった(ロックイン)。 最新の計算前提に更新される。
これにより、企業の予測をより適切に表すとともに、保険契約が現在の経済価値で測定されるようになる(ロックフリー)。
保険負債の割引率 一部の法域では、保険負債の割引率として、資産の期待収益率を使用していた。
保険負債のデュレーションが資産側のデュレーションにマッチングしていない場合、これは保険契約の価値を適切に表さない場合があった。
割引率は、保険負債のキャッシュフローの特性に基づき決定される。
その結果、保険負債が保有資産のデュレーションやリスクとマッチングしていないことによるリスクが財務諸表に反映されることになる。
発生保険金に係る負債の割引計算 一部の法域では、発生保険金に係る負債の測定上、貨幣の時間価値を考慮していなかった。
そのため、保険金の確定・精算に長期間を要するケースでは保険契約の経済価値を適切に表さない場合があった。
発生保険金に係る負債は、貨幣の時間価値を考慮し割引計算されるため、保険契約の経済価値をより適切に表すことになる。
明示的なマージン 一部の法域では、明示的でないマージンを保険負債に含めて測定していたが、このような非明示的マージンは財務諸表に開示されないことが多かった。 マージンは明示的に計算かつ開示されるため、企業の予想するキャッシュフローの発生時期や金額に関する不確実性に関する情報の透明性が向上する。

図表4 IFRS第4号からの変更(3):開示の拡充

  IFRS第4号 IFRS第17号
収益性に関する情報 保険収益を現金主義に基づき保険料収入で計上する場合など、一部では、保険契約から稼得される利益の源泉が不明瞭となっていた。 現在と将来のそれぞれの収益性に関する情報を提供する。
保険収益は保険サービスの成果として、当該サービス提供の対価で計上され、予想キャッシュフローの見積りの変動やマージン部分のリリースといった保険収益を構成する内訳情報についても開示する。
重要な判断や見積りの根拠 保険負債の測定の際に行った重要な判断や見積りの根拠に関する開示がなく、保険負債の測定に使用された前提を理解することは困難となっていた。 保険負債の測定に関する重要な判断や見積りの根拠が開示されるため、保険負債の測定に使用された前提を理解することができる。
非財務情報 長期契約を発行する多くの企業が、エンベディッド・バリューなど収益性に関する非財務情報を開示していたが、必ずしも統一的なものではなくほとんど開示していない企業も存在していた。 財務情報の充実・向上により、非財務情報としての業績指標の開示の必要性が低減する。

これら3つのフィルターにより「保険契約の経済価値」を測定する新しい会計モデルを導入することに加えて、表示方法を改善し、開示項目も拡充することで、比較可能性と透明性を向上させることがIFRS第17号の概念であり、それゆえIASBはIFRS第17号を「最初の真に国際的な保険契約の会計基準」と位置付けています。

III.IFRS第4号からどう変わるのか

IFRS第17号の導入により、IFRS第4号から具体的にどのように変わるかについて図表2~4に記載しています。また、これらが財務諸表にどのように影響するかのイメージを図表5にまとめています。

図表5 財務諸表への影響イメージ

出所:KPMG

IV.IFRS第17号によるインパクト

1.競争環境が変わる可能性

IFRS第17号の導入により、海外の保険会社との比較可能性が高まり、これまで海外の保険会社との業績比較や財務健全性の比較が困難であった日本の保険会社についてもグローバルな視点に晒されることになると考えられます。
さらに、海外の保険会社との比較可能性が向上することにより、日本の保険会社のM&A戦略や競争環境に影響を与える可能性も考えられます。

2.損益および資本のボラティリティの増大

保険契約の計算前提を毎期更新するロックフリーを導入する結果、保険会社の損益および資本のボラティリティが増大する可能性があります。これにより、資産と負債のマッチング状況が財務諸表上でより明確に表示されると考えられます。
また、これを踏まえて、保険会社が従来の商品設計やALM戦略を見直すことも考えられます。

3.重要な財務指標の変更

従来、保険料収入として収益計上されていた預り金などの貯蓄要素や受取保険料は、IFRS第17号では保険収益を構成しなくなるため、保険料収入は保険会社のいわゆる「トップライン(売上高)」ではなくなります。
また、IFRS第17号では、金融リスクが保険会社の実績に及ぼす影響が、保険の経営成績とは区分して表示されるため、保険会社の業績において何が収益に貢献しているか、その全体像がより明確になります。
さらに、IFRS第17号で導入される新たな測定モデルでは、一部の契約について利益の発生パターンが大きく異なる可能性もあり、日本で従来用いられていた基礎利益等の経営指標や重要な業績評価指標(KPI)の概念が見直される可能性があります。新たなKPIの設定は、商品設計や販売戦略にも影響を与え、ひいては保険会社の経営戦略そのものにも影響を与える可能性も考えられます。

4.説明責任の増大

IFRS第17号で導入される新たな表示および開示により、保険会社の財務内容および経営成績の見え方が大きく変わるため、財務諸表利用者にも丁寧に説明していく必要があります。

5.新たなシステムおよびプロセスとリソースへの影響

IFRS第17号で要求される表示および開示を実現するために、新たなデータの収集および保管が必要となる可能性があります。
長期におよぶ保険会社の事業期間や、それに伴う保有契約に係るデータ収集および保管の必要性を考慮すると、システムやプロセスの新たな導入あるいは更新が必要となることが考えられます。この場合、保険会社はシステムやプロセスの変更に伴い、新しい内部統制手続を策定する必要も生じます。
また、毎期報告される財務情報が、最新の計算前提を用いた見積り計算に依存することから、決算スケジュールにも大きな影響を与える可能性があります。
IFRS第17号を導入する際には、各種の要求事項を実務レベルに反映させる人材の確保も重要となります。特に、IFRS第17号への移行プロセスや保険数理計算プロセスにおいては追加的なリソースの投入が必要となることが考えられます。既にIFRS第17号の分析を開始している一部の保険会社では、シェアードサービスセンターの利用拡大や、中央一元化による業務合理化の推進を進めようとしているケースもあります。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融事業部 パートナー 三輪 登信
金融事業部 シニアマネジャー 加賀 直樹

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