第6回 タイ子会社を真の「子会社」とするために | KPMG | JP

第6回 タイ子会社を真の「子会社」とするために

第6回 タイ子会社を真の「子会社」とするために

本稿では、「権限の整理」と「理念の浸透」の観点から、タイ子会社を真の「子会社」とし、ガバナンスを確保するためのポイントを解説します。

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「タイ子会社に報告を求めても、なかなか期待どおりに情報が入手できない・・・」

「買収したタイ子会社から、いつまで経ってもグループの一員となった自覚が感じられない・・・」

「タイ人従業員は、タイ側合弁パートナーやタイ人取締役の顔色しか見ていない・・・」

こうした悩みは、規模や業種を問わず、タイの日系企業の多くが抱える課題です。日本の「親会社」とタイの「子会社」の関係は、言葉や地理的な障壁からも、日本国内における親子関係よりも複雑です。「資本関係がある」という事実は、タイ子会社を真の「子会社」とするうえでは、最初の一歩に過ぎません。

本稿では、「権限の整理」と「理念の浸透」の観点から、タイ子会社を真の「子会社」とし、ガバナンスを確保するためのポイントを解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

タイ子会社が真の「子会社」とならない原因は、多くの場合、(1)タイ子会社にまつわる各種の権限設定が不明確であること、(2)グループ理念浸透の取組みが形式的なものに留まっていること、の2点に集約される。

  • タイ子会社の権限を定める各ルールは、タイ子会社の取締役会を中心として、それぞれが定める権限設定の内容が互いに整合的なものとして整備され、タイ子会社従業員から親会社までをラインで繋ぐものでなければならない。
  • タイ子会社にグループ理念を浸透させるためには、親会社が一方的に「お仕着せ」るのではなく、タイ人従業員と一緒に作り上げる、というスタンスが求められる。

I.タイ子会社は真の「子会社」となっているか

日本企業のタイ子会社、あるいは在タイ日系企業、と一口に言っても、「日本企業が親会社として実質100%を出資する独資のタイ子会社」、「タイのローカル企業との合弁によるタイ子会社」、「旧ローカル企業を買収したタイ子会社」など、その出自は様々です。業種についても、自動車産業を中心としたタイ進出の歴史が長い製造業だけでなく、近年は飲食やIT関連をはじめとしたサービス業でも、日系企業は活発にタイでビジネスを展開しています。

このようなタイ子会社の管理業務に関するコンサルティングサービスを提供するなかで、出自や業種を問わず日系企業に共通して見られる課題として、タイ子会社から必要な情報が親会社に上がってこない、グループの一員としての自覚がタイ人従業員に浸透していない、その結果としてビジネス上のシナジーも期待していたほど生まれず、それぞれ独立して事業を行っているに過ぎない、といったケースが非常に多いことに気付かされます。つまり、親会社とタイ子会社との関係が表面的・形式的なものに留まり、タイ子会社が真の「子会社」にはなっていない、ということです。もちろん、この状態が違法だというわけでは決してありませんし、それなりにタイ子会社では業績も上がっているかもしれません。しかし、グループガバナンス、あるいはグループとしてのリスク管理の観点からは、名ばかりの「子会社」において、どのようなリスクがタイ子会社に存在するのか親会社が把握できず、不安を感じたままで、問題発生後に実はリスクがあったことを初めて認識する、という状態は決して適切とは言えません。そのようにして発生したタイ子会社でのトラブルは、タイ子会社だけの問題ではなく、グループ全体のレピュテーションにも悪影響を及ぼす可能性があります。

では、なぜタイ子会社が真の「子会社」にならないのか、多くのタイ子会社の事例から、その原因は主に、(1)不明確な権限設定、(2)「お仕着せ」のグループ理念、の2つに集約されると考えられます。次章では、この2つの原因について、それぞれ解説します。

II.タイ子会社における「不明確な権限設定」

タイ子会社における「権限設定」を議論する場合に、そもそもタイ子会社の権限には複数の論点があり、それらが整理されず論点自体が不明確になっているケースが多々見られます。ここでは、まずタイ子会社における「権限設定」について、関係する規程類を軸に整理します。

1.親会社とタイ子会社の間での権限設定

日本企業においては、資産の取得や処分等について、内容や金額に一定の基準を設け、国内外の子会社が自ら(子会社社長または子会社取締役会を通じて)決裁できる事項と、子会社だけでは決裁できず親会社の承認を求めるべき事項を、それぞれ整理し定めた規程として、名称は各社異なるものの「グループ会社管理規程」や「関係会社管理基準」等を設けているケースがあります。このような規程は、あくまで親会社の社内規程ですので、子会社にも当然に適用されるわけではありません。別法人である子会社に強制力を持たせるために、親会社と子会社との間で同規程の適用を求める契約を交わしたり、子会社の取締役会または株主総会で運用を承認したり、子会社においても社内規程として定めたり、といった工夫が各社によって行われています。

問題は、形式的には「グループ会社管理規程」が子会社にも適用されることが明らかとなっているにもかかわらず、それに従った報告や承認申請が、現実には子会社から上がってこないケースです。タイ子会社において、親会社への報告・承認ルールが遵守されないパターンは大きく3つ存在します。


パターン(1)
日本人の拠点長や取締役がルールを知らない、または知っていても遵守するつもりがないパターンです。このパターンでは、駐在員として派遣する際の研修や引継が十分ではないことが要因ですので、ルールの重要性を改めて認識してもらうための人事的な取組みが有効です。

パターン(2)
ルールを遵守するためには実務上、タイ人幹部や従業員もルールを認識していなければならないにもかかわらず、タイ人がルールを認識していないパターンです。「グループ会社管理規程」は親会社が英語版も用意した、あるいは子会社が現地語に翻訳しているはず、と親会社は理解していても、タイ子会社側では翻訳されていない、翻訳されていても周知されていない、という状況は、親会社が思っている以上に頻繁に発生します。特に、日本人拠点長がタイ語を解さず、書類の内容を確認せずにサインしてしまう懸念があるタイ子会社では、親会社に承認申請がされなくても、タイ人の認識では、タイ子会社の社長までで決裁プロセスが終了します。タイ人従業員にもルールをよく理解してもらうために、規程の翻訳版が確実に存在し、それが周知徹底されていることの確認が必要です。

パターン(3)
親会社に報告ないし承認申請するうえで必要な情報が、実は、子会社の日本人拠点長や取締役に集まっていない、というパターンです。たとえ日本人取締役が子会社に常駐していたとしても、海外では「取締役だから必要な情報が自動的に入手できて、それが親会社に報告される」とは限らないことを、親会社側も理解しなければなりません。こうした状況では、取締役として情報を入手できる機会として、取締役会の重要性が一層高まります。タイ子会社における必要な情報を、日本人取締役に確実に入手させるためには、子会社の取締役会で何を議論させたいのか、親会社側が、グループ全体に適用されるルールとして明確に定めておく必要があります。

これらのパターンでは、(1)と(2)は研修が有効ですが、(3)はタイ子会社の構造上の問題が絡んでおり、それを補完するようなグループ管理の取り決めが必要になります。

2.タイ子会社の内部における権限設定※1

1)取締役会の議決事項を定めるルール
II 1.のパターン(3)で述べた、取締役会で何を議論するべきか、という点について、タイの会社法は、ほとんど何も言及していません。このため取締役会の議決事項は、各社それぞれが必要性を検討しながら定めることになります。タイ子会社の取締役会を通じて、日本人取締役が必要な情報を入手し、その情報が親会社へ報告または承認申請される、というプロセスを確保するために、取締役会の議決事項は、親会社が必要としている情報、すなわちグループ会社管理規程との整合性が図られていることがポイントです。

タイ子会社における取締役会議決事項の設定は、(1)付属定款に定めるケース、(2)「取締役会規則」や「取締役会付議基準」、「取締役会次第」等と称するタイ子会社の社内規程に定めるケース、の2つが考えられます。

(1)の付属定款は、本シリーズの第2回で解説したように※2、商務省事業開発局に登記する文書として、一定の法的効力が期待できるものの、加筆修正には株主総会の特別決議と登記が必要となりますので、あまり頻繁な改訂には向きません。他方、(2)の社内規程として定める場合は、法的効力という点では弱いものの、改廃手続は社内で完結するため容易です。取締役会の議決事項は、付属定款と社内規程のどちらか一方にしか記載できない、というものではありませんので、双方の整合性には留意しつつ、極めて重要な事項についてのみ付属定款に定め、軽微な事項については社内規程で定める、といった整理をしている事例もあります。

タイ子会社の「出自」の観点からは、合弁において相手側から派遣された取締役がいるケースでは、合弁相手の独断を防ぐためにも、取締役会の議決事項について定めた合弁契約の内容を、付属定款にも落とし込むことが重要です。合弁契約だけでは効力が当事者間に限られる、付属定款に記載されなければ「会社の規則」にならない、という点も本シリーズで示したとおりです。他方、実質独資のタイ子会社で、親会社に対する取締役のロイヤリティに懸念がないケースでは、法的効力を求める必要性が薄いため、ガイドラインとして社内規程に柔軟に定めることが適しています。


2)タイ子会社の従業員に適用されるルール
親会社とタイ子会社の間をつなぎ(グループ会社管理規程)、さらにタイ子会社の取締役会を押さえたとしても(付属定款または取締役会規則)、現場のタイ人従業員が取締役会に情報を上げてこなければ、プロセスは機能しません。グループ会社管理規程や付属定款、取締役会規則を周知することも重要ですが、タイ人従業員にとっては、これらのルールは本来、自身に直接関係するものではありません。タイ子会社のガバナンスを確保するうえで残るピースは、タイ人従業員に対して直接適用される、タイ子会社の決裁権限規程です。ここでの決裁権限規程とは、取締役会や社長以下の、タイ子会社の対内的な決裁権限を定めるルールを意味します※3(図表1参照)。

 

※1 タイ子会社の内部における権限設定として、まず重要なのは取締役の代表権の設定ですが、これについては既に本シリーズで詳しく解説していますので、本稿では、それ以外の権限設定について整理します。代表権の設定については以下を参照ください。
タイ子会社管理の基礎知識 第4回 取締役会の意義、取締役の責任

※2 タイ子会社管理の基礎知識 第2回 ガバナンスからみた付属定款

※3 混同されやすい論点として、取締役のもつ代表権の、従業員への委任に関するルールがあります。代表権の委任は、対外的に会社を代表するためには誰がサインするか、という手続的な問題であるのに対し、本稿で述べる決裁権限規程は、タイ子会社の内部で誰が承認権限をもつか、という実質的な問題であり、両者は相互に関係するものの、厳密には別の論点です(代表権の委任については、注1の資料参照)。

図表1 タイ子会社の権限にまつわる規程類の整理(イメージ)

出所:KPMG

ここでの問題は、親会社がイメージするような決裁権限規程や稟議規程を、きちんと整備し運用できているタイ子会社は、実は少ない、ということです。設立から間もない、あるいは従業員数が少ない場合は、日本人拠点長が把握できる範囲に活動が留まり、決裁権限規程や稟議規程を設ける必要性は乏しいかもしれません。しかし、事業と人員の規模が拡大した後も、ルールが整備されないまま放置されているケースは多く見られます。タイ人従業員に聞くと「決裁権限に関するルールはある」と返答され、また書類を見ても責任者がサインをしているように思え、親会社の監査でも、ルールは存在すると認識したかもしれません。ところが実態は、「なんとなく」そうなっているだけで、明文化されたルールがあるわけでも、組織として承認したルールがあるわけでもない、という可能性は小さくありません。

タイ人従業員にとって、これまでのやり方を変えることには抵抗もあるかもしれません。しかし、ガバナンスの観点からは、親会社と子会社、子会社の取締役会、子会社の従業員、それぞれの権限を定めるルールが、整合的なものとして機能し、タイ子会社の従業員から親会社までをラインで繋ぐものでなければなりません。必要に応じて、意義をタイ人従業員に丁寧に説明し、理解を得ることも重要です。

III.タイ子会社に対する「お仕着せ」のグループ理念

グループの一員としての誇りや帰属意識を醸成するうえで、親会社において理念※4の浸透が重要であるのと等しく、海外子会社においても、グループ理念の浸透は重要な課題のはずです。特にCSRについては、顧客からの要請事項として取組みが求められることも一般的となってきました。しかし、親会社は本気で、タイ子会社に理念を浸透させようとしているでしょうか。以下に紹介するのは、タイの日系企業で実際に発生している特徴的な事例です。


※4 本稿ではCSR方針、行動基準、企業理念、コンプライアンスポリシー等、グループとして統一的に適用したい理念を「グループ理念」と総称します。

事例(1)
親会社の独り相撲
  • グループ全体に適用される企業理念を親会社が制定し、各国語に翻訳
  • タイ子会社でも、タイ語の行動基準を装飾用の額に入れて、会議室のほか各所に目立つよう掲示
  • 見栄えもよく、日本人出張者等からの評判も上々で、親会社の担当者も満足

⇒しかし実態は・・・タイ語の一行目から致命的な誤植あり。現地スタッフは誤植に気付いているが、グループ理念に関心がなく、「日本人が勝手にやっていること」として誤植を指摘する必要性も感じない

事例(2)
形だけの運用
  • 親会社からタイ子会社に対して、グループ理念の運用を指示
  • タイ人担当者からは、「現地語化し、確かに運用している」との回答が得られ、親会社の担当者も安心

⇒しかし実態は・・・グループ理念の重要性をタイ人担当者が理解しておらず、規程体系の最底辺に位置付けられていた。「運用している」との回答は嘘ではないが、重要度が低いものとみなされ、タイ人従業員には顧みられない

事例(3)
実態のない取組み
  • グループ理念浸透の取組みとして、現地従業員向けに研修を行うよう親会社からも指示
  • タイ人担当者からは、「入社オリエンテーションを中心に、各種の研修機会に実施している」と説明され、親会社の担当者も納得

⇒しかし実態は・・・入社オリエンテーションで、雑多な事務手続の一部として資料が配布されるだけ。形式的に従業員から確認サインは得ているものの、誰もきちんと読んだことはない

これら3つの事例に共通するのは、作成、運用、浸透の取組みまでの一連のプロセスにおいて、タイ人従業員の主体的な関与がまったくなかった、という点です。翻訳にしても、外部業者に依頼して、日本語の理念をタイ語に翻訳するだけでは、従業員には伝わらないかもしれません。文法的に「正しい」タイ語と、子会社で実際に使用されている「生きた」タイ語は異なります。また、タイ子会社の業務実態や既存ルールとの整合性、理解のための補足説明追加等、最低限のローカライゼーションは不可欠です。グループ全体に適用される理念として、内容も統一的であることは大前提ですが、ローカライズを決して許さない、ということではないはずです。浸透のための取組みも、冊子を作成して配布するだけでは従業員に浸透しないかもしれません。

グループ理念の浸透に成功しているタイ子会社では、親会社が外部業者を使って翻訳した理念を一方的に「お仕着せ」するようなことはしません。親会社の担当者が、ディスカッション等を通じてタイ人担当者を巻き込みながら、タイ子会社の実態に即して内容を調整し、補足説明や事例紹介を追記する等、理解と浸透のためのローカライズを行っています。こうしたプロセスを通じて、タイ人担当者が理念の意義や重要性を認識し、一般従業員に浸透させるためにはどのように研修・啓発を進めるべきか主体的に考え、その活動に責任を持って取り組む、といった好循環が生まれます。親会社が翻訳まですべてお膳立てして、これを適用するように、とタイ子会社に指示することは簡単ですが、これでは形式的な運用にしかなりません。タイ子会社に理念を浸透させ、グループの一員としての自覚を持たせるためには、理念を親会社が「お仕着せ」するのではなく、海外子会社の現地従業員と一緒に作り上げていく、というスタンスが求められます。

執筆者

KPMG コンサルティング株式会社
マネジャー 吉田 崇
コンサルタント Ingcanuntavaree Ratanachote

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