コーポレートガバナンスに関する国際的な議論の方向性と、その論点を知る~ICGN年次カンファレンスを通じて~

コーポレートガバナンスに関して、グローバルレベルで、今何が議論されているのか、メインセッションの内容を中心にご報告いたします。

コーポレートガバナンスに関して、グローバルレベルで、今何が議論されているのか、メインセッションの内容を中心にご報告いたします。

ハイライト

2017年7月11日から13日にかけて、マレーシアのクアラルンプールにて国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(ICGN)※1の年次カンファレンスが開催されました。本カンファレンスでは、7つの公式メインセッションをはじめ、選択参加型のミニセッションなど、数多くのセッションを通じて、今年のテーマ「Redefining Capitalism for a Sustainable Global Economy」に沿った様々なディスカッションが展開されました。コーポレートガバナンスに関して、グローバルレベルで、今何が議論されているのか、メインセッションの内容を中心にご報告いたします。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。


※1 International Corporate Governance Network:1995年に設立されたグローバルな投資家ネットワークであり、資本市場の効率性の向上と持続的な経済発展を目指し、コーポレートガバナンスおよび投資家のスチュワードシップの実効的な水準の向上に寄与することをミッションとしている。

ポイント

  • 今年のテーマは「Redefining Capitalism for a Sustainable Global Economy」であり、長期的な持続可能性に向けた課題が議論の中心となった。
  • 世界経済の持続的な発展を目指すにあたっては、気候変動などの環境リスクや、富の不平等などの社会問題に起因するリスクへの認識が一層高まっており、グローバルな投資家はESGの要素をより重視する傾向にある。
  • このようなリスク認識のもとで、企業に対しては、ESGを含む、非財務情報開示の充実が、より一層求められていくことが考えられる。
  • 投資家も企業も、ESGを考慮して既存の活動に組み入れていくためには、人材不足や経験の不足など、さまざまな課題を抱えている状況ではあるが、対応は待ったなしである。

I.資本主義の新たな規範と持続可能な社会実現への貢献

セッション1 Redefining Capitalism for a Sustainable Global Economy

1.今日のガバナンス規律、実務対応を議論

今年のカンファレンス全体のテーマと同じ「持続的なグローバル経済にむけたキャピタリズムの再定義」と題したこのセッションには、シンガポール証券取引所のディレクター兼国際統合報告評議会(IIRC)副議長、証券監督者国際機構(IOSCO)のボードメンバー、開催国であるマレーシア企業2社のCEOがパネリストとして登壇しました。
資本市場に対する信頼の低下、新興国のみならず先進国にも見られる政情不安などが具現化している今日において、どのようなガバナンスの規律や実務対応が求められるのかについて議論が行われました。


2.自社のリターン追求から、社会的価値の創出へ

資本市場の参加者は、決してリターンだけを求めてはならず、成長したからには、社会に対してどのような貢献ができるのかを考えなければならないし、これまでの「既存の価値を棄損しないようにする」という消極的な思考から脱却し、より積極的に「正しいことを、正しい方法で推進する」という姿勢が求められるとの意見が交わされました。


3.サステナビリティの重視と、エコシステム全体の統合的思考の推進

アジア通貨危機から20年、リーマンショックから来年で10年という経過を振り返ると、コーポレートガバナンスは進展しているものの、これからは、サステナビリティをより重視すべきであるとの意見がありました。なぜなら、サステナビリティは、国家の長期的な繁栄や人類の生活の質向上に直結する課題であるため、企業も、投資家も、規制当局も、サステナビリティのために正しいことを実行すべきである、との考えが述べられました。また、サステナビリティの観点を重視していくにあたっては、統合的思考を推進していくべきであり、企業だけでなく、投資家などの資本市場のプレイヤーがコンプライ・オア・エクスプレイン方式で対応する規範があってもよいのではないか、との意見も交わされました。

II.国や地域の特性を踏まえた実効性のあるコーポレートガバナンスとは

セッション2 Global Round-Up:Governance Priorities and Challenges in Major Markets

1.国や地域特性を踏まえた課題を議論

本セッションでは、創業者ファミリーによるオーナー経営が多いアジア企業と、多様な株主に保有される欧米および日本やオーストラリアの企業のそれぞれにおけるガバナンスの課題は何かについて議論が行われました。

パネリストとして、米国の大手年金基金のボードメンバー、米国機関投資家のアジア太平洋地域におけるスチュワードシップ責任者、オランダのアセットマネジメント会社のコーポレートガバナンス責任者、中国の機関投資家の代表者が登壇しました。


2.アジアでは、ガバナンス=(イコール)コンプライアンス

まず、アジアに多く見られるオーナー企業においては、コーポレートガバナンスをコンプライアンスの対象と捉えている企業が多く見受けられ、少人数株主の平等性に対する配慮が不足しているとの問題意識が挙げられました。これに対して、コーポレートガバナンスは、コンプライアンスではなく、戦略上のイシューであり、コストではないとの認識に改めるべきだとの見解が述べられていました。また、取締役の責務に関する理解促進を目的とした取締役トレーニングの拡充や、役員報酬が低いゆえに十分な役員人材のプールが確保できないといった課題も挙げられました。


3.欧米、日豪の課題は環境や社会問題のリスク認識に関する対話

欧米や日豪の企業については、企業が重要と考える環境や社会問題に関するリスク認識について、株主とより議論すべきであるとの意見が述べられました。長期的視点に立つ投資家にとって、リスクを低減することが非常に重要であるため、ESGの考慮は必要不可欠との主張に基づく見解です。また、長期視点の投資家としては、環境や社会問題の他にも、情報化社会となった今日では、従業員の扱いに問題が起これば、その情報がただちに拡散され、一晩で顧客からの信頼を失いかねないリスクをはらむため、人的資本(human capital)に関する認識や取組みも考慮すべきであるとの意見も挙がりました。このほか、競争優位性を維持し続けるためのダイバーシティ(性別、年齢、人種、取締役としての在任期間などの多様性)にも注視しているとの意見も出ていました。

いずれの課題についても、形式的な対応に留まることなく、実効性を伴う取組みが進むことに期待が寄せられていました。

III.コーポレートガバナンス・コードの導入による期待と変化、そして課題

セッション3 Regional Round-Up:Unique Characteristics in Asian Markets

1.各国の現状理解のために

このセッションでは、タイ、インド、韓国、そして日本からパネリストが登壇し、各国のコーポレートガバナンスの現状理解の促進を目的としたセッションが行われました。


2.タイ、インド、韓国の現状

まず、タイにおけるコーポレートガバナンス・コードの導入目的は、Building confidence(自信を築く)であり、それを通じて持続的な価値創造を目指しているとの紹介がありました。

インドにおいては、内部通報制度や、1名以上の女性取締役の選任が義務づけられるなど、継続的に多くの改革が進行しているとの報告がありました。

韓国においては、優れたコーポレートガバナンスの原則が導入されましたが、それらを適用する側のマインドセットが、原則の理念に追いついていないように思われるとの現状に対する見解が述べられました。


3.日本の現状

日本については、コーポレートガバナンス・コードの導入等に促され、様々な改革が進んでいるものの、政策保有株式の解消に一段の進展が期待されるとの現状が述べられました。政策保有株式については、コーポレートガバナンス・コードにより、保有理由の開示が求められていますが、保有を解消する意思(方向性)を示すことは求められていないことについて、課題意識が挙がっていました。日本のコーポレートガバナンスについては、会場の参加者からも「投資家から、エンゲージメント等を通じて、政策保有株式の解消を促されることはないのか」、また「日本のコーポレートガバナンスをより良くするために、投資家は次に何をすべきか」といった質問もあがり、投資家の日本企業への関心がいまだ高いことが伺われました。これらの質問に、パネリストからは「粘り強く働きかけ続けることが重要」とのコメントがありました。

IV.企業の強みを活かすための取締役会の構成と人材

セッション4 Contrasting Approaches to Board Composition:Is there an Optimum Model?

1.取締役会の最適構成、取締役の期待される役割を議論

取締役会の最適な構成についての議論を深めるセッションとして、韓国の銀行グループ企業の社外取締役、オーストラリア企業の取締役会議長、マレーシアの少人数株主保護のための政府機関の議長が登壇し、ディスカッションが行われました。

独立取締役を中心とする米国型、業務執行役員と非業務執行役員、さらには非業務執行独立役員で構成するUK型、アジア諸国に多く見られるオーナー企業や国有企業の取締役会など、様々な形態について、それぞれの長所や短所を議論しながら、取締役の特性に応じて期待される役割について議論がなされました。


2.取締役に求める重要な資質

本セッションでは、取締役会の最適な構成もさることながら、個々の取締役に求める重要な資質とは何かについて、多くの意見が交わされました。パネリストから挙がった意見としては、自らの立ち位置(position)にかかわらず会社のための意思決定をする勇気を持てる人、誠実性(integrity)と熱意(enthusiasm)を持つ人、過去に失敗の経験がある人、耳の痛いことでもマナーを保ちながら指摘できる人などの資質的要件が挙げられていました。

V.高まる投資家の責任と高質なエンゲージメントのための要件

セッション5 The Dynamics of Investor Stewardship in the Face of Multiple Corporate Structure

1.グローバルな機関投資家のスチュワードシップを議論

近年は、欧米だけでなく、アジア諸国でも投資家のスチュワードシップに関する啓発活動が浸透しつつあり、企業と投資家のエンゲージメントが促進されています。このセッションでは、在シンガポールのスチュワードシップに関するリサーチ機関、香港を拠点とする機関投資家の責任投資部門、英国財務報告評議会(FRC)のコーポレートガバナンス部門のディレクター、日本の金融庁からパネリストが登壇し、グローバルな機関投資家が、各国独自の企業文化や市場の特性をいかに考慮して活動すべきか、といった議論が行われました。


2.ガバナンス意識の低い企業への働きかけ

まず、香港拠点の機関投資家からは、アジアの企業では、取締役やマネジメントにエンゲージメントを申し込んでも会えないケースが多く、会えたとしても、その殆どが、株価を注視していないなど、ガバナンスに関する意識が低いとの指摘がありました。このような企業には、取締役やマネジメントに対しても、事務局側のスタッフに対しても、ガバナンスについて真剣に考えないことの実質的なリスクや、その逆のメリットについて、地道に訴えかける努力が肝要だと述べられました。また、日本企業については、そもそも資金調達のためではなく、知名度や優秀な人材の維持確保のために上場しているケースがみられ、そういった企業からは、機関投資家は必要とされていないように思われるとの指摘がありました。さらには、会社のことを十分に深く理解していなければ、投資家として信頼してもらえないため、エンゲージメントが必ずしも上手くいくわけでは無いとの印象を持たれているようでした。


3.投資家スチュワードシップの実効的な取組みを促す英国FRC

英国FRCからは、スチュワードシップ・コードへの署名団体に対し実施しているレビューおよび格付けについての説明がありました。規制当局が関与しすぎるのは好ましくない(市場参加者による自主的な取組みが重要)との考えを示しつつも、投資家の責任ある行動を促すため、コードに署名しただけで、実効的な取組みを行っていない、いわゆる「ただ乗り(free rider)」を許さない、という考えのもとで、このようなレビューや格付けを実施しているとの説明がありました。

 

4.投資家の情報ニーズを企業向けて明らかに

投資家からは、企業による情報開示の量が多く、すべてのレポートを読んでいる時間が取れないとの指摘もありました。これについては、投資家側からも、どのような情報が必要で、何が不要と考えるかについて、企業に発信していく必要があるとの意見が聞かれました。

VI.企業価値の向上と社会的課題解決に資する情報開示の展開

セッション6 Enlightened Approaches to Corporate Reporting

1.ESG対応、統合報告書のニーズの高まりを議論

このセッションでは、英国および日本の統合報告書の発行企業、そしてオーストラリアのESGリサーチ機関からパネリストが登壇し、グローバルな投資家からのESG情報開示の要求に、企業はいかに対応すべきか、アジア地域における統合報告書へのニーズの高まりはどの程度なのか、といった議論が行われました。


2.対話における統合報告書の活用

登壇した日本の企業からは、統合報告書の発行は、投資家からのニーズに基づくものではなかったものの、作成した結果、投資家との対話において、有効なツールとして活用できているとの説明がありました。企業が長期的に成長していくためには、企業はより良い企業市民でなければならず、したがってESGを考慮するのは当然であり、いまは長期の成長戦略においてSDGsを考慮し、事業活動とESGを結びつけることにチャレンジしている、という紹介もありました。


3.投資家とのESG、SDGs、気候変動に関する対話の増加

また、英国の企業は、統合報告書発行後に、投資家との対話において、ESGやSDGsに関する質問、特に気候変動に関するものが増えた印象を持っていると答えていました。世界的にサステナビリティ関連の情報開示をルール化する国が増え、IIRCが統合報告のフレームワークとSDGsを並行して考慮できるよう議論を進めている動きも見られる中、ESGを重視する投資家が増えれば、統合報告に代表されるような、より包括的な情報開示へのニーズも高まることが想定されるでしょう。

VII.多様化する非財務的要素への対応とその課題

セッション7 Responsible Investment - Incorporating ESG as the Norm and Not the Exception

1.ESG要素を重視した投資判断を議論

今回の年次カンファレンスの最終セッションとなる本セッションでは、責任投資の考え方をふまえ、メインストリームの投資家がESGの要素をいかに投資戦略や議決権行使といった投資活動の判断に組み入れるかについて、議論がなされました。ここでは、英国、香港、マレーシアの機関投資家、およびオーストラリアの年金基金評議会からパネリストが登壇し、各社の取組みや今後の方向性について紹介されました。


2.ESGインテグレーションで、幅広い情報を用いた投資判断を

本セッションに登壇した組織は、既に国連責任投資原則の考え方等に基づいて、投資判断にESGの要素をインテグレートしているものの、そのレベルをさらに上げていきたいとの見解を示していました。ESGの要素を重視することは、投資対象を狭める足かせではなく、むしろ、時価総額の約80%を非財務的要素が構成していると言われる昨今においては、より幅広い情報を用いた投資判断の方策であると考えているようです。ただ、従来よりも幅広い情報を検討するにあたり、人材が不足しているとの課題も挙げられました。これに対しては、セクターアナリストを拡充するなどの方策を検討し、対応を強化していきたいとの前向きな意見が多く挙げられていました。

VIII.おわりに~投資家の「ホンネ」を探る場としてのICGN

ここでご紹介した7つのメインセッションの他にも、同時並行で行われる複数セッションから、興味のあるものを選択して参加するブレイクアウトセッションや、ICGNの各委員会のオープンディスカッションなど、数多くのセッションが開催され、ICGNのカンファレンスは、コーポレートガバナンスに関するグローバルレベルでの最新の動向や潮流を肌感覚で知ることのできる貴重な機会であるといえます。ICGNの会員の多くは、グローバルに投資を行う投資家であり、セッションのパネリストとしても、それらの投資家の代表者が多く登壇しています。とはいえ、企業の参加も可能であり、近年はパネリストとしても多くの企業が招聘されています。セッション間の休憩時間や、ランチやディナーの時間など、様々なバックグラウンドを持つ登壇者や参加者と、非公式に意見交換のできる場も多く用意されています。企業にとっては、公式なエンゲージメントの場では挙げられないような素朴な疑問や本音の質問などを投げかけてみる機会として活用するのも一案として考えられるのではないでしょうか。

執筆者

KPMG ジャパン
統合報告センター・オブ・エクセレンス(CoE)
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
シニアマネジャー 橋本 純佳

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