M&Aを成功に導くPMIの実務~グループ管理・不正リスク管理の観点から~ | KPMG | JP

M&Aを成功に導くPMIの実務~グループ管理・不正リスク管理の観点から~

M&Aを成功に導くPMIの実務~グループ管理・不正リスク管理の観点から~

近年、日本企業による海外M&Aが活発化し、金額・件数ともに増加しています。その一方で、買収して数年内の海外子会社において重大な不正やコンプライアンス違反(以下「重大不正等」という)が発覚する事例が見られます。

関連するコンテンツ

買収先の重大不正等を事前に発見し、不適切な会社の買収を未然に防ぐためには、デューデリジェンス(以下「DD」という)の徹底が重要ですが、実務上は様々な制約が伴います。
そこで、1.買収前の適切な投資審査・意思決定プロセスの確立に加えて、買収後に重大不正等を早期発見するために、2.買収後の速やかな実態把握、3.PMIの標準プロセスの確立、4.グループ管理方針の早期導入、の4点が重要な鍵となります。しかし、多くの日本企業ではこれらの一連の流れが十分に確立されていない状況にあると思われます。そこで本稿では、これらの確立に向けた方策について解説を行います。

I.活発なM&Aと相次ぐ失敗事例

近年、日本企業によるM&Aが活発化しています。特に2016年度の海外M&Aについては、金額・件数ともに、過去最高であるとの報道があります。
このような日本企業による活発な投資意欲の一方で、買収後に短期間で“のれん”を減損処理する事例が最近多く見られます。新興国の大型買収先において重大不正等が発覚したことに伴い、経営者が退任に追い込まれた事例もあります。

II.重大不正等の発覚事例から得られる教訓

買収先における重大不正等の発覚事例を、「なぜ買収前に発見できずに投資を実行してしまったのか。なぜ買収後に早期発見や改善ができなかったのか」という点について、グループ管理・リスク管理の観点から分析を行うと、単純に「DDの失敗」「意思決定の失敗」「PMIの失敗」といった特定のプロセスの失敗であったと断言することは難しく、買収・統合プロセスにおける複数の要因が重なった結果であると考えられます。そこで本章では、過去の事例を踏まえて、各プロセスにおいて考えられる要因と、得られる教訓について考察していきます。

1.買収前プロセスにおいて考えられる要因と教訓

(1)買収の意思決定プロセス
DDで重大不正等の兆候が検出されていたものの、下記のような「意思決定における先入観」に囚われたため、適切な投資判断が行われず、問題ある企業を買収してしまったと考えられる事例があります。一般的に、M&A案件の推進担当者には、とにかく買収したいというマインドが生じがちです。一方で、管理部門等からは、この勢いに乗った投資マインドを止めるのは難しいという実務的な悩みも多く聞かれます。そのため、重要な教訓の1つ目として、先入観に囚われないための投資の審査・意思決定プロセスの確立が必要といえます(詳細は第III章1参照)。
また、買収後に短期間で“のれん※1”を減損処理することになる場合には、買収価格の決定根拠に関する説明責任が問われることにもなります。弊社実施の「M&Aサーベイ~M&Aによる価値創造およびそのキーファクターに関する調査~」1によると、1.日本企業は特に海外案件において、多額の買収プレミアムを支払う傾向にあること(図表1参照)、2.海外案件において3割以上の買収プレミアムを支払った企業のうち約4割が「シナジー効果以外」を根拠として買収プレミアムを決定したことが明らかとなっています。そのため、重要な教訓の2つ目として、買収プレミアムを支払ったことに関する株主への説明責任を果たせるよう、投資の審査・意思決定プロセスの過程で、価格決定の明確な根拠を確保しておくことが必要です。

※1 筆者の調査によると、本稿の執筆現在、連結財務諸表に“のれん(借方、以下同様)”を計上している日本の上場企業は1,335社で、残高の総額は約29.5兆円です。そのうち100億円以上の“のれん”を計上している上場企業は213社にのぼり、かつ純資産金額に占める“のれん”の割合が3割以上の上場企業は58社あります。

図表1 3割以上の買収プレミアムを支払った日本企業の割合

  買収先
上場企業 非上場企業
国内案件
10% 16%
海外案件 55% 33%

出典:M&Aサーベイ~M&Aによる価値創造およびそのキーファクターに関する調査~より筆者作成

 

過去の事例から考えられる要因1(意思決定における先入観)

  • 中期経営計画の達成のためには、買収が必要不可欠だという先入観
  • 経営トップの推奨案件であるため、反対するのは困難だという先入観
  • 買収先は上場企業であるため、相応の内部監査・内部管理体制が具備されているはずだという先入観
  • 買収案件に多額の工数・コストを投じてきたため、投資検討からの撤退は合理的ではないという先入観

 

(2)DDプロセス
DDの項目は、事業・財務・税務・法務以外にも、人事・IT・ガバナンス、反贈賄・人権、経営者の背景調査など、非常に多岐にわたります。そのため、個々のリスクを捉えるだけでなく、調査に重大な抜け・漏れはないか、という鳥瞰的な視点を持つことが非常に重要となります。しかし、そのようなノウハウを蓄積している日本企業は少数ではないかと考えられます。
DDは、買収先の協力を大前提とした調査手法です。案件によっては、買収先の交渉戦略等の理由により、実施期間、開示資料、質問数の制限などの様々な制約を受け、十分な情報取得が難しい事例もあります。特に、買収先の経営者が不正を隠ぺいするために、DDでの開示情報を巧妙に操作していた場合には、DDにおける不正発見は困難を極めます。したがって、DDだけに依存することには限界があるといえます。そのため、重要な教訓の3つ目として、DDの限界を補い、重大不正等を早期発見するためには、DDの発見事項や未了事項についてPMIの担当者等へ引き継ぎを行い、買収後に買収先の実態を早期に把握することが重要と考えられます(詳細は本章2(1)参照)。

 

過去の事例から考えられる要因2(DDの限界)

  • 買収先の経営者が不正隠ぺいするために、開示情報を巧妙に操作していた
  • 入札案件で実施期間・開示資料・質問数などの制限があり、高リスク領域のDDが十分に実施できなかった
  • 買収先の地理的な関係で、直接訪問できる機会が限定的だった
  • DDの発見事項や未了事項に関する引継ぎが行われなかった

2.買収後プロセスにおいて考えられる要因と教訓

(1)買収後の実態把握プロセス
重大不正等が発生している事実をDDで発見できず、万が一、問題のある会社を買収してしまった場合には、表明保証契約※2の期間内に重大不正等を早期発見し、損害賠償請求すること等で、損失回復を図る努力をしなければなりません。
しかし、支配権獲得後に買収先の実態を把握するプロセス(以下「買収後DD」という)が確立されていないのが現状です。
買収後DDとは、クロージング後の統合プロセスの過程で、内部監査部門やPMIの担当者が、買収前にアクセスできなかった重要情報や高リスク領域に関する元データを収集・分析したり、重要拠点を実査する等の方法により、買収先の実態を早期に把握する取組みです。
買収後DDは、DDの限界を補うために重要なプロセスですが、適切なコストやリソースを割いていない日本企業が多く見られます。買収後DDでは、DDの担当者から実施手続と発見事項の引継ぎを受け、重大な抜け・漏れがないかを検討し、高リスクの領域から優先順位を付けて追加確認を行います。その結果、重大不正等の兆候を発見した場合には、実態調査をさらに拡充する必要があります。そのため、重要な教訓の4つ目として、これらを円滑に行うために、PMIの標準プロセスを確立しておかなければなりません(詳細は第III章2参照)。


過去の事例から考えられる要因3(買収後の実態把握不足)

  • 買収後の実態把握(買収後DD)にリソースが配分されなかった
  • DDの発見事項や抜け・漏れに関するリスクを評価しなかった
  • 重大不正等の兆候を認識したが買収先から抵抗を受け調査しなかった


※2 上場企業のTOB案件等では、売主が個人株主となるため、表明保証契約を締結することができない点には留意を要する。

 

(2)グループ管理方針の導入プロセス
適切なガバナンスを発揮し、円滑なグループ管理を実現するためには、買収後のPMIにおいて、早期にグループ管理方針を導入する必要があります。しかし、実際には、グループ管理方針の導入が早期になされず、買収先への派遣役員に“お任せ”の状態となり、適切なガバナンスが発揮されなかったと考えられる事例が見られます。
多くの日本企業では、グループ本社のルール体系が複雑であり、ルール内容も国内目線である等の理由で、海外企業買収後のPMIには活用できないという悩みを抱えています。また、海外にも通用する「グループ管理方針」が整備されていない企業も少なくありません。したがって、重要な教訓の5つ目として、円滑にPMIを実施するためには、前述した「PMIの標準プロセス」に加えて、海外子会社にも通用する「グループ管理方針」と「シンプルなルール」を、買収の実施前に整備しておくことが必要です。


過去の事例から考えられる要因4(ガバナンス・グループ管理上の問題)

  • PMIに適切なリソースが配分されず、迅速に実施されなかった
  • 買収先に役員を派遣したが、放任状態となっていた
  • 買収先を過度に「尊重」し、ガバナンスの発揮ができなかった
  • グループ本社のルールが複雑等の理由で、海外子会社には導入できなかった

III.M&A・PMIプロセスの確立に向けて

第II章で述べた過去の事例から考えられる要因と得られる教訓を踏まえ、M&A・PMIプロセスの確立に向けたポイントを整理すると、下記の4つに集約されます。本章では、これら4つの重要ポイントに関して、推奨される取組み事例を解説します。


M&A・PMIプロセスの確立のための4つの重要ポイント

  1. 問題ある会社の買収を防止し、価格決定の根拠を確保するための、「適切な投資審査・意思決定プロセス」の確立
  2. 早期の統合と実態把握を実現するための、「PMIの標準プロセス」の確立
  3. DDの限界を補うための、「DD結果の引継ぎ」と「調査未了事項・抜け・漏れの検討」を踏まえた「買収後DD」の実施
  4. 適切なガバナンスの発揮を実現するための、海外にも通用する「グループ管理方針」と「シンプルなルール」の整備

1.M&Aガイドラインの整備(重要ポイント1.に対応)

買収プロセスでの投資審査・意思決定の仕組みを確立するために「M&Aガイドライン」を整備する企業が増えています。「M&Aガイドライン」の目次例を以下に記載します。
「M&Aガイドライン」を策定する際のポイントは、まず、「M&Aの基本方針」を定めることです。「買収してはいけない会社」の基本方針を定めている日本企業もあります。これにより、M&Aに関与する役職員が共通の価値観・認識の下に、案件を進めることが可能となります。
2点目に、「段階的な審査手続と基準(ステージゲートアプローチ)を定めることです。「買収提案時」「DDの開始・完了時」「契約案の提出・契約締結時」「クロージング時」などの買収プロセスの各段階で必要となる審査項目を定め、投資検討の継続・撤退を都度判断する意思決定プロセスを確立します。
3点目に、「DDの標準調査項目」を定めることです。M&Aは案件に応じて投資リスクが異なるため、絶対的な調査項目を整備することは困難ですが、DDの手続・範囲を検討する際に標準的な調査項目を参照することで、重大な抜け・漏れを防ぐための助けとなります。
最後に、「DDでリスクが検出された際の対応・判断原則」を定めることです。発見されたリスクが自社のグループ方針に照らして許容できるのか、対応策を講じることで自社の許容レベルにまでリスク軽減できるのかを検討し、意思決定する仕組みを確立します。

 

M&Aガイドラインの目次例

第1章 はじめに(ガイドラインの目的、用語の定義、適用範囲、位置付け、相談先)
第2章 M&Aの全体像(基本方針、秘密保持、段階的な審査手続と基準アドバイザーの選定、投資リスク等の調査)
第3章 M&Aの標準手続(各ステージの解説、クロージング以降のPMI)
解説編 DDの標準調査項目
投資スキームと調査項目の関係
DD検出事項等への対応・判断原則など

2.PMIガイドラインの整備(重要ポイント2・3に対応)

買収後の早期の実態把握とガバナンス発揮を実現するために「PMIガイドライン」を整備する企業が増えつつあります。「PMIガイドライン」の目次例を以下に記載します。
「PMIガイドライン」を策定する際のポイントは、まず、「PMIの基本方針」を定めることです。買収先へのガバナンス発揮のための体制構築や、問題の早期発見による損失発生の極小化を基本方針として掲げている企業もあります。
2点目に、「PMIの標準プロセス」を定めることです。PMIに関する重要な意思決定事項や、PMIの推進体制に加えて、「Day0以前からDay1」「Day1直後」「Day1からDay100」などの各期間における標準プロセスを確立します。
3点目に、PMIの標準プロセスにおいて、「DDの実施手続・結果の引継ぎ」「調査未了事項や抜け・漏れのリスク評価」を定めることです。前述のとおり、DDの限界を補うためには、買収後DDを実施することに加えて、派遣役員やPMIの担当者がDDの不足点を把握したうえで経営・統合活動を行うことが必須となります。
4点目に、「買収後DDの標準調査項目」を定めることです。これにより、DDの不足点を円滑に検討することができます。
最後に、「PMIでリスクが検出された際の対応・判断原則」定めることです。この点は、上記III.1と基本的な考え方は同じですので、説明を割愛いたします。


PMIガイドラインの目次例

第1章 はじめに(ガイドラインの目的、用語の定義、適用範囲、位置付け、相談先)
第2章 PMIの全体像(基本方針、決定機関、推進体制、実施手続の概要)
第3章 PMIの標準手続(全体方針・マスタープラン・統合計画の策定と決定)
解説編 PMIの標準的な実施手続の詳細
PMIに関する重要な意思決定事項
決定機関・プロジェクト責任者・事務局の役割
投資後のリスク評価・買収後DDチェックリストなど

3.グループ管理方針の整備(重要ポイント4に対応)

前述のとおり、多くの日本企業のグループ管理方針は、海外の買収先にも通用するシンプルな原理原則を示した内容にはなっていません。そのため、グループ管理方針の抜本的な見直しに着手する企業が増えています。
グループ管理方針とは、1.グループで共有する経営理念・方針(経営理念・ビジョン、行動規範、CSR、人財など)、2.グループで遵守すべき業務方針(業務・業績管理に加え、決裁権限、定例・非定例の報告事項、各種規程の整備、内部統制、内部監査、危機管理、情報管理、財務会計・税務・決算など)、3.グループ各社への業務支援方針(人事・法務、知的財産、IT、経理・財務など)が挙げられます。
グループ管理方針の整備において検討すべき具体的な項目についてはKPMG Insight 2015年1月号(VOL.10)の拙稿「海外のグローバルコンプライアンス戦略図表6(グループ管理方針の具体的な検討の項目例に記載されていますのでご参照ください。

4.マネジメント・ブックの整備(重要ポイント4に対応)

PMIの担い手となる派遣役員・幹部職員の支援策として、「マネジメント・ブック」を整備する事例もあります。マネジメント・ブックとは、上記III.3で述べた「グループ管理方針」に加えて、海外にも通用する「シンプルなルール」や、海外でありがちな不正事例を念頭に予防・早期発見のノウハウをまとめた冊子であり、分量は30~40ページ程度に抑えることがポイントです。マネジメント・ブックの具体的な目次例を、下記に示します。
なお、「マネジメント・ブック」の目次例には、既存のグループ管理方針や本社ルールに定められていない内容が多々含まれている場合がありますが、数年かけてでも、既存のグループ管理方針とルールを、海外にも通用する内容に改訂していく必要があります。

マネジメント・ブックの目次例

第1章 マネジメント全般

  1. 定例マネジメント会議
  2. マネジメントへの報告・承認手続
  3. 親会社への定期的報告
  4. 重要業務の手順
  5. 職務分離・内部統制
  6. 必要人員構成

 

第2章 ガバナンス

  1. 取締役会・株主総会
  2. 社内規程の整備
  3. 業務内容・決裁権限の明確化
  4. 契約締結手続
  5. サイン権限・印章管理
  6. 文書管理
  7. 外部関係者との連携

 

第3章 コンプライアンス

  1. コミュニケーション
  2. コンプライアンス会議
  3. ヘルプラインの整備
  4. 公務員関連支出ガイドライン
  5. 同業他社との接触ガイドライン

 

第4章 人事

  1. 雇用契約
  2. 研修
  3. 人事管理
  4. 入社・退社時の手順

 

第5章 情報管理

  1. 情報セキュリティの意識向上
  2. 情報セキュリティの管理
  3. 文書・電子文書の作成・管理
  4. 社外ホームページの管理

 

第6章 事故・トラブル・災害

  1. 事故・トラブル等のリスク管理
  2. 災害のリスク管理

 

第7章 品質管理

  1. 製品苦情
  2. 製品回収
  3. 安全性情報
  4. 当局への届出

 

第8章 会計

  1. 会計関連ルールの整備
  2. 会計業務の設計
  3. 現預金の管理
  4. 固定資産・リース資産の管理
  5. 引当金・未払税金・税効果会計の決算処理

 

第9章 在庫管理・販売管理

  1. 在庫管理・在庫評価
  2. 債権管理・入金管理
  3. 販売管理と仕入・売上計上

 

第10章 材料以外の物品購買・役務の調達と支払管理

  1. 支払債務の管理
  2. 購買・調達
  3. 支払管理

IV.最後に

M&Aの本来的な目的は、時間価値を買うこと、そしてシナジー効果を享受することにあります。本稿では、「M&A・PMIの標準プロセスの確立」「買収後の実態把握」「グループ管理方針の導入」などの「守り」の施策を中心にご紹介をしましたが、シナジー効果の実現のためには買収先のことを十分に把握し、円滑にPMIを実現することが必須ですので、本稿で解説した施策は「攻め」の取組みにも通じる内容です。
また、「グループ管理方針」は、平時からの企業のグループ管理・リスク管理のあり方そのものですので、抜本的な見直しには相応の時間を要します。そのため、買収の実施前の段階から、日頃のグループ管理・リスク管理体制の高度化を図ることが、PMIの成否を分ける重要なポイントになるといえます。

執筆者

株式会社KPMG FAS
マネージング・ディレクター 林 稔
マネジャー 佐野 智康

お問合せ

 

RFP(提案書依頼)

 

送信