第4回 取締役会の意義、取締役の責任 | KPMG | JP

第4回 取締役会の意義、取締役の責任

第4回 取締役会の意義、取締役の責任

タイ子会社の取締役を設定あるいは自身が取締役に就任するに際して知っておくべき取締役会の意義と取締役の責任について解説します。

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タイ子会社の取締役は形式的に任命されたものに過ぎず、そのうち何名かは事業運営にも関与していない、取締役会も稀にしか開催されないか、あるいは、何を行う場なのか明確に位置付けられておらず、取締役によってはタイ子会社の実情をほとんど把握していない、このような例は日系企業にも多く見られます。しかし、日本の親会社がそうであるように、タイ子会社においても取締役と取締役会は本来、ガバナンスにとって極めて重要な役割をもっています。
タイ子会社の取締役として、どのような権限をもち、どのような責任を負うかについて、多くの日本人は十分に認識しないまま、取締役に就任しているのではないでしょうか。「タイ子会社管理の基礎知識」第4回は、タイ子会社の取締役を設定するうえで、あるいは、自身が取締役に就任するに際して、知っておくべき取締役会の意義と、取締役の責任について、リスク管理の観点から解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  1. タイ子会社の取締役は、(1)代表権の有無と種類、(2)会長であるか否か、(3)社長であるか否か、の3つの観点から整理される。
  2. タイ子会社の取締役会議決事項を定める意義は、タイ子会社社長等の独断や間違いを防ぐことに加え、タイ子会社社長等だけに責任を押し付けないこと、および、親会社の承認を得るべき事項について取締役会が承認プロセスを確保することにある。
  3. 取締役の民事責任は株主総会の承認を得ることで大幅に低減されるが、刑事責任は株主総会の承認を得ても免れず、違反行為によっては長期の懲役刑が規定されている。

I.はじめに

タイ子会社を新設する際、駐在員が交代する際、あるいは、タイ企業との合弁交渉を行う際など、さまざまな場面において、タイ子会社の取締役をどのように設定すべきか、という論点が発生します。実務上は、タイ子会社の設立登記を行う初めの段階で、申請代行業者からアドバイスを受けながら、日本の親会社社長や担当役員、タイ子会社の社長就任予定者など4~5人の日本人を取締役として定めておいて、以後は人事異動に合わせて適宜、取締役名を変更していく、というのが一般的な対応です。親会社から派遣される非管理職の若手駐在員が、タイ子会社では取締役に抜擢されるようなケースでは、モチベーション向上にも大きく貢献するようです。
他方で、タイ子会社における「取締役」とは具体的にどのようなものなのか、必ずしも十分に理解されておらず、適切に登記されていないケースや、親会社の認識と異なる登記がされているケースも散見されます。これまで本シリーズで取り上げてきた「コンプライアンス」や「社内規程」などの言葉と同じように、実は日本人の言う「取締役」と、タイ人の言う「カンマカーン(取締役、または委員、役員)」の概念が完全には一致せず、したがってタイ人合弁パートナー・従業員との議論が噛み合わない、という事態も発生しています。タイ子会社の取締役には、取締役としての権限が付与される反面、取締役としての責務があり、さらには、法律上の義務と、違反に対する罰則も設けられていますが、日本人取締役は、そこまで認識し、承諾したうえで取締役に就いているでしょうか。取締役がタイ子会社の駐在員である場合は、通常、事業運営を十分に把握できる立場にありますので、取締役としての何らかの義務違反で罰則を受けることが万が一あったとしても、ある程度は納得せざるを得ない状況かもしれません。しかし、親会社の担当役員等で、タイに駐在せず、日常的にタイ子会社を管理する立場でもなく、タイ子会社の取締役会にもほとんど出席しない、それでも取締役としての義務違反によりタイで懲役刑が科せられる可能性がある、と聞いたらどう思うでしょうか。
何か問題が発生した場合に、法人としてだけでなく、取締役としての責任を負う、あるいは処罰を受けることは、日本でも発生します。タイ子会社として罰金等が科せられるだけでなく、日本人取締役の責任が追及される可能性があるのはタイでも同じです。タイに駐在していないから、外国人だから、との主張によって責任が免れるとは限りません。タイ子会社のリスク管理として考えた際に、取締役に任命された日本人は自らの身を守るため、親会社は取締役に任命した個人に責任を負わせないため、という観点からも、タイ子会社のガバナンス構築やコンプライアンス浸透に、真摯に取り組まなければなりません。

II.タイ法制度における取締役の位置付け※1

1.取締役の要件

タイ子会社の取締役の人数について、上場を前提とした公開株式会社は5名以上とされているのに対し※2、非公開株式会社は1名以上で、人数は株主総会で定めるとしています※3。後述する代表権行使の問題もあり、取締役を1名しか置かない例はほとんどありませんが、ローカルの中小企業では取締役が2名で、それがオーナー夫妻であるような例も多く見られます。日系企業は、規模を問わず4~6名程度の取締役を置くことが一般的で、反対に10名を超えるような多数の取締役を置く例は、ごく一部の大企業を除けば、日系・ローカルとも珍しいと言えます。タイ人従業員への指示不徹底等によって、日本人が認識している取締役の人数・氏名と、登記されている人数・氏名が一致しない、というのはタイで実際に発生し得る問題ですので、本シリーズの第2回※4で示したとおり、付属定款にあらかじめ人数や指名方法を定めておくことも重要なポイントです。
公開株式会社の場合は、取締役の半数以上がタイ国内に居住していなければならないのに対して※5、非公開株式会社の取締役には、居住地の要件はありません。また、いずれの場合も国籍要件はありませんので、多くの日系企業では、タイに常駐しない日本人が取締役の一部あるいは多数を占める状況が生まれます。これが、前述の「日常的にタイ子会社を管理する立場でもなく、ほとんどタイ子会社の取締役会にも出席しない、そのような取締役に対しても義務違反によりタイで懲役刑が科せられる可能性」の前提となっています。
なお、特定の事業を行うケースでは、会社法とは別に、事業別に適用される、いわゆる「業法」でも取締役の要件が定められていることがあります。たとえば、陸運業法では取締役の半数以上がタイ国籍であることを求めており、陸運業法上の事業許可を得て陸運業を営む物流業界では、日系企業であっても取締役の半数以上をタイ人としています。一般的な製造業であれば問題になりませんが、何らかの業法上の許認可が必要なサービス業を営む場合には、会社法上の要件を満たすだけでは足りず、業法上の要件もあらかじめ把握し、遵守しなければなりません(図表1参照)。

※1 在タイ日系企業の圧倒的大多数が非公開株式会社であることを前提に、本稿では会社法として、非公開株式会社に適用される民商法典を主に取り上げます。
公開株式会社に適用される公開株式会社法については、必要に応じて言及します。
(本稿で用いる各タイ法の和訳は、タイ語原文をKPMGが和訳したもの)
民商法典 タイ語原文 タイ商務省事業開発局
民商法典 英訳 タイ商務省事業開発局
民商法典 和訳(2008年の大型改正前) 独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)
公開株式会社法 タイ語原文 タイ商務省事業開発局
公開株式会社法 英訳 タイ商務省事業開発局
※2 公開株式会社法 第67条「会社は、5名以上の取締役で構成される、会社の事業遂行のための取締役会を置き、全取締役の半数以上は国内に居住する」
※3 民商法典 第1144条「全ての会社は、付属定款に従い管理を行い、株主総会の監督の下にある、1名または複数名の取締役を置く」
同 第1150条「取締役の人数と報酬は、株主総会で定める」
※4 タイ子会社管理の基礎知識 第2回 ガバナンスからみた付属定款
※5 脚注2に同じ

図表1 取締役の主な要件

適用対象 適用される法律 法律が定める取締役の要件
人数 居住地 国籍
非公開株式会社 会社法
(民商法典)
1名以上 要件なし 要件なし
公開株式会社 会社法
(公開株式会社法)
5名以上 半数以上がタイ居住 要件なし
業法上の許認可が必要な事業を営む会社 会社法に加えて各業法(例:陸運業法) 適用される各業法を要確認

2.タイ子会社の取締役の種類

タイ子会社の取締役について、日本でのイメージに合わせ「社外取締役」と「社内取締役」、または、「常勤取締役」と「非常勤取締役」のように整理している日系企業もありますが、これは各社の内部での整理に過ぎず、タイの法制度に沿ったものではありません。民商法典と各社の付属定款に基づき、タイ子会社の取締役は、(1)代表権の有無と種類、(2)会長であるか否か、(3)社長であるか否か、の3つの観点から分類することができます。

 

(1)代表権の有無と種類
タイ子会社における取締役は、「代表権をもつ」取締役と、「代表権をもたない」取締役に分類されます。代表権をもつ取締役が文書にサインし、登記した社印を押すことで※6、その契約や申請等の行為が(サインした個人としてではなく)法人としての行為であることを示します。このため、代表権をサイン権、代表権をもつ取締役をサイン権者やサイナー※7と呼ぶことがあります。
「代表権をもつ取締役」の代表権は、さらに、「制限のない」代表権(その取締役が単独で、かつ内容や金額に制限なくサインできる)と、「制限のある」代表権(複数名による合同サインが求められる、または、代表権を行使できる内容や金額に制限がある)に分類されます。つまり、タイ子会社の取締役は、権限が強い順に「1.代表権に制限のない取締役」、「2.代表権に制限のある取締役」、「3.代表権をもたない取締役」の3種類となります(図表2参照)。日系企業を含むすべてのタイの株式会社は、この分類に基づいて取締役と代表権を設定し、タイ商務省事業開発局に登記しています。

※6 稀に社印を登記せず、代表権をもつ取締役のサインのみとする例もあります。
※7 ただし、サイン権者・サイナーと言った場合に、「代表権をもつ取締役」ではなく、「銀行取引においてサインできる権限者」を指すこともあります。後者は、銀行に登録したサイン権者であり、「代表権をもつ取締役」から委任を受けた担当者(従業員)等を含みます。

図表2 代表権の有無と種類から見た取締役の分類

これら3種類の取締役は、それぞれ何名以上を置かなければならないというルールはありません。何らかの形で代表権行使が必要ですので、「3.代表権をもたない取締役」のみ、という訳にはいきませんが、統制を重視して「1.代表権に制限のない取締役」を置かず、「2.代表権に制限のある取締役」だけで構成されるケースもありますし、反対に、「1.代表権に制限のない取締役」だけを置いて、「2.代表権に制限のある取締役」と「3.代表権をもたない取締役」が存在しないシンプルな設定も多く見られます。
取締役の代表権は、法人としての行為であることを示すための極めて重要な権限です。代表権をもつ取締役が、親会社の意向に反して独断により暴走してしまう、不正の意図をもった従業員等に騙されてサインしてしまう、あるいは、内容を確認しないまま重要書類にサインしてしまう、等のリスクを防ぐための主要な対策の1つが、本シリーズですでに示した取締役会議決事項の付属定款への記載ですが※8、もう1つの対策が、適切な代表権の設定です。買収したタイ子会社や合弁企業の場合、日本側がコントロールできないタイ人取締役に制限のない代表権が与えられていることもありますし、独資の場合でも、代表権に制限のない取締役の数が不必要に多ければ、それだけ不適切なサインをしてしまうリスクが高まります。ただし、過度に制限を設けると、サイン取得と代表権行使が著しく困難となり、契約や各種申請等の実務が滞る懸念があります。また、実務が滞るからということで「現場の判断」により担当者(従業員)等への代表権委任が乱発されることがありますが、誰に何を委任したのか把握できなくなると、リスク管理の観点からは本末転倒です。適切な代表権設定は、資本構成、取締役の人数と構成、日本人取締役の駐在有無、タイ人取締役との関係性、等々の各社の事情によって異なるものですので、一概に「あるべき姿」が決まるものではありませんが、基本的な考え方を踏まえつつ、リスク管理の観点と実務上の利便性の観点の双方を踏まえて総合的に判断することが必要です(図表3参照)。

※8 脚注4(タイ子会社管理の基礎知識 第2回 ガバナンスからみた付属定款)に同じ

図表3 代表権設定の基本的な考え方

パターン 代表権の設定 ポイント
基本 1.取締役A~Eのうち、いずれか1名のサイン+社印
  • 一般的によく見られるパターン
  • 取締役の間に区別をおかない
2.取締役A~Eのうち、AまたはBのサイン+社印
  • 代表権をもつ取締役と、代表権をもたない取締役(取締役会には参加できる)を区別
独断抑止   3.取締役A~Eのうち、2名による合同サイン+社印
(取締役A~Eのうち、AとBによる合同サイン+社印)
  • 単独取締役による独断を抑止
  • ただし実務的に煩雑となることも
4.取締役A~Eのうち、2名による合同サイン+社印
ただし__バーツ以下の金額については、Aのサイン+社印
  • 単独取締役による独断を抑止
  • かつ例外を設けることで実務的な効率性も重視
合弁 5.取締役A~Cのうち1名と、取締役D~Fのうち1名の、合わせて2名による合同サイン+社印
  • 合弁でよく見られるパターン
  • 双方を代表する取締役のサインを必須とする

(2)会長と、それ以外の取締役
民商法典の第1163条を直訳すると、「取締役は、取締役のうち1名を会議の議長に任命し、任期を定める。(後略)」と規定しています。本来は、「取締役会は、・・・定める」であるべきところ、主語が「取締役」となっているように、実は民商法典は、「取締役」と「取締役会」、および「取締役会の会議」の概念が曖昧なところがあります。このため、各社の付属定款は通常、「取締役会が任命する継続的な地位としての会長」と、「取締役会(または株主総会)の会議の各回における議長」として概念を整理し、原則として会長が議長を務めることとしています※9。会長が会議に出席すると議長になりますが、会長が欠席して別の人物が議長を務めることもありますので、議長は常に会長であるとは限らない、という関係になります。
付属定款で副会長を定める例はあるものの、取締役会長は原則として1名です。会長の基本的な役割は、取締役会・株主総会における議長を務め、議決が同数となった際の決定票を投じることと、議事録に議長としてサインをすることを除けば、その他の取締役の権限と比して特別の違いはありません。前述の「代表権の有無」との関係においては、会長が「代表権に制限のない取締役」である法的な必要性はありませんし、他の取締役と比較して強い代表権をもっている必要性も法的にはありません。ただし、一般的には、取締役として序列の最も高い人物が会長を務めることが多いため、会長の代表権が他の取締役に劣後する例はあまり見られません。また、日系企業のなかには、単なる議長としての役割だけでなく、それ以上の権限をもつ役職として「会長」の呼称を使用している例があります。この場合に、会長には他の取締役より強い代表権をもたせていることがありますが、会長だから代表権が強いわけではなく、その会社が代表権をそのように設定しているから、というのが正しい理解となります。
後述する「社長」との関係では、日常の業務執行に関与する立場の社長と異なり、会長の役割は原則として会議に限定されますので、社長はタイ駐在者、会長は日本在住者であっても、実務上の問題は特に発生しませんし、もちろん、同一人物が務める必要もありません。ローカル企業を買収するケースでも、社長は実務に精通している必要があるので当面タイ人社長を留任させて、他方で会長は買収直後に親会社から日本人を任命する、という事例が多く見られます。
なお、日系企業のなかには、タイ子会社の功労者等に対する名誉職として「会長」という呼称を使用する例もあります。この場合の会長は、代表権をもたない、あるいは、そもそも取締役ですらない、ということもあり、そのような設定は法律上の問題は特にないものの、タイ人にとっては混乱を招く要因となりますので、関係者が位置付けを整理し、理解しておく必要があります。


(3)社長と、それ以外の取締役
民商法典の第1144条は、「すべての会社は、付属定款に従い管理を行い、株主総会の監督の下にある、1名または複数名の取締役を置く」としています。株主総会の委任を受けて、付属定款の規定に従いながら、日常の業務執行を行うことが取締役の役割です。ところで、「付属定款に従い管理を行」うことが求められているのは、取締役のうち誰でしょうか。
前述のとおり、取締役が「常勤」か「非常勤」かの区別は民商法典にはありません。また、「取締役」と「取締役会」の概念が曖昧という指摘も先に述べたところですが、民商法典がイメージするのは、ごく少数の取締役が会社にほぼ常駐しながら随時会議を開催し決定する、という状況のようです。このため、取締役会と各取締役を明確に区分する必要性がなかったと考えられますが、タイ企業の大多数がファミリー企業で、取締役の大部分もファミリー関係者という伝統的な前提においては、常駐しない取締役の存在は想定されなかったのかもしれません。しかし、現在は、特に日系企業では、タイに常駐しない取締役が一部、あるいは、大多数を占めることは一般的です。ローカル企業でも、複数の会社を兼務するタイ人取締役は多く、彼らがすべてに常駐して日常的に業務執行することは必ずしも求められていませんし、現実的でもありません。つまり、民商法典上は取締役の全員が共同して管理を行うべきところを、実状に照らして、取締役のうち1名に取締役会の権限を委任したというのが、タイにおける社長(マネージング・ディレクター)の成り立ちです。委任された社長が日常的な業務執行を行うことで、本来求められていた取締役会としての機能を果たすことになるわけです。ただし、社長に権限を委任したからと言って、他の取締役が責任を免れるわけではない点は留意が必要です(後述)。タイにおける「社長」は、「会長」や「代表権有無」と異なり、民商法典に定められているものではなく、役割や権限は会社によってさまざまです。社長の役割や権限は、取締役会から委任を受けた範囲によって異なり、それを付属定款に明記するかどうかも各社によって異なります。一般的には、社長について付属定款に特段の言及がなく、あくまで社内的に定めた役職であるケースの方が多いと言えます。
前述の「代表権」との関係では、会長と同様、社長だからといって「代表権に制限のない取締役」である法的な必要性はありませんし、他の取締役と比して強い代表権をもっている必要性も法的にはありません。あくまで、各社の実務上の必要性に基づき、取締役会から委任を受けた範囲で代表権を行使するという考え方です。ただし、一般的には、社長が相応の権限をもたないと求心力を発揮し辛いという考え方もありますので、社長の代表権が他の取締役に劣後する例はあまり見られません。
「会長」との関係では、独資の日系企業では、同じ取締役が社長と会長を兼務する例は多く見られます。厳密には、議長を務める役職として民商法典に規定され、付属定款にも規定されるのが一般的な会長と、民商法典に規定されたものではなく、付属定款にも特段の言及がないことが一般的な社長は、別の概念です。しかし、会長と社長の概念が明確に区別されず、社長が現地トップとして取締役会・株主総会の議長を務める、といった認識である場合も多いようですが、議長を務めるのは、あくまで会長としてであって、社長としてではない点に留意が必要です。上述のように、会長を名誉職としているようなケースでは、社内の整理とタイ法制度上の位置付けが一致せず、混乱を来たしていることもあります。社内的な呼称をどのようにするかは各社の自由ですので、もちろん違法性はありませんが、タイにおける通常の理解とは異なっていることは認識しておくべきです。独資の場合には大きな問題にはなりませんが、買収や合弁の場合は、権限分散と牽制の観点から会長と社長を意図的に分ける例も多く存在します。この場合は、牽制を実効的なものとするための、適切な取締役会・株主総会の運営確保が重要な課題となります。
ここまで説明したように、タイ子会社の取締役は、(1)代表権の有無と種類、(2)会長であるか否か、(3)社長であるか否か、の3つの観点から整理することができますが、それぞれ法的に別の概念であり、基本的に相関関係はありません(図表4参照)。また、取締役会における議決権についても、取締役によっての差異は原則としてありません※10。しかし、3つの観点が整理されず、誤解や不認識の結果、本社側の意向と異なる設定になっている、あるいは、適切な取締役の設定になっていない日系企業は多く見られます。タイ子会社のガバナンスを検討するうえで、取締役の権限を正しく理解し、設定することは最も重要な作業の1つです。

※9 脚注4(タイ子会社管理の基礎知識 第2回 ガバナンスからみた付属定款)に同じ
※10 賛否同数の際に議長のもつ決定票(民商法典第1161条、第1193条)を例外としますが、決定票を投じる権限を付属定款で除外する例も見られます。

図表4 タイ子会社取締役の概念関係図

3.取締役会の意義

代表権をもつ取締役が、親会社の意向に反して独断により暴走してしまう、不正の意図をもった従業員等に騙されてサインしてしまう、あるいは、内容を確認しないまま重要書類にサインしてしまう、等のリスクは、文書の多くがタイ語のみで作成されるタイでは、特に大きいものです。これに対する主要な対策が、1.付属定款への取締役会議決事項の記載、および、2.代表権の適切な設定、の2つであることは、これまで示したとおりですが、ここでは1.付属定款への取締役会議決事項の記載について、改めて、その意義を整理します。
本シリーズの第2回で解説したように、民商法典と付属定款(雛形)のいずれも、取締役会の議決事項に関する定めはありません。取締役会の議決事項として付属定款に定めがないということは、その事項は社長(または代表権をもつ取締役)に委任されていることと同じ意味をもちます。何も定めがなければ、全権が委任されているということで、取締役会の存在意義もほとんどありません。この状態では、取締役会での決議を経ずとも、代表権をもつ取締役がサインして社印が押されさえすれば、たとえ独断や不正、確認不足に基づくものであったとしても、会社の意思として法的に効力をもつことになります。サインする際のチェック機能が有効に機能しているのであれば、大きな問題にはなりませんが、日々大量のタイ語書類にサインを求められることもあるタイ子会社の社長(または代表権をもつ取締役)にとって、不正や間違いがないことを個人の熱意と努力だけに任せられるのは、あまり現実的とは言えません。取締役会の議決事項として付属定款に規定するということは、少なくとも規定した事項については、タイ子会社の社長(または代表権をもつ取締役)だけに負担と責任を押し付けない、ということでもあります。
もう1つのポイントは、本社が定めるグループ会社管理規程(会社によっては決裁権限規程、等)との関係です。多くの日本企業は、海外を含む子会社に対して、子会社の内部で決裁できる事項と、親会社や地域統括会社の承認等を求めるべき事項を定め、金額や内容に基準を設けています。こうした基準の遵守を確保するためには、やはり付属定款に、取締役会の議決事項として定めておく必要があります。もちろん、「親会社の承認を得る」ことと、タイ子会社の取締役会で議決することは、まったく別の行為です。しかし、「親会社の承認を得る」ことを、単なる社内ルールではなく、法的に有効なルールとするためには、少し工夫が必要です。親会社は、タイの会社法においても、株主以上の存在ではありません。株主として承認権限を行使できるのは、本来は株主総会の機会に限られます。つまり、「親会社の承認を得る」事項を、法律上の定義どおりに「株主総会の議決事項」としてタイ子会社の付属定款に規定することは、可能であるものの、そのように規定すると、親会社の承認が必要な度にタイ子会社は臨時株主総会を開催しなければならない、という極めて煩雑なことになります。しかし、重要なのは、タイ子会社が基準を遵守し、親会社が社内手続に従って承認することであって、親会社の承認自体がタイ会社法上の手続に従う必要はないはずです。タイ子会社にとって通常、取締役会の開催は、株主総会の開催よりも手続的に格段に簡便です。「親会社の承認を得る」事項を取締役会の議決事項として定めておく、ということは、タイ子会社の取締役会が承認することを通じて、親会社の承認プロセスを取締役会が確保することを意味します(図表5参照)。

図表5 タイ子会社取締役会の議決事項として付属定款に定める主な意義

1.リスク管理 代表権をもつ取締役の独断・不正・間違いを防ぐ
2.個人の負担・責任の軽減 代表権をもつ取締役だけに負担・責任を押し付けない
3.グループ会社
管理規程の遵守
親会社等の承認を得るべき事項について、承認プロセスを確保する

III.タイ子会社取締役の責任と罰則

タイ子会社の取締役には、取締役としての権限(代表権や、取締役会に出席する権利)が付与され、株主総会の決議によっては取締役報酬が支払われる反面、取締役としての責任を負わなければなりません。タイ子会社の取締役の責任は、民事上の責任と、刑事上の責任に大別されます。

1.タイ子会社取締役の民事上の責任

取締役の責任について、民商法典は以下のように規定しています。

 

第1168条 会社の事業遂行において、取締役は、商業事業者の注意をもって勤勉に行わなければならない。特に、以下の事項について取締役は連帯で責任を負う。

  1. 株式の代金が実際に支払われること
  2. 法律が定める帳簿と書類の適切な作成と保管
  3. 法律の定めに従う適正な配当と金利の分配
  4. 株主総会の決議に従う適正な執行

加えて、取締役である者は、株主総会の承認を得ることなしに、自身の利益のためであるか他者の利益のためであるかを問わず、その会社の事業と同一または競合する形態の事業を行うことや、会社の事業と同一または競合する形態の事業を行う無限責任パートナーとなることはできない。

上記の規定は、取締役の代理人に対しても適用する。


第1169条 取締役が会社に対して損害を与えたときは、会社は取締役に対して補償を求めて訴えることができる。会社が訴えを起こさないときは、株主はいずれの一名も訴えを起こすことができる。

加えて、この請求は、会社に対する請求権をもつ限りにおいて、会社の債権者も起こすことができる。


第1170条 株主総会の承認を得て取締役が行なった行為について、取締役は、承認した株主または会社に対する責任を負わない。

承認していない株主についても、その承認を行った株主総会から6ヵ月を経過した場合は、訴えることができない。


民商法典の第1168条が定める「商業事業者の注意をもって勤勉に」会社の事業遂行を行う義務は、日本でいう善管注意義務に相当するものと考えられています。また、同条で規定される競業避止義務も、日本人にとっても違和感のないものです。こうした取締役の責任は、原則として、各取締役がそれぞれ負うものであって、他の取締役に及ぶものではありません。
一方、取締役が連帯責任を負うとされる4つの義務については少し注意が必要です。「1.株式代金の支払い」と、「3.配当・金利の分配」については、実務上も問題になる可能性は高くありませんが、「2.帳簿と書類の作成・保管」は、たとえタイ語が読めなくとも、取締役は責任を負うということです。「4.株主総会決議の執行」についても、株主総会が正しく運営され、決議の内容を正しく認識していることが大前提ですが、タイ語で作成された議事録を日本人取締役が正しく認識していない、日本語・英語の翻訳が誤っている、というのも実際によくある問題です。これらの責任は、社長や日常業務執行に携わる取締役に限らず、たとえタイに駐在していない取締役であっても、連帯して責任を負うこととされていますので、取締役が訴えられるリスクを取り除くという観点からも、文書管理規程等のルール整備や株主総会運営等のガバナンス構築が重要となります。
もっとも、タイ子会社が独資であれば、訴えを起こす株主が事実上は存在しませんので、リスクは大きくないとも考えられます。ただし合弁等により他の株主が存在する場合や、債権者が関係する事案については、訴えられるリスクを無視することはできません(同第1169条)。
取締役にとって、訴えられるリスクを極小化するための有効な手段が、株主総会の承認を得ることです(同第1170条)。取締役会の議決事項として付属定款に規定し、取締役会で承認するということは、タイ子会社の社長(または代表権をもつ取締役)だけに負担・責任を押し付けない、という意義もある旨は先に解説したとおりです。さらに、株主総会の承認も得られれば、取締役全体としてのリスクも低減されます。株主総会を、実務上は不要だが法律上は必要なため行っているもの、形式的に最低限で行うもの、と捉えているケースは多く、どちらかと言えば、タイ子会社の株主総会の適切な運営を、親会社の側が求める場面は日系企業に多く見られますが、本来は、タイ子会社の側こそが、取締役の身を守るためにも株主総会運営の適正化に取り組むべきものです。

2.タイ子会社取締役の刑事上の責任

株主総会で承認を得られれば取締役にとってのリスクは低減される、と前述したものの、残念ながら、すべてのリスクが除外されるわけではありません。民商法典の第1170条が言っているのは、「承認した株主または会社に対する責任を負わない」、
つまり、民事上の責任を負わない、ということであって、株主総会の承認を得ても刑事上の責任は免れません。
民商法典の本文には罰則規定が置かれていませんが、「仏歴2499年(西暦1956年)登記パートナーシップ、有限パートナーシップ、非公開株式会社、協会、財団に関する違反を定める法律(以下「法人違反法」という)」※11という別の法律に罰則規定が設けられています。同法は、タイ人専門家も「名前が長くて覚え辛く、多くのタイ人は存在を知らないか、どうせ大した罰則はないだろうと侮られている」と述べる、タイ社会でも知名度の低い法律ですが、実際には取締役に対して最大で懲役7年もの重い罰則を定めています。たとえば、同法第42条は、会社や株主に損害を与える目的で、帳簿や書類等を毀損、改変した場合や、虚偽事項を記載した、あるいは重要事項を記載しなかった場合に、取締役を含む責任者に、7年以下の懲役もしくは14万バーツ※12以下の罰金、または双方を科すとしています。タイの罰則規定は、日本人の感覚からすると、罰金としてはそれほど高額ではない一方で、重い懲役刑が規定されている点が特徴です。
会社法以外にも、取締役等の懲役刑を定める法律は数多く存在します。たとえば、外資規制について定める外国人事業法は、日系企業にとっても馴染みの深い法律ですが、規制対象事業を無許可で行った場合に、3年以下の懲役もしくは10万バーツ以上100万バーツ以下の罰金、または双方を科すとしています。
問題は、タイに常駐しない取締役や、違法行為にまったく関与または関知していない取締役を含む、すべての取締役が刑事罰の対象となるのか否かですが、この点についてタイでは、法律の規定ぶりによって刑事責任を負う取締役の範囲は異なると解釈されています。つまり、法律の各規定の表現の仕方によって1.法人として刑事罰の対象となるが、取締役は対象とならないもの、2.法人としてだけでなく、取締役も刑事罰の対象となるが、関与していないことを立証できる取締役は刑事責任を負わないもの、3.関与しているか否かを問わず、取締役は刑事責任を負うもの、に解釈されます。つまり、社長でもなく、代表権ももたない、タイに常駐していない取締役であっても、ただ取締役であるという事実だけで、刑事罰の対象となる場合もある、ということです。また、2.の場合であっても、タイ子会社の事業運営を十分に把握していない取締役にとって、自身が関与していないことを立証することは、それほど容易ではないかもしれません。そもそも、罰則規定が2.と3.のどちらに該当するのか、日本語や英語の翻訳を読んでも判別はできません。
タイ社会においては、一般的に、取締役に就任するということは、名誉であるというだけでなく、相応のリスクが伴うものと認識されています。日本人がタイ子会社の取締役に就任した際も、自身の身を守るという観点から、タイ子会社でどのようなことが行われているのか正しく把握することが重要です。そのためには、株主総会や取締役会、文書管理や規程管理といったガバナンスを適切に構築し、必要な情報を把握し、定めた手続をタイ人従業員に遵守させる、という取組みが不可欠です。

※11 法人違反法 タイ語原文 タイ商務省事業開発局
法人違反法 英訳 タイ商務省事業開発局
※12 2017年3月31日時点のレートで、1バーツは約3.25円

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
マネジャー 吉田 崇
コンサルタント Ingcanuntavaree Ratanachote

タイ子会社管理の基礎知識

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