第23回 国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)エグゼクティブ・ディレクター Kerrie Waring氏インタビュー

ICGNのエグゼクティブ・ディレクター、Kerrie Waring氏へのインタビューを報告いたします。

ICGNのエグゼクティブ・ディレクター、Kerrie Waring氏へのインタビューを報告いたします。

KPMG Insight Vol.22(2017年1月号)では、2016年12月にロンドンで開催された国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(International Corporate Governance Network,以下「ICGN」という)と国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council,以下「IIRC」という)の共同カンファレンスの参加報告を寄稿しました。本稿では、今年1月から2月にかけて来日したICGNのエグゼクティブ・ディレクター、Kerrie Waring氏へのインタビューを行い、ICGN-IIRC共同カンファレンス開催の経緯や、ICGNにおける統合報告の見解についてお話を伺いました。

ポイント

  • コーポレートレポーティングが、コーポレートガバナンスの重要な柱である透明性の確保に大きな役割を果たすこと、そして、今般の非財務的な要素に関する対話の必要性の高まり等を受け、ICGNは2016年12月にIIRCと共同でカンファレンスを開催した。
  • ICGNは、統合報告の実務の重要性の認識のうえに、統合報告を公式にサポートしており、企業が幅広いステークホルダーと対話を行い、企業が社会的な価値を考慮した運営を行うためには、統合報告の実務の慣行が良策であるとの見解を示している。
  • 日本における統合報告の質の向上、またコーポレートガバナンスに関する開示の充実には、投資家からの要請と、コンプライ・オア・エクスプレインの意味合いの理解促進が必要である。
  • 企業と投資家を中心とした市場関係者が、コーポレートガバナンスと投資家のスチュワードシップの実効性向上に向けて果たすべき役割を担い、企業の長期的な価値創造と、健全な資本市場の持続可能性を実現していくことが重要である。
Kerrie Waring氏インタビュー

右:Kerrie Waring氏
ICGN エグゼクティブ・ディレクター

左:芝坂 佳子
統合報告アドバイザリーグループパートナー

I.投資家と企業の対話の場として成功裡に終わったICGNとIIRCの共同開催カンファレンス

芝坂(KPMG)
本日は、貴重なお話を伺う機会を頂きまして、ありがとうございます。まずは、ICGNについてご存知でない方のために、ICGNの組織についてご説明いただけますでしょうか。

Waring氏(ICGN)
ICGNは20年以上の歴史を有し、1995年に、資本市場のグローバル化に対応するために設立されました。当時、投資家は、自分たちが活動している地域や法域を超えて、コーポレートガバナンスの実務についてより理解を深めたいというニーズを持っていました。そこで、コーポレートガバナンス、そして投資家のスチュワードシップの実効的な水準の向上を世界中に促すことができるネットワークを立ち上げたいとの考えで、ICGNが設立されました。現在、ICGNの活動を支える投資家の運用資産額の合計は26兆米ドルを超えています。世界47ヵ国の投資家が加盟しており、メンバーには事業会社(企業)の方も含まれています。企業と投資家は、企業を長期的な成功に導き、そこから創出される富を、株主のみならず、社会全体に還元する責任を相互に有していると我々は強く信じて活動しています。

芝坂(KPMG)
昨年12月に、ICGNはIIRCとの共同カンファレンスを開催されました。そのメインテーマは、“長期的価値創造のための対話市場参加者同士の相互認識を繋ぐ(Dialoguefor longer-term value creation Bridging the gap betweenparticipants in the capital markets)”でした。なぜ、このタイミングでIIRCと、このテーマでカンファレンスを共催することにしたのでしょうか。

Waring氏(ICGN)
多くの先人たちの知見を集結し、1998年にOECDが初めて公表したコーポレートガバナンスの原則には、4つの柱がありました。まずは透明性です。これは財務諸表に限ったことではありません。有効な投資意思決定には、より包括的な情報が不可欠です。気候変動リスク、水不足、地政学リスクなどが、その例です。ポートフォリオの脱炭素化を宣言している投資家であれば、二酸化炭素排出量の情報が不可欠です。次に説明責任です。市場は健全な説明責任に関する原則を具備しているべきですが、これは地域や法域によって異なるでしょう。3つ目が株主の平等性で、最後が、おそらくもっとも重要な原則である企業と投資家の双方の責務です。このうち、透明性の観点で、重要な役割を果たすのがコーポレートレポーティングです。レポーティングにおける主要な役割として、組織を方向付ける取締役会と、取締役会を監視する投資家がそれぞれ存在しています。また、透明性を保つメカニズムとして、情報に信頼性を付与する監査人のもつ役割は、コーポレートガバナンスにおける本質的な要素といえます。
今日においても、コーポレートレポーティングがコーポレートガバナンスの主要な柱であることに変わりはありません。
昨今では、特に、それを確保すべき内容が、財務情報の領域からさらに広がり、無形資産、気候変動、人口変動、技術革新などにまで及んできている実情があります。このような課題について、市場関係者間のより多くの対話が必要不可欠であると考えていました。

ICGNは基本的には投資家のコミュニティです。IIRCの前CEOであるポール・ドラックマン氏とは、ICGNとIIRCが共同で何かできないかと、折に触れて話し合っていましたし、IIRCとカンファレンスを開催できれば、そこに企業の取締役や企業情報の透明性に関する専門家の参加を期待できることも認識していました。そこで、市場関係者を一同に介したいという思いから、昨年、IIRCと共同でカンファレンスを開催する運びとなりました。

芝坂(KPMG)
カンファレンス開催の約1ヵ月前の11月に、英国のコーポレートガバナンス・コードの見直しに向けた検討がスタートしましたが、対話の観点では、どのようなことに焦点が当てられたのでしょうか。IIRCとのカンファレンス開催には、その影響もあったのでしょうか。

Waring氏(ICGN)
英国のコーポレートガバナンス・コードの見直しにおいて、企業とステークホルダーの対話の観点では、従業員や顧客の声を取締役会により多く取り入れる方策が検討されています。これは、社会における富の不平等感の高まりを反映したものです。ですから、ステークホルダーとの対話は、これまで以上に重要性が高まっていると認識しています。

昨年、政府に提出した意見書において、ステークホルダーの要請に対応するための方策として、統合報告を通じた対話を行うことを我々は推奨しました。統合報告は、企業が幅広いステークホルダーとコミュニケーションを図り、ステークホルダーがもつ企業による社会課題への取組み等への懸念に対応していくための方策の1つであると認識しています。英国では、従業員や顧客が取締役会に参加すべきかどうかが議論となっていますが、ICGNとしては、統合報告を通して、企業がステークホルダーとコミュニケーションを図ることが良策であるとの公式見解を示しています。このように、統合報告の実務の重要性を公式にも認識しており、それが、IIRCとの共同カンファレンスの開催にも繋がっています。

II.説明責任に対する誠実さがコーポレートガバナンスの質を向上させる

芝坂(KPMG)
統合報告書を発行する日本企業の数は年々増加しています。私たちKPMGジャパン統合報告アドバイザリーグループでは、過去3年にわたり、日本企業の統合報告書に関する調査を実施し、多くの統合報告書を読んでいますが、IIRCのフレームワークやコーポレートガバナンス・コードが採用している「原則主義」に、まだ多くの日本企業が慣れていないのではないかと感じています。残念ながら、雛形的な説明に終始したレポートが多く存在しています。

Waring氏(ICGN)
日本でも、投資家コミュニティからの要請が高まれば、より質を伴う説明が増えていくのではないでしょうか。投資家側は、より質の高い情報を求めるべきだと思います。

芝坂(KPMG)
ICGNが新たに公表したグローバル・スチュワードシップ原則でも、投資家が企業の統合報告を奨励することを推奨していますね。

Waring氏(ICGN)
ICGNのグローバル・スチュワードシップ原則は昨年6月にICGNメンバーによって承認されました。これは2003年から取り組んできた当該分野における作業の成果であり、投資家、特にグローバルに多様なポートフォリオを組んでいる投資家に対して、彼らのスチュワードシップ方針やスチュワードシップ活動の実践に関するガイダンスを提供するものです。この中には、企業の長期的なパフォーマンスと重要なESG要素を、自身のスチュワードシップ活動に統合することを投資家に促している原則があります。この原則では5つのガイダンスを示しており、そのうちの1つが統合報告の奨励です。企業の過去の業績を文脈のなかで捉え、リスクと機会、そして将来の見通しを映し出す統合報告を我々はサポートしています。統合報告は、持続的な価値創造に向けた企業の戦略的目標と、その目標に対する進捗を明確に示すものであると考えています。

芝坂(KPMG)
英国では数年前に戦略報告書が導入されました。戦略報告書は、本質的に統合報告書と類似しており、親和性の高いものだと思いますが、投資家は企業の戦略報告書をどのように評価しているでしょうか。

Waring氏(ICGN)
具体的な説明を伴う戦略事業報告が多く、企業文化や企業独自のストーリーをより反映したものとなっていると思います。雛形的な説明はあまり多く見受けられません。ですから、広く投資家からの評価は高いと言えます。

芝坂(KPMG)
最近の統計によれば、日本の上場企業の約8割が、コーポレートガバナンス・コードの原則の9割以上にコンプライしていると表明しています。ですが、コーポレートガバナンス報告書や統合報告書のガバナンスセクションを読んでも、本当にコンプライしているのかどうか、判断が難しいと感じています。なぜなら、コンプライしていると表明すれば、エクスプレイが不要であり、より具体的な説明が不足しているからです。日本のこのような状況をどうご覧になりますか。

Waring氏(ICGN)
日本も、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードが制定され、フレームワークは整いましたね。そこで必要になるのは、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の意味合いをより浸透させることではないでしょうか。エクスプレインしても構わないということが理解される必要がありますし、むしろ、私たちはエクスプレインを期待しています。コーポレートガバナンス・コードの原則の精神を逸脱しない範囲において、原則と異なる選択肢を選択し、それを説明することは何ら問題ない点を明確にし、その理解を企業の方々に促す必要があると思います。

III.統合的思考に基づくガバナンスのエコシステムにより、持続的な社会を実現する

芝坂(KPMG)
ICGNとIIRCの共同カンファレンスに登壇したパネリストがおっしゃっていた言葉で、私自身もそのとおりだと思っているのですが、より良いコーポレートガバナンスには統合的思考が必要不可欠であるとのお話がありました。コーポレートガバナンスと統合的思考の関係性についてのご意見をお聞かせいただけますか。

Waring氏(ICGN)
取締役会はガバナンスの意義をよく理解する必要があると思っています。取締役会の責務は、株主だけでなく、社会全体に価値をもたらすよう組織を導くことです。英国では、株主価値の向上については、多くの実績があります。ところが、その他のステークホルダーにとっての価値を追求する視点が不足していました。財務的な価値の創出を超えたところで、さらにそれが環境、あるいは顧客などに対してどのような意義を持つのか、そこまで思考を広げる必要があるのです。実務のうえでは、意思決定プロセスのなかで様々なステークホルダーを考慮することで、実現していくものと考えています。

芝坂(KPMG)
ESG要素の統合についても、投資家だけでなく企業にとっても重要な課題ですね。

Waring氏(ICGN)
はい。企業と投資家、そして規制当局のそれぞれが、ガバナンスのエコシステムにおいて、コーポレートガバナンス、そして投資家のスチュワードシップ双方の実効性向上に向け、果たすべき役割があります。それぞれの役割を、責任をもって果たしていくことが、企業の長期的な健全性と成功、そして経済の持続可能性を確実に次世代へと繋ぐことへの一助となると考えています。

芝坂(KPMG)
本日はありがとうございました。私たちにも大きな責任と役割が期待されていることを自覚し、引き続き、努力していきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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