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コンピューティング革命としての「クラウドロニクス」 - 第2回:「トリプル・ベロシティ」が引き起こす産業構造の変化とは?

「トリプル・ベロシティ」が引き起こす産業構造の変化とは?

エレクトロニクス、自動車、エネルギー、医療、農業など幅広い産業分野の未来を横串で予測し、社会や市場、顧客、産業構造の変化を示した「未来予測レポート」は、大手企業を中心に累計1,300社へ導入されている。「未来予測レポート」の執筆者である田中栄氏(株式会社アクアビット代表取締役チーフ・ビジネスプランナー、あずさ監査法人 総合研究所 未来研究室 顧問)にコンピューティングの進化が引き起こす社会構造の変化についてインタビューを行った内容を紹介する。

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「未来」のビジネスは、今ある業界の延長線上では見えないものが多い。視野を広げて様々な業界やビジネスを俯瞰することが大切になる。社会構造が変化すればビジネス環境も変わり、ビジネスが変われば、求められる人材や能力もまた変わる。さらには、人々の価値観やライフスタイルまでもが大きく変わっていくことになる。

コンピューターやテクノロジーは姿、形を変えて我々個人の生活に溶け込み、企業においても経営の効率化やイノベーティブな取組みには欠かせない存在となっている。コンピューティングの進化を読み解くことで、「未来」に起こり得る変化の本質を理解することに繋がっていくのではないだろうか。

2015年5月よりあずさ監査法人 総合研究所 未来研究室の顧問を務めていただいている株式会社アクアビット代表取締役チーフ・ビジネスプランナー 田中栄氏に「コンピューティングの進化」が引き起こす社会構造の変化とビジネスへの影響について伺った内容を、2回にわたりお届けする。

ビジネスの前提を変える「トリプル・ベロシティ」

クラウド・コンピューティングの進化によるビジネス環境の変化「トリプル・ベロシティ」とは何か?

トリプル・ベロシティというのは私の造語である。ベロシティというのは直接的にはスピードを意味するが、単にスピードが速くなるというだけではなく、トーンやバリエーションが変わるというニュアンスも含めて「ベロシティ」という言葉を使っている。「トリプル・ベロシティ」とは、商流(コト)、物流(モノ)、金流(カネ)という3つのビジネスの基本的な流れが、いわば3倍のスピード、3倍のバリエーションで増えて一気に変わっていくということだ。

「トリプル・ベロシティ」~3つの潮流の変化

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

商流の変化
ここでいう商流(コト)とは、情報の流れである。お客様やパートナーとの「コミュニケーション」の部分、つまりマーケティングだ。これまで、企業が多数の人々に情報を流す際には、テレビや新聞、雑誌などのマスメディアを利用して広告宣伝を行うのが一般的であった。しかし、これには高額な費用がかかるため、広告を打つのは主に大企業であった。

だが、ネット広告やSNSが一般化したことで以前よりはるかに低いコストになり、中小企業や個人でも情報発信ができるようになった。単に発信するだけではなく、特定の商品への関心が深い人や、SNS広告を使ってたとえば「大阪に住む、40代女性、猫が好きな人」に対してだけなど、ピンポイントで広告を出すことも可能になった。しかも従来の一方向のプロモーションから、双方向のコミュニケーションもできるようになった。ブロードバンドが前提となるため、ウェブコンテンツに映像や音声を使うことも可能である。

先進国では消費の成熟化も進んでおり、大企業中心のマスマーケティングの時代は終わりを告げる。マーケティングの主役は、これから個人や中小企業へと移り変わっていく。


物流の変化
物流(モノ)での特に大きな変化は、「即日配送」が当たり前になることだ。2014年9月に発刊した『未来予測2015-2030』で、私は「3年以内に大都市圏では2時間未満でモノが届くようになる」と予測した。だが現実には、未来はもっと前倒しで始まっている。国内ではAmazonが2015年11月から「Prime Now」という1時間でモノを届けるサービスを開始している。2016年11月現在、東京23区だけでなく神奈川県、大阪府などにも対象エリアを広げている。アメリカでは、Amazonは既に21都市で「Prime Now」を提供しており、即日配送は常識になりつつある。さらに一部の都市では「AmazonFresh」という名称で生鮮食料品の即日配送のほか、ファストフードのデリバリーまで行っている。

ネット通販は生活の中に浸透しつつある。この影響を受けて、多くの書店やCDショップが閉店に追い込まれている。さらに「即日配送」が定着すれば、スーパーマーケットを直撃することになるだろう。生鮮食品など消費期限の短いものも取り扱いできるようになるからだ。日用品などの“ついで買い”も増える。さらに今後、ピザや弁当類なども取り扱うようになれば、その影響はファストフード店や宅配ピザ、出前など飲食業にも拡大するのは必至だ。

「翌日配送」と「即日配送」とは別モノである。「即日配送」を実現するためには、流通システム全般を見直すことはもちろん、ハイテク化が不可欠になる。特に倉庫をスーパーハイテク化することが重要な鍵となる。POS端末を片手に作業員が商品を探すという従来の倉庫スタイルでは、時間的にもコスト的にも限界がある。AmazonはKiva Systemsというロボット倉庫の企業を買収し、荷物は機械に運んで来させて作業員はピックアップするだけ、というスタイルに変えつつある。アメリカではKiva Systemsのロボットが既に3万台以上稼働していると言われる。現在、ドローンを屋外配送で利用することが検討されているが、近い将来、倉庫内でも使われる可能性が高い。ロボット倉庫が本格的に導入されると、その圧倒的なスピードと低コスト化に、旧来型の倉庫は全く太刀打ちができなくなるだろう。


金流の変化
金流(カネ)では、投資、融資、決済など様々な分野で変化が起こるが、特に象徴的なのは「決済手数料ゼロ」が当たり前になることだ。これも2014年9月時点で「今後3年以内に決済手数料は無料が基本になる」と予測していた。だが早くも2014年12月にはLINEが「LINE PAY」サービスを開始、月額100万円未満の送金手数料はゼロとなった。さらに2015年春にはFacebookがメッセンジャーでの送金サービスを開始。北米限定ではあるが月額1万ドルまで送金手数料をゼロとしている。北米におけるFacebookの月間アクティブユーザーは約2.3億人で、世界全体では約18億人いる。このサービスの対象が全世界に広がった瞬間、グローバル決済プラットフォームが誕生することになる。将来的には、主要なクラウドロニクス・プラットフォーム上の「ポイント」が仮想通貨のような役割で決済に使われるようになり、やがて事実上の「国際通貨」になっていくだろう。

なぜ、「手数料ゼロ」が可能となるのか。それは、わずかな手数料よりも「情報」が欲しいからだ。サービスを提供する側の企業にとって、最も価値のある情報は「閲覧・購買履歴」である。購買履歴は、その人が今何に対して興味を持っているのか、そしてどの位ならお金を払うのかを端的に表す。たとえば私は猫が好きであるが、魅力的な宣伝が表示されれば、きっと高い確率で買ってしまうだろう。このような閲覧や購買履歴があれば、わずかな仲介手数料を貰うより、顧客に直接販売した方がマージンを丸ごと得ることができるのではるかに儲かる。

クラウドによって、広告は個人でも払えるような安い価格で出せるようになり、即日配送が当たり前になる。そして世界中どこでもリアルタイムで決済ができ、しかもその手数料はゼロになる。こういう環境がビジネスの新しい前提となっていく。

ビジネスの前提が変わる~既存の様々な産業を覆す

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

「コンピューターは苦手だ」などと言っている経営者は依然として多い。今まではそれでも何とかなっていたかもしれない。
だがこのようなビジネス環境の変化と向き合わず、どうやって将来の戦略を立てるのだろうか?商流、物流、金流と関係のないビジネスなど存在しない。ビジネスの大前提が変わるのであり、あらゆる産業に直接的な影響を与える。エンジニアのように技術に詳しくなる必要はない。新しいコンピューティングがどういうものかを理解し、それをどのように使いこなすかを考える必要があるということだ。テレビは、その構造を知らなくても使い方さえ知っていれば問題ない。それと同じである。

「トリプル・ベロシティ」はどのような産業に影響を与えるのか?

Airbnb(エアビーアンドビー)などを使って、一般住宅を宿泊サービスとして利用する人が増え、ホテル業界が揺らいでいる。利用料金の支払いはスマートフォンで行うため、レジは不要である。どこが空いているかすぐ把握でき、案内もしてくれる。ここで非常に重要なのは、「空き状況を把握し、それをリアルタイムで通知できる」ということだ。刻一刻と変化する状況を把握できるからこそ、取引の成約率が高まったのである。

タクシー配車システムのUberも同様に、自分の車が空いていることをネット上で伝え、利用者はその時点で料金が確認でき、頼んだらすぐに配車される。Amazonをはじめとするネット通販では、ウェブサイトにアクセスすれば購入できる商品の詳細な情報が伝えられて、その場で決済ができ、即日に近い形で届けられる。従来型のホテル業界やタクシー、百貨店がなくなることはないだろうが、商流・物流・金流の変化により業界全体が一気に揺らぐ、ということが実際に起こり始めている。

ゲームは最も大きな影響を受けている業界の1つである。従来はテレビCMなど大量の広告を打ち、専用のハードウェアを普及させ、ゲームのCDやDVDを制作、在庫を持ち、小売店舗で販売するというのが主流であった。だが、mixiなど最近のネットワークゲームでは状況が一変した。流通はインターネットなので欲しい時にすぐ手に入る。在庫は不要、品切れもない。決済もその場でできてしまう。さらには顧客とネットワークで繋がっているので、月額利用料や追加アイテムなどで継続的な収益を得ることも可能だ。インターネット上で様々な情報が発信できるので、必ずしも広告を出す必要はない。クラウドによって、ゲームは業界全体が一変してしまった。このような業界構造の変化は、まだほんの入口に過ぎない。

クラウドロニクスによる産業構造の変化

クラウドロニクスが生み出す新しい産業とはどのようなものか?

エレクトロニクスとネットワーク、ネットサービスが有機的に連携することで一体化した産業を、私は「クラウドロニクス産業」と呼んでいる。クラウドロニクスは、プラットフォームであり、様々なデバイスやセンサー、ブロードバンド、データセンターまでが一体となったプラットフォームである。エレクトロニクス業界ならスマートディスプレイ、自動車業界で言えばコネクテッドカーなど、コンピューティングが様々な分野に浸透していく。クラウドロニクス化によって、あらゆる産業のビジネスモデルが根本的に変わっていくのである。

クラウドロニクス産業

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

現在はデータセンター事業者、通信会社、エレクトロニクスや半導体メーカー、SIerなど、各社ばらばらの意識でモノやサービスを提供している。だが顧客が求めるのは「より良いコンピューティング」である。一体となって使いやすいもの、性能が良いものを安く使えるなら、それを誰が提供し、技術的にどのように実現されているかは顧客の関心事ではない。

どれだけ巨大企業であっても、クラウドロニクス・プラットフォームを単独で全てを提供することは不可能に近い。現実にはアライアンスを組んで、他社と一緒に実現することになる。クラウドロニクス産業が目指すのは、「マーケットプレイス」を形成することである。狙いは「顧客」であり、商流・物流・金流を占有したい、ということである。

クラウド・マーケットプレイスで把握できる顧客の情報は、中身もボリュームもこれまでとは桁違いである。名前とメールアドレス、住所、年齢といった基本プロファイルはもちろん、普段どこにいて、何に興味があって、何であればお金を出すのかまで把握できる。これらは広告を出す側としては最も価値のある情報である。別の言い方をすれば、顧客はいてくれるだけでお金になる。先ほど例に出したFacebookでは18億人のユーザーがいる。たとえば1人あたり1,000円分の広告出稿がとれたら、それだけで1兆8千億円のキャッシュを生むことになる。インフラコストを除けば直接原価はゼロであり、収益性はとてつもなく高い。

マーケットプレイスで様々な売買が行われる中で、モノが売れれば仲介手数料を得ることができ、デリバリーの間に入ることで手数料を請求することもできる。商流・金流・物流それぞれのプロセスで自動的にお金が流れ込むようになる。そのため、1人でも顧客を増やしたいのである。

では、具体的にどのように顧客を確実に増やしていくのか。たとえば、Googleが開発中の自動運転車を考えればわかりやすい。彼らは別に自動車を作りたいわけではない。ハードウェアとしての自動車を押さえることで、ドライバーをGoogleのマーケットプレイスへ確実に誘導したいのである。欲しいのは「顧客」であり、情報端末やセンサーから流れる様々な「情報」である。MicrosoftがNokiaを買収したり、AmazonがKindle Fireシリーズを出したりするのも同じ理由である。クラウドロニクス・プラットフォームの保有企業は、ハードウェアに対しても積極的に投資しているが、どの企業も真の狙いは「顧客」である。

顧客を増やすことのもう1つのメリットは、顧客が増えれば、それを求めてより多くのサードパーティーが集まってくることだ。その結果、より良いサービスが増え、さらに顧客が入ってくるという善の循環が生まれる。一方、クラウドロニクス・プラットフォームの保有企業は、自分たちにしかない独自のサービスを持つことで差異化を図ろうとする。そのため、デジタルサービスへの投資も積極的だ。今までのIT系企業と違うのは、自らが億単位の顧客を抱えているため、出資される側の企業もグループになることで企業価値が跳ね上がるケースが多い。まさに「現代の錬金術」である。

クラウドを基盤とするコングロマリットの形成

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

「顧客との繋がり」が生み出す事業価値とは?

顧客が企業価値としていかに重要かを示す象徴的な例として「WhatsApp」が挙げられる。WhatsAppはナローバンド環境でもFacebookのようなコミュニケーションができるSNSサービスである。日本での知名度は低いが、3G回線がメインであるアジア圏で多くの人々が利用している。2014年にこのベンチャー企業をFacebookが買収している。

設立5年、社員数50名ほどの会社をFacebookが買収した金額は、約190億ドルであった。当時のレートで約2兆円である。その会社は何か特別な技術や資産などを持ち合わせているわけではない。それほどの高額な値がついた理由は、2億5千万人ものアクティブユーザーを抱えていたからである。ユーザーの数は増え続けており、2年後の2016年2月には10億人を超えた。

「顧客との繋がり」が生み出す事業価値

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

SNSは、その人は普段何をしていて、何を考え、何が好きなのかが手に取るようにわかる。豊富なプロファイル情報を持っているのが特徴だ。そこに広告を出したい企業は沢山ある。会員1人に対して年間1,000円分の広告出稿がとれたら、10億人分で1兆円のキャッシュが生まれる。2兆円で買収してもたった2年で元が取れる計算になる。2兆円でもまだ安い位かもしれない。

「顧客数」は財務諸表に載っていない。WhatsAppの例は、企業価値の評価軸が従来とは大きく変わったこと、価値の中心が「顧客」にあることを端的に示している。だが「顧客」といっても、単に住所や名前を知っているだけではあまり意味がない。重要なのは「繋がっている」こと。自社のサービスに繋がるアクティブユーザーこそが価値なのである。

もう少し身近な例はmixiである。2014年3月に発表された決算では売上122億円で当期利益は赤字に転落、存続を危ぶむ声さえあった。だが、2016年3月期の決算では、売上2,088億円、利益900億円、時価総額3,500億円と驚異的な成長を遂げた。原動力となったのは「モンスターストライク」というたった1つのモバイルゲームであり、売上高の実に9割以上を占める。

PlayStationなどゲーム専用機が全盛の頃、ゲームがヒットすれば1タイトルで数百億円の売上が見込めた。経営者からすれば、そんな売上を生むプロデューサーに辞められてしまっては困る。そのような社員に対して給料を1億~2億円支払う例は珍しくはなかった。だがゲーム専用機のビジネスでは、まず高価なハードを普及させなければいけない。さらに市場は日本に限定、CDやパッケージを作って物流をさせるので在庫を持たなければならない。

常識を覆す、クラウド系企業の成長カーブ

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

だが今のモバイルゲームでは状況が大きく変わった。まず在庫が要らない。調達・生産・流通・販売など、何のボトルネックもない。だからモンスターストライクのユーザー数は、わずか2年間で3,500万人まで増やすことができた。今までとは桁違いのスピードである。3,500万人はすごい数ではあるが、現在サービスを提供しているのは、台湾・北米・韓国・中国・香港・マカオなどに過ぎない。ネットワークゲームのポテンシャルとしてはまだほんの序の口である。そして、mixiがこれほど高い評価を得るようになった源泉も、やはり「顧客」なのである。

モンスターストライク開発のコアメンバーは10~20人程度だろう。トップであるプロデューサーには数十億円どころか、100億円の給料を支払っても元は取れる。今の時代、優秀なクリエーターやプロデューサーは、わずか2~3年で1,000億円単位の売上と、数千億円単位の時価総額を生み出すことが可能になった。

企業価値や企業規模の概念はどのように変化していくのか?

「大企業」の概念が変わりつつある。これまでの大企業とは、売上が何千億~何兆円もあり、何万人の従業員がいる企業を指した。だが先ほど例に挙げたWhatsAppは、設立から5年、従業員数50名程度の若くて小さな企業である。だがその企業が億の単位で顧客を持ち、兆円の単位で資金調達している。これを中小企業と呼ぶべきだろうか?

これまで大企業とは豊富な資金を持つ企業だった。多くの資金があれば設備投資を行い、労働力として数多くの社員を抱えることができる。生産規模が拡大するほど、スケールメリットを発揮できる。だがこれは20世紀、工業化社会の発想である。

WhatsAppやモンスターストライクは極端な例だが、いまキャッシュを生み出しているのは、ごく少数の人たちのクリエイティブな能力である。クリエイティブな価値を生み出すために必要なことは、数多くの労働者を集めることではない。優秀なMBA取得者を集めて検討を重ねても意味がない。それは全く違う性質の才能だからである。経済価値を生み出す源泉は、設備や労働力から、クリエイティブな能力へと変わったのである。

クリエイティブな能力とは、具体的にはコンテンツ、デザイン、ブランド、アイデアなどである。新しいテクノロジーを生み出すこともまたクリエイティブである。だが、クリエイティブは、存在するだけでは価値はゼロ。それをお金を出して「欲しい」と言ってくれる顧客がいて、初めて「ビジネス」となる。コンピューターは所詮、道具である。自ら顧客に売り込んだりしないし、どんなに頑張っても顧客との信頼関係は作れない。法人であれ個人であれ、顧客との信頼関係を作るのは人間にしかできない仕事である。

「大企業」の概念が変わる

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

加えて、新しい価値を継続的に生み出すためには、他のDNAを持っている人たちと密に組むことが重要となる。同じ会社の中には似たようなタイプの人しかいない。同じ考え方の人間ばかりいくら集めても、新しいものは生まれない。違うDNAを持つ人たちと積極的に組む必要がある。考え方や専門が違う人間が集まるからこそ、思考の幅が広がり、それぞれの得意・不得意を補い合って「進化」が生まれるのである。緊密なパートナーシップがあるということは、価値創出力が高いということであり、高い収益性が期待できるということでもある。

テクノロジーやモノは時代と共に変わっても、一度築いた顧客との信頼関係はそうそうには揺らがない。特に「ファン」を多く持つ企業は強い。まだ実物さえ見ていないのに、新商品を買い求めるために早朝から行列を作るようなファンが数多くいることは、Appleの強さの象徴だろう。「顧客との繋がりの深さ」は、企業にとって今や最も重要な指標である。

これからの大企業は、多くの生産設備や社員を持っていることではない。顧客やパートナーとの「エンゲージメント」が、企業の強さを測る基準になる。大切なのはすなわち、どれだけ多くの顧客を持ちどれだけ密接に繋がっているか。そしてどれだけ有力なパートナーと繋がり、新しい価値を共に創る体制が整っているかである。

大企業が新規ビジネスの創出に向けてすべきことは何か?

大企業は「ものづくり」の意識が強く、新ビジネスでも「0→1」で自らモノを作ろうとする傾向がある。エンジニアとして自分で作りたい気持ちは理解できる。だが我々がやらなければいけないのは、「モノを作る」ことではなく「ビジネスを創る」ことだ。モノはあくまでも稼ぐための手段に過ぎない。「0→1」、すなわち無から有を生み出すためには、もの凄いエネルギーが必要だ。ベンチャー企業には労働基準法など無視、家に帰れず床で寝ている方がむしろ多い。そこまでしてやりたい「何か」があるからこそ、常識を変えるような新しいモノやサービスが生まれるのである。逆に大企業で9~17時で働き、週2日の休暇をきっちり取っているような中で、画期的なものが出てきたとしたら、それはもう奇跡に近い。

大企業では、「0→1」の企画を検討するために大量の書類づくりに追われ、上手くいかない理由ばかり議論しているケースが多い。大企業のサラリーマンは失敗を恐れるからだ。だが、できない理由ならいくらでも探せる。新しいビジネスは実際にやってみなければわからないことばかりである。新規事業は失敗の積み重ねであり、その中から成功への一筋の光を見つけ出すのがごく普通である。

「0→1」はベンチャーが得意な分野である。一方、大企業の強みは「1→100」、すなわち、既にあるものを大きくする所にある。量産する、グローバル展開する、販売チャネル、マーケティング、サポート、資金調達といった話になれば、大企業の得意分野だ。それぞれ強みとするところが違うのである。

数年前、私はある大企業のエンジニアがベンチャーの新製品を見てアドバイスする光景に驚いたことがある。なぜかと言うと、そのエンジニアは、設計図も見ていないのに「この回路をこちらに移せばもっと楽に動かせるようになる。あとこの半導体を別なXXに変えればパフォーマンスが4倍になるよ」と問題点を瞬時に見抜いたからだ。単に動かすだけならベンチャーでもできる。だが商品をより良くしようとすると、豊富な知見・経験が必要になる。ベンチャーの人たちが何週間もかかるであろう問題を、知見・経験を重ねた大企業の人たちはわずかな時間で解決できることが多い。

天才的なベンチャーの人がどんなに素晴らしい新商品の企画書を書いたとしても、それを相手先に売り込むためには何ヵ月かかかる。課長→部長→役員→経営会議というプロセスを経るのが一般的な手続きだからである。だが人脈や信用がある大企業の人が、相手先の社長へ電話一本入れるだけで物事が決まるなど日常茶飯事である。

「0→1」が得意なベンチャー、「1→100」に強い大企業

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

ベンチャーがたとえどんなに素晴らしいアイデアを持っていても、最初はほとんど妄想に近い。しかしそれが大企業の人の目に留まり、うちが買いましょう、一緒にやりましょうという具体的な話になれば、アイデアは「プラン」へと変わる。さらにそれが基本合意書など具体的な形になれば、銀行融資や投資も依頼もできるようになる。実際にお金が動き出せば、それはもう「ビジネス」である。

大企業にとっての新規事業は、新しいモノやサービスを作ることではない。「ビジネスを創る」ことである。大企業の強みは資金力=失敗できる体力があることだ。投資によってリスクテイクすると共に、新ビジネスがうまく立ち上がるように、人材やテクノロジー、顧客やブランドなど、様々な経営資源を投入して後押しする。自分たちがやりたいビジネスがあれば、関連するベンチャーに投資して組んだ方が、0からスタートするよりはるかに短時間で確実な立ち上げが期待できる。お金だけではなく、有形無形で様々な支援を行い、新しいビジネスを共に育て、成果としての企業価値をシェアする。そういう考え方が大企業の新規事業として主流になっていくだろう。

クラウドロニクス産業を中心とした「クラウドロニクス・サービス産業群」

クラウドロニクスにより産業構造にどのような変化が起こるのか?

クラウドロニクスは、クラウド・コンピューティングとエレクトロニクスを一体のビジネスとして捉える概念である。今までのパソコンとは違い、これからのコンピューティングはエレクトロニクス、ブロードバンド、データセンターまでが一塊のシステムである。さらにその中核であるデータセンターは人工知能としての機能を持つ。そのインテリジェンスな能力がブロードバンドを通じてサービスとして様々な分野にあまねく提供される。私はこれを「クラウドロニクス・サービス産業群」と呼んでいる。

クラウドロニクス・サービス産業群

出所:株式会社アクアビット提供資料をもとにKPMGコンサルティングにて作成

これまでのコンピューティングは「IT・エレクトロニクス」という数ある産業のうちの1つに過ぎなかった。しかしクラウドロニクス化によって、コンピューティングは様々な産業の土台へと変わっていく。その象徴が先ほど述べた「トリプル・ベロシティ」である。さらに様々な分野の産業の一部がデジタルサービス化し、そして重なり合っていく。その結果、どこまでが自らの産業なのか? 明確な線引きができなくなる。ただ共通して言えるのは、いかなる分野の産業もコンピューティングを理解することなしに事業戦略を描けなくなる、ということだ。

もう1つの大事なポイントは、産業の括りが変わるということである。現在、自動車、エレクトロニクス、電力、出版、医療、農業など色々な業界がある。だがこれらは20世紀の社会がつくった産業の括りである。ビジネスが変わるということは、産業の括りも変わるということである。

たとえば「モビリティ・ロボットサービス産業」というのは、自動車産業の近未来の姿である。自動車産業のこれからのメイン市場は新興国である。そしてそこで主力として普及するのは、自動車というより「小型モビリティ」とも呼ぶべき新しいタイプの車である。さらにエネルギー安全保障の観点から、エネルギーは電力が中心になり、動力はモーターへと変わっていく。コンピューティングとの融合が進み、収益の中心はモノからサービスへと変わっていくだろう。電動化とコンピューティングの融合を契機に、ロボット関連のビジネスが本格的に立ち上がってくる。「モビリティ・ロボットサービス産業」はこれらの総称である。

「食料・バイオサービス産業」というのは、これからの農業は食料を生産するだけではなくなるということを示唆している。近年、農作物はバイオエネルギーやバイオプラスチックなど、再生可能なエネルギーや工業原料としても注目されている。漁業や畜産も、生命を利用して人間の生活に役立つ「有機物」を生産しているという点では同じである。そして将来的に多種多様で高い生産効率が期待できるのはバイオ=微生物である。今後、植物工場や精密農業など、コンピューティングとの融合が不可欠になる。これらを総称したのが「食料・バイオサービス産業」である。

「エネルギー・生活サービス産業」は、今でいえば電力やガス、放送、通信などである。2016年4月から電力完全自由化が開始され、様々な業界から多くの企業が新規参入した。たとえば関東では、東京ガスが火力発電所を建設し電力を供給している。通信会社であるKDDIやソフトバンクも、電力自由化を見据えて早い時期から新会社を作るなど力を入れている。これまでは「電力」「通信」など何を提供するかを単位に産業を括ってきた。しかし今後は家庭と「繋がる」ことを軸として、エネルギーを含めて生活に必要な様々なサービスを提供するビジネスへと変わっていくだろう。中でも特に大きな変化は、家庭向けの情報サービスの変化、すなわち、家庭向けの映像配信の主役が「放送」から「通信」へ変わることである。これらを総称して「エネルギー・生活サービス産業」と呼んでいる。

ICTやエレクトロニクス分野以外の人々は、クラウド・コンピューティングを「自分とは関係ない」と見ている人が多い。だが、今起こっている変化は、産業の枠組みさえ変えるほどの大きなインパクトがあるものだ。経営に携わる人たちならなおさら、「知らなかった」「コンピューターは苦手だ」で済む話ではない。

過去の延長線上に未来はない。ビジネスは今のままで大丈夫なのか?もう一度考えてみてほしい。そして、これまであまり目を向けなかった分野にこそ目を向けてほしい。そうすることで、思いがけない分野で成長の種が見つかるはずだ。

まとめ

第2回では、クラウド・コンピューティングにより基本的なビジネスの流れである「商流・物流・金流」が3倍のバリエーション/スピードで変化していく「トリプル・ベロシティ」の概念と、その「トリプル・ベロシティ」が既存の産業に与える影響について話を伺った。

コンピューティング環境は、ブロードバンドとスーパーコンピューターとエレクトロニクスが一体となった「クラウドロニクス」へと変わるということ。そしてその中心にはデータセンターがあり、「話す」「考える」など人工知能の能力が標準機能になるということ。インテリジェントな能力は、幅広い分野にサービスとして提供されるようになるということ。その結果、「クラウドロニクス・サービス産業群」と呼ぶべき巨大な産業が誕生するということ。

これからの企業価値の中心は、「顧客」や「パートナー」との「エンゲージメント」にあること。すなわち、多くの顧客を持ち密接に繋がっているか。どれだけ「ファン」がいるか。そしてどれだけ多くの有能なパートナーと繋がり、新しい価値を創出し続けることができるか。重要なポイントである。

クラウドロニクス・プラットフォームを巡る新たな競争が始まっている。プラットフォーム保有企業の狙いは、1人でも多くの「顧客」を獲得することにある。それによって、「商流」、「物流」、「金流」を占有することが狙いである。クラウドロニクス・プラットフォームを支配できれば、絶対的な地位と莫大な収益か期待できるからである。

クラウドロニクスは、ビジネスの様々な前提を変える。このコンピューティング革命が社会やビジネスにどのような影響をもたらすのか。それを念頭に、改めて自社の戦略を見つめ直す必要があるのではないだろうか。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジメントコンサルティング
シニアマネジャー 角坂 晃啓

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