稼ぐ力を表すROICの活用

稼ぐ力を表すROICの活用

近年のコーポレート・ガバナンス改革の推進により、上場企業のROE改善に対する意識は確実に高まっています。しかし、一部の企業では、短期的なROE改善を目的とした財務レバレッジの調整や資産売却による利益計上などが行われており、「企業価値の持続的成長」を求める投資家と企業との間には、未だ課題に関する認識ギャップが存在しています。

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伊藤レポートにおいて、日本企業の課題は「稼ぐ力」であると指摘されていますが、この稼ぐ力を表すKPI(Key Performance Indicator)として、ROIC(Return on Invested Capital、投下資本利益率)が注目を集めています。ROICは資本効率を評価するKPIであり、有効に活用することでROEとバランスシートを同時に改善する効果が期待できます。

ポイント

  • 日本企業のROEが欧米に比して低い原因は稼ぐ力の不足にある。したがって、稼ぐ力を表すKPIであるROICを活用し、収益性を高めることがROEの改善の王道である。
  • ROICを重視した経営にシフトすることにより、ROEとバランスシートの改善を同時に進めることが可能である。
  • 事業部門の評価指標にROICを用いることで、各事業部門における投資効率やバランスシートに対する意識が高まり、低収益資産の処分や不採算製品からの撤退などの推進が期待できる。
  • ROICの導入においては、「社内全体へのROICの浸透」が重要なポイントであり、そのためには、経営トップの主導やコーポレート部門による事業部門への導入支援などが必要となる。

I. ROE改善の王道はROICの活用

1. なぜROICが注目されているのか?

1)ROEの水準に関する認識ギャップ
「コーポレート・ガバナンス改革元年」となった2015年において、中期経営計画でROEの目標水準を公表する上場企業は大幅に増加しました。しかし、ROEの水準に対する認識については、投資家と企業の間で大きな乖離が見られる状況です。平成27年度の生命保険協会調査によると、ROEが資本コストを上回っていると考える企業は全体の40.1%となっていますが、それに対し、そう考える投資家の割合は僅か2.4%となっています。一方で、ROEが資本コストを下回っていると考える投資家は51.2%となっており、投資家は日本企業のROE水準に満足していないことが分かります(図表1参照)。企業のROEに対する「意識」は確実に高まっていますが、投資家は企業に対してROEの改善という「結果」を求めている状況にあります。

【図表1 資本コストに対するROE水準の見方(企業・投資家)】

出典:平成27年度 生命保険協会調査

図表1 資本コストに対するROE水準の見方(企業・投資家)

2)どのようにROEを改善するか?
ROEは当期純利益を自己資本で除した比率であるため、これを改善するためには、分子である利益の増加や分母である自己資本の減少が必要となります。利益については、外部環境や競合他社の影響を受けるため、自社の想定どおり増加させることができない可能性がありますが、自己資本については、自己株式の取得やリキャップCB(Convertible Bond)の利用などで財務レバレッジを変動させることにより、ある程度自社のイメージどおりに減少させることができます。コーポレート・ガバナンス改革以降、積極的に財務レバレッジの調整を図る企業もみられますが、これが企業の財務戦略として有効なものであれば特段問題はありません。ただし、短期的なROE改善を目的としたものであれば、それは課題に対する本質的な対応ではありません。


3)日本企業の課題は「稼ぐ力」
伊藤レポートでは、日本企業のROEは欧米と比較すると低く、その原因は回転率やレバレッジではなく、売上高利益率にある点が指摘されています(図表2参照)。つまり、日本企業の課題は稼ぐ力にあり、この稼ぐ力を高めることによってROEを改善させることが投資家の期待であると考えられます。このため、稼ぐ力を表すKPIとして、ROICへの注目が高まっています。

【図表2 伊藤レポートによる分析】

2. ROICとは?

1)ROICの計算式
ROICは、事業に投じた資金がどのくらいのリターンを生み出したか(投資効率)を測る指標であり、計算式は以下のとおりです。

分子には、事業から得られる利益としてNOPAT(税引後営業利益)が用いられます。これは支払利息や配当の控除前の利益であるため、事業資金(=投下資本)の提供者である金融機関や株主に対するリターンの支払原資を表しているとも言えます。なお、事業に係る特別損益も含めるか否かについては、実務上も様々な見解があります。大型設備の受注産業などの場合には、単年のROICの変動が大きいため、事業の収益性を適切に評価することが困難になります。また、大規模な事業投資が必要となるため、収益性が低下した場合には、多額の減損損失が計上される可能性があります。このような事業においては、中長期的な視点での収益性評価が必要となるため、分子に特別損益を加味した利益を用いるとともに、3~5年のROICの平均値や推移で業績評価することが望ましいと考えます。
一方、分母である投下資本の考え方は、(1)資金調達サイドに着目してDebtとEquityの合計額とする方法と、(2)資金運用サイドに着目して運転資本や固定資産などの合計額とする方法の2パターンが考えられます(図表3参照)。非事業用資産が存在する場合には、(1)と(2)の間に差異が生じることになりますが、調達した資金の投資効率を測定する観点からは、(1)の方法を採用することが望ましいと考えます。ただし、実務上は、事業別のバランスシートが作成されていないケースが多いため、事業別ROICの投下資本については(2)で計算されることが多いと思われます。

【図表3 投下資本の算出方法】

出典: KPMG

2)ROICのメリット
ROICに関連する項目の関係をまとめると図表4のようになります。この関係図からもわかるとおり、以下の3点がROICの主なメリットであると考えられます。

【図表4 ROIC関係図】

出典: KPMG

a)稼ぐ力を測定することが可能
ROICにはレバレッジの要素が含まれていないため、レバレッジの調整はROICに影響を与えません。このため、ROICは純粋に稼ぐ力を評価することができるKPIであると言えます。
収益性を評価するKPIとして営業利益やEBITDAなどを採用する企業が多いようですが、これらのみでは、その利益を得るためにいくら投資したのか、という投資効率の観点が欠けてしまいます。また、営業利益率については、業種特性が大きく影響するため、自社における複数の事業を評価する場合にはフェアな指標とは言えません。このような点からも、複数の事業の収益性を評価する場合には、投資に対するリターンで評価するROICが望ましいKPIであると考えられます。


b)資本市場を意識したKPI
ROICの計算に用いられる投下資本は、図表4のとおり、DebtまたはEquityにより調達されています。この投下資本に対するリターンを表すROICは、DebtとEquityの調達コスト、すなわちWACC(加重平均資本コスト)を上回る必要があります。このように、ROICはWACCと比較することにより評価される指標であり、ROE同様、資本市場を意識したKPIであると言えます。
また、類似のKPIとしてROA(総資産利益率)がありますが、ROAは事業負債の影響により、WACCと比較することが困難となります。ROAは競合他社との比較可能性などの点で非常に有用なKPIですが、資本市場を意識した経営を重視する場面においては、ROICの方が有効であると考えられます。

 

c)バランスシート管理に有効
ROICを改善するためには、NOPATを増加させるか、または投下資本を減少させる必要があります。投下資本に収益性の低い事業資産が含まれている場合には、これらを処分することにより、ROICを改善させることが可能となります。このように、ROICの改善を意識することにより、バランスシートのスリム化が進む効果も期待できます。ただし、短期的なROICの改善を重視しすぎると、必要な投資が抑制され、これにより将来の収益性が低下し、さらに投資を抑制する、といった縮小均衡に陥るリスクがある点には注意が必要です。

II. ROICの活用方法

1. ROIC導入により何が変わるのか

Iで述べたとおり、ROICは事業の収益性を評価できるだけでなく、その改善により、ROEの改善とバランスシートのスリム化を同時に達成することができる有用なKPIです。このROICを事業の業績評価に用いることにより、事業ポートフォリオ・マネジメントを効果的に行うことが可能となります。具体的には、ROICの導入が社内に以下のような変化を生じさせ、各事業部門において資本効率改善に向けた取組みが進められることが期待できます。


1)不採算事業の定義の変化
営業利益やEBITDAなどを事業の評価指標としている企業において、「不採算事業」は「営業損益やEBITDAがマイナス」と定義されます。しかし、ROICとWACCの比較により事業の収益性を評価する場合には、黒字であってもROICがWACCを下回る場合には不採算事業となります。このため、黒字の事業であっても、資本コストを賄えていない場合には、業績改善に向けた取組みが必要となる点には注意が必要です。


2)事業部門の意識の変化
現状、事業部門単位でも資本効率を意識している日本企業は極めて少ないと思われます。しかし、全社のROIC改善のためには、各事業部門における資本効率の意識を高め、改善に向けた取組みを実行することが必要です。
事業部門の評価指標としてROICを採用し、資本効率の重要性を浸透させることができれば、各事業部門において低収益の資産の処分や不採算製品からの撤退が進み、事業別ROICの改善、その結果として全社ROICの改善が期待できます。
また、事業別ROICの導入により、事業部門の投資に対する意識にも変化が期待されます。投資に積極的かつ資本効率に対する意識の低い事業部門は、リスクの高い投資案件についても、社内向けの理論武装に注力することにより、コーポレート部門の承認を得て投資を実行する可能性があります。業績評価が営業利益やEBITDAなどのフロー指標により行われる場合には、投資後に期待したリターンが得られない場合でも、赤字にならない限り、事業部門の業績評価にマイナスの影響を与えません。
しかし、ROICによる業績評価では、期待したリターンを得られない投資は自部門のROICを低下させる可能性があります。
つまり、投資の成否が自部門の業績評価に大きく影響することとなるため、事業部門はより慎重に投資判断を行うようになります。

2. ROIC導入のポイント

これまでROICの導入を試みた多数の企業と意見交換しましたが、期待した効果が得られたと感じている企業よりも、十分機能せず形骸化してしまった企業の方が多いという印象です。
各社の導入プロセスを比較した結果、以下の3点がROIC導入におけるポイントであると考えます。


1)経営トップが主導
事業の評価基準を変更することは、会社全体、つまり全従業員の価値判断基準を変えることになるため、相当なパワーを必要とします。また、評価基準の変更が不利に働く事業部門の不満や反発も予想されます。このため、ROICを社内に浸透させる
ためには、経営トップがROICの内容、必要性、変更による影響などを十分理解したうえで、トップダウンにより主導することが必要です。なお、財務内容の悪化や株主・投資家からのROE改善圧力といったシチュエーションにある企業の方が、経営者の危機意識は高く、またこのシチュエーションを追い風にして社内に必要性を訴えることができるため、ROICの導入が成功する確率は高まると思われます。


2)コーポレート部門による事業部門への支援
各事業部門にROICを改善するための取組みを期待するためには、導入時にコーポレート部門が事業部門を十分サポートすることが重要です。
ROICを社内に浸透させ有効に活用している企業の中には、ROICツリー展開によりバリュードライバー分析を行い、事業部門ごとに改善するドライバーを設定している企業もあります(図表5参照)。この場合、総花的にすべてのバリュードライバー
の改善を図るのではなく、各事業部門の課題に応じた異なる改善ドライバーを選定します。この改善ドライバーの選定においては、コーポレート部門と事業部門が共同で検討し、両者が納得したうえで決定することが重要です。これにより、事業部門はROICや改善ドライバーに関して、その目的や必要性を認識し、納得したうえで改善施策を実行することになります。単にコーポレート部門が各事業部門にROICの目標水準を提示するだけでは、事業部門は改善のためのアクションプランが描けず、ROICが浸透しないまま形骸化していく可能性が高くなります。

【図表5 ROICツリー展開によるバリュードライバー分析】

出典: KPMG

3)縮小均衡リスクの回避
ROICは分数であるため、投資を抑制し分母を減少させることにより、改善を図ることが可能です。しかし、投資の抑制は将来的な収益性の低下を招くため、事業が縮小均衡に陥るリスクがあります。このリスクを回避するためには、(1)最終的な目的が企業価値の持続的成長である点、(2)そのためにROICを採用している点、(3)目的達成のために必要なアクションは投資の抑制ではなく低収益部分の改善や事業の成長にある点を、勉強会などにより、社内に浸透させる必要があります。
また、ROICの評価期間を単年度ではなく、3~5年の中期とするなど、事業部門が投資を抑制することが困難となる仕組みを構築することも有効です。ただし、この場合には評価期間と製品ライフサイクルの整合性に注意が必要となります。

III. ROICの活用に向けて

1. ROIC導入の障害

1)ROICの活用状況
これまで述べてきたとおり、ROICは非常に有効なKPIですが、実際に活用している企業は現状では多くありません。平成27年度の生命保険協会調査では、ROEを重視している企業が64%である一方、ROICを重視している企業は僅か9%しかありません(図表6参照)。コーポレート・ガバナンス改革によりROEへの意識は高まっていますが、多くの企業の意識は、まだROICまで及んでいないという印象です。

【図表6 経営目標としている収益性指標】

出典:平成27年度 生命保険協会調査

図表6 経営目標としている収益性指標

2)ROICが重視されていない原因
ROICが重視されていない原因としては、(1)資本コストや資本効率の内容や必要性が経営層に十分理解されていない、(2)ROEやROAに比べて計算式が複雑、(3)事業別のバランスシートが作成されておらず、ROICの計算に必要な投下資本を把握できない、といった点が挙げられます。
(1)と(2)については、今後も日本企業の資本コストや資本効率に対する意識が高まれば、徐々に解消されていく問題と思われます。(3)はROICにどの程度の精度を求めるかという問題です。
事業別ROICを計算している企業においても、一部の勘定科目(仕入債務や共通利用の固定資産など)については按分計算しているケースが多数あります。事業別ROICは経営管理に利用される数値であるため、誤った経営判断をしないレベルの精度が担保されていればよいと思われます。このため、簡易的な計算によるROICであっても、その精度に大きな問題がないのであれば、システム対応などにより多くの時間とコストを掛けてまで数値を精緻化する必要はないと思います。ただし、事業別のバランスシート管理は今後益々重要となることが予想されるため、システム更新のタイミング等では対応を検討すべき事項であると考えます。

2. ROIC導入における留意事項

1)投資判断と業績評価の一貫性
投資判断の定量的な基準としてIRR(internal rate of return、内部収益率)やNPV(net present value、正味現在価値)を利用している企業も多いと思います。いずれの方法も、投資額と将来キャッシュ・フローをもとに、一定以上のリターンが得られるか否かで投資案件を評価します。このように、投資判断においては、投資リターンによる評価が一般的であると思われます。
一方、業績評価においては、多くの企業が売上高や営業利益といったフロー指標のみを重視しており、投資リターンによる評価は重視されていません。投資、業績、撤退判断は、本来同じ評価軸で評価されるべきものであるため、業績評価指標としてROICを採用し、評価軸の一貫性を確保する必要があると考えます(図表7参照)。

【図表7 投資判断と業績評価の一貫性】

出典: KPMG

2)課題に合ったKPIの設定
ROICは有効なKPIですが、すべての経営課題を解決するものではありません。ROICは投資効率を測るKPIであるため、D/Eレシオが悪化した企業や資本市場を意識した経営が十分でない企業においては大きな改善効果が期待できます。しかし、ROICは資本コストを上回っているものの、事業の成長性に課題を感じている企業にとって、ROICは重要なKPIではありません。この場合には、各事業部門に成長性を意識させる必要があるため、EBITDA成長率などのKPIを重視することが有効と考えられます。このように、企業にとって重要なKPIは経営課題や戦略に応じて決まるものであり、これらに変化が生じた場合には、KPIも柔軟に変更する必要があります。
また、ROICは投資効率を測るKPIであるため、これのみではリターンのボリュームに対する観点が欠けてしまいます。このため、事業の業績評価においては、営業利益やEBITDAなどのボリュームを測るKPIとROICを併用する必要がある点には留意が必要です。

IV. 最後に

コーポレート・ガバナンス改革以降、多くの上場企業と経営管理やKPIについて意見交換しましたが、ROICの導入を検討している企業は多く、企業の資本効率に対する意識は確実に高まっていると感じています。ただ、一方で、ROICを導入したものの、社内に十分浸透させることができず形骸化してしまった企業も多数ありました。
ROICを浸透させることができなかった企業は共通して、II 2.ROIC導入のポイントで述べた経営トップの主導やコーポレート部門による事業部門への支援が不十分であったように思います。
ROICに限らず、新たなKPIを導入することはそれほど難しくありません。ただし、このKPIを社内に浸透させ、これを改善するための取組みを各事業・従業員に起こさせることは非常に難しく、これこそが経営管理の要諦であると感じています。資本効率に対する意識の高まりから、今後、ROICを導入する企業は増加するものと思われますが、ROICを有効に機能させるためには、「社内全体への浸透」が最も意識すべきポイントであると考えます。

執筆者

株式会社KPMG FAS
ディレクター 荒木 昇

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