アジア企業統治協会(ACGA)第16回年次カンファレンス参加報告

日本のコーポレートガバナンスの現状や課題に関する議論が交わされたセッションを中心に、本誌にてカンファレンスの模様を報告します。

日本のコーポレートガバナンスの現状や課題に関する議論が交わされたセッションを中心に、本誌にてカンファレンスの模様を報告します。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
マネジャー 橋本 純佳

今年のカンファレンスは、11月15~16日の2日間にわたり、コーポレートガバナンス改革が大きく進展する日本で、約10年ぶりに開催されました。
今回のカンファレンスでは、“Corporate Governance in North Asia: Contrasting Path to Reform”をテーマに、13のセッションおよびワークショップが行われました。
カンファレンスのオープニングで、ACGAチェアマンのDouglas Henck氏から、本カンファレンスには定員を大きく上回る324名が17の国々から参加し、その約半数がアジア以外の国や地域からの参加であるとの説明がありました。また、参加者の所属は、市場関係機関、企業など様々ですが、その多くは機関投資家であり、日本のコーポレートガバナンス改革に対する関心の高さが伺えました。
KPMGジャパンは、サポーティングスポンサーとしてカンファレンスに協賛し、主催者であるACGAの許諾を得て、日本のコーポレートガバナンスの現状や課題に関する議論が交わされたセッションを中心に、本誌にてカンファレンスの模様を報告します。
他にも、コーポレートガバナンスについて幅広く、示唆に富む議論が展開されましたが、会議全体の内容については、後日、ACGAのHP1に、抄録として公開される予定です。

1. Asia Overview(アジアのコーポレートガバナンス概況)

<スピーカー>

ACGA事務局長
Jamie Allen氏
×
CLSA(ソウル)
グローバルヘッド・オブ・セマティックリサーチ
Shaun Cochran氏

 

本セッションでは、ACGAがCLSAと協働で2年ごとに発行する調査レポートの最新号「CG Watch 20162」を参照しながら、アジア各国におけるコーポレートガバナンスの進展を概括するとともに、本カンファレンスの開催国である日本におけるガバナンス改革の状況について分析・議論がなされました。
CG Watchは、アジアの11ヵ国/地域(日本、シンガポール、香港、台湾、タイ、マレーシア、インド、韓国、中国、フィリピン、インドネシア)を対象とした調査であり、以下の5つのカテゴリーごとにスコア付けを行い、総合スコアを算出しています。

  • CG Rules&Practices(コーポレートガバナンスに関するルールとその実施状況)
  • Enforcement(証券監督当局、証券取引所、投資家の対応
    状況)
  • Political&Regulatory(政府や規制当局による改革支援の
    状況)
  • Accounting&Auditing(会計及び監査の状況)
  • CG Culture(コーポレートガバナンスカルチャーの成熟状況)

日本は、前回の2014年の調査に引き続き、2016年の総合スコアで香港、シンガポールに次ぐ3位と、上位にランクされています。日本のコーポレートガバナンス改革の進展は概ね評価されており、その主な要因として、コーポレートガバナンス・コードの導入、多くの国内アセットオーナーやアセットマネジャーによるスチュワードシップ・コードの受入、独立社外取締役の選任状況の改善などが挙げられていました。安倍政権が企業のコーポレートガバナンス強化に向けて積極的に働きかけていることや、コーポレートガバナンス改革の成果として、企業が投資家との対話に積極的な姿勢を見せていることも、今後、日本のコーポレートガバナンスがさらに改善していく兆しであるとして、評価されていました。
一方、先述の5つのカテゴリーごとにみると、意外にも「CGRules&Practices」での評価が高くありません。コーポレートガバナンス・コードの導入によるガバナンスの質の向上はスコアを挙げる要因ではありましたが、ガバナンスに関する情報開示が様々な開示媒体に分散されており、投資家が日本企業のガバナンス情報を効率的かつ網羅的に得ることが困難であるとの課題が指摘されました。また、東京証券取引所への提出書類であるコーポレートガバナンス報告書は、英訳されているケースが少なく、海外の投資家にとっては、ガバナンスに関する情報へのアクセスがさらに困難であると述べられていました。
また、さらなる強化が望まれる点としては、取締役の指名プロセス、取締役のトレーニング、機関投資家からの意見発信などが挙げられていました。
今回のCG Watchの調査では、アジアの11ヵ国に加え、初めてオーストラリアも調査対象となりました(ただしランキングからは除外)。オーストラリアは、アジア11ヵ国と比べると、1ポイント差で2位となったEnforcementを除くすべてのカテゴリーで最高スコアを獲得しています。オーストラリアとアジア諸国との差として挙げられていた点の1つが、コーポレートガバナンスに関するレポートの充実度合です。よい情報が多く開示されているため、参考になる点は多いだろうとの説明がありました。
またオーストラリアとアジア諸国の大きな差となっている点の2点目は、企業と投資家の対話のオープン度合であると述べられていました。オーストラリアでは、企業が投資家の役割を良く理解しており、社外取締役やCEOが対話の場に参加するケースも多いとの話がありました。
このようにアジア太平洋地域で見れば、コーポレートガバナンスの改善が進んでいるオーストラリアですが、10年程前までは、必ずしもレベルが高いとは言えず、ここ数年で目覚ましい進展を遂げているそうです。英国や欧州の先進的な取組みだけでなく、オーストアリアにも参考になる点が多いことが紹介されました。

2. The ACGA Debate “Can Complyor-Explain work in North Asia?”(ACGAディベート:コンプライ・オア・エクスプレインは北アジアで機能するか?)

<モデレーター>
デロイト トウシュ トーマツ(ニューヨーク)
コーポレートガバナンス&パブリックポリシー
マネージング・ディレクター
Daniel Konigsburg氏
×
<スピーカー>
USSインベストメントマネジメント(ロンドン)
責任投資部門共同ヘッド
Daniel Summerfield氏
×
サステナリティクス(東京)
インスティチューショナル リレーションズ
ディレクター
James Hawrylak氏


本セッションでは、我が国のスチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードでも採用されている「コンプライ・オア・エクスプレイン(実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)」の手法が、日本を含む北アジアの国々で有効に機能するのか、をテーマに、パネルディスカッションが行われました。セッションには、日本の組織文化や英国で10年以上前に導入されたコーポレートガバナンス・コードの歩み等を熟知するスピーカーが登壇しました。
欧米諸国と比較すると、日本は文化的にリスクテイクに慎重であり、自らの個性を積極的に表現することに慣れていないという背景があるため、コンプライ・オア・エクスプレインが馴染みやすい土壌があるわけではない、という見解が示されました。また、コーポレートガバナンス・コードについては、社外取締役の複数選任といった対応とともに、ガバナンス・コード導入後の1年を終え、既にコーポレートガバナンス・コード対応は終わったと安堵している企業も少なからずあるのではないか、との意見がありました。
これに対して、10年以上前にコーポレートガバナンス・コードの導入を経験している英国でも、やはり導入当初は同様の反応が見られたものの、時間をかけてコードの規範が浸透し、コンプライ・オア・エクスプレインが機能してきた経緯が紹介されました。コーポレートガバナンス改革のための短期的なソリューションはなく、時間をかけて各社の状況や企業文化に合ったガバナンス態勢を構築し、よりよいものにする継続的な取組みが重要であるとのコメントも聞かれました。
今後の日本におけるコーポレートガバナンスの強化については、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の熱心さと、海外もしくはグローバルな機関投資家からの強力なプッシュに後押しされ、より良い方向に変革していくのではないかとの観測も示されました。
また、そのような中長期的な取組みを進める中で、単に欧米型のガバナンススタイルを踏襲するのではなく、日本スタイルといえるような独自のより良いガバナンスのプラクティスを世界に広げ、日本がコーポレートガバナンスのリーダーと呼ばれるようになっていって欲しいとの期待も語られました。

3. Corporate Reporting: Trying to reach a no-boilerplate nirvana(コーポレートレポーティング:雛型の要らないレポートを目指して)

<モデレーター>
TSMC(台湾)
コーポレートコミュニケーション
シニア・ディレクター
Elizabeth Sun氏
×
<スピーカー>
CLPホールディングス(香港)
グループ・ゼネラル・カウンシル&
チーフ・アドミニストレーティブ・オフィサー
David Simmonds氏
×
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 芝坂 佳子


本セッションでは、コーポレートレポーティングがカバーする、財務、ガバナンス、そしてサステナビリティといった幅広い領域で、企業は株主をはじめとするステークホルダーに、いかに意義ある情報提供ができるかを模索することを目的に、パネルディスカッションが行われました。企業における統合報告の取組みの意義や、日本における統合報告の現状についても、パネリストから説明がなされました。
まずは企業側の取組みとして、香港証券取引所の上場会社である電力会社のCLPホールディングスのコーポレートレポーティングの事例が紹介されました。CLPでは、レポーティングをコンプライアンスと捉えるのではなく、自社のストーリーを、正しく、公正に伝えることのできる機会であり、株主・投資家との対話の機会であると捉えて、統合報告書を発行し、自社の価値の源泉や、資源配分をより明確に伝える取組みを行ったとの説明がありました。統合報告書の発行に取り組んだことにより、説明力、透明性、信頼性、ブランド認知度、レピュテーション、中長期的な社会課題や環境課題に対するリスク認識度、規制当局との関係構築、株主とのコミュニケーションなど、多くの点を向上させることができ、価値ある取組みとなったとの感想が共有されました。
また、財務情報のみならず、ESG情報にも目を配ることで、日々の業務の延長上にある短期的な業績だけでなく、より幅広い事象をより長期的な視点で考えることが出来る利点があったとの話もありました。一方で、レポーティングをコンプライアンスと捉えていると、多くの情報を開示することへのリスクの意識が高くなり、意味のある情報提供を阻害することに繋がるため、コンプライアンスの意識を超えた取組みが必要であるとの見解が示されました。
次に日本における統合報告書の発行企業数の増加について、解説がありました。統合報告書を発行する日本企業の数は、2015年に205社に達し、今年も増加傾向が見られているものの、ビジネスモデルや経営資源(資本)に関する説明が不十分であるなど、内容の質については、まだ改善の余地が多く残されているとのコメントがありました。
会場の参加者からも、パネリストに向けて多くの質問があがり、なかでも、レポートの質の向上に向けたヒントを求めるものが多かったのが印象的でした。肝心な点は、企業トップ層に統合報告書をはじめとする統合的なレポーティングの意義を伝え、共感を得たうえで、十分な関与とコミットメントを得ることだと述べられました。
また、単に統合報告書を発行することを目的化するのではなく、日常的に統合報告書を用いて株主をはじめとするステークホルダーと対話を行い、報告書の利用者が何を考え、何を知りたいと思っているのかを聞き、その声を継続的に反映させていくことが重要だとのアドバイスが示されました。

4. まとめ

ここまで紹介した3つのセッションの他にも、日本の機関投資家、社外取締役経験者、企業経営者などが多く登壇し、それぞれの視点で、現在の日本のコーポレートガバナンス改革の進展状況と、今後に向けた課題をどのように捉えているか、について発言されていました。
多くのスピーカーの発言に共通していたのは、日本において、企業がコーポレートガバナンス改革を推進しようとしても、コンプライアンスの意識から脱却しづらい、または社内の軋轢に阻まれてしまう、などの困難があり、海外もしくはグローバルな投資家の視点からは、思うようなスピードで進展していないとみえるかもしれないが、日本はコーポレートガバナンス改革の長い(終わりなき)歩みの大きな一歩を踏み出したところであり、形式だけでなく、実質を伴った改革が今後も進展するよう、企業、投資家コミュニティの双方が辛抱強く歩みを進めるべきであるとの意見でした。

お問合せ