保険規制の進化2016 - 第5章:世界の保険業界に影響を及ぼすエマージングリスク | KPMG | JP
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保険規制の進化2016 - 第5章:世界の保険業界に影響を及ぼすエマージングリスク

保険規制の進化2016 - 第5章:世界の保険業界に影響を及ぼすエマージングリスク

2016年版「保険規制の進化」の第5章をお届けします。保険業界に影響を及ぼし得るエマージングリスクを特定し、評価することは、リスク管理者、保険会社、規制当局に共通する最も困難な課題の1つです。この章では、全ての保険会社と規制当局が考慮しなければならない保険セクターにおける主要なエマージングリスクの一部を取り上げ、概説します。

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はじめに

世界の規制制度がリスクベースの体制をつくり上げる中、リスク管理者の役割がますます重要になっています。リスク管理者、保険会社、規制当局に共通する最も困難な課題の1つは、業界に影響を及ぼし得るエマージングリスクを特定し、評価することです。これは科学ではありません。世界の動向をモニタリングし、想定外のことを考える必要があります。リスクを特定できても、重大な影響の可能性があるにもかかわらず、定量化が困難な場合もあります。

リスク情勢の変化には、環境、テクノロジー、地政学、経済、訴訟をめぐる新たな動向、およびそれらの相互依存性の高まりが含まれます。リスクをより正確に評価し、理解することで、企業にとってより適切な対応が可能となります。保険業界に影響するリスクには、明らかなもの(気候変動など)もあれば、他セクターの動向に起因するもの(自動運転車など)もあります。また、突如として現れるもの(ジカウイルスの発生など)もあれば、時間をかけて徐々に進展するもの(ロボット技術が雇用水準に及ぼす影響など)もあります。

リスクの種類は多岐にわたり、増え続けています。この章では、全ての保険会社と規制当局が考慮しなければならない保険セクターにおける主要なエマージングリスクの一部を取り上げ、概説します。

環境リスク

気候変動

気候は変化しているというのが、現在の一般的な考え方です。保険会社は、関連リスクへの対応を検討するとともに、気候にかかわる地球規模の大損害に備える必要があります。

2015年12月、パリで開かれた国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で、二酸化炭素排出量削減取組みのモニタリングと報告に関する枠組みを定めたパリ協定が採択されました。200ヵ国近くが、排出量抑制に向け積極的に取り組む必要性に合意しました。パリ協定の署名期間は2017年4月21日までの予定ですが、本書の執筆時点で既に177ヵ国が署名を終えています。この協定の3つの主な目的は、二酸化炭素排出量を削減すること、気候変動に適応すること(損失と損害を管理するための解決策の創出を含む)、このプロセスへの新たな資金提供義務に合意することです。パリ協定は、気候変動の影響軽減に向けた国際的機運の高まりを示しています。

2015年9月、英国の保険規制当局は、英国保険業界における気候変動の影響に関する報告書を発行しました※1。この報告書の内容は英国特有のものではなく、他の地域の保険会社にも当てはまる可能性があります。

この報告書では、保険会社は以下の3つの主要領域で気候変動リスクにさらされていると結論付けています。

  • 物理的リスク:
    洪水や暴風など、天候関連事象に起因するリスク。直接被害に加え、グローバルサプライチェーンの途絶や資源不足など事後的に生じる間接被害も含む。
  • 賠償責任リスク:
    第三者からの損害賠償請求(専門職業人賠償責任保険契約などに基づく)に起因するリスク。第三者が気候変動により被った損失や損害の賠償を被保険者に請求し、認められた場合、その責任の一部または全部が被保険者の保険会社に転嫁される。
  • 移行リスクまたは経済リスク:
    低炭素経済への移行に伴い発生し得る金融リスク。例えば、炭素集約型資産の価格変更が起こる可能性、およびそうした価格変更が起こり得る速さなど。また、それより影響は小さいが、保険会社は炭素集約型セクターにおける保険料低下に適応する必要もあるかもしれない。

保険会社は、自然災害関連リスクの軽減において豊富な経験を持っています。気候変動への挑戦には、業界からのさまざまな対応が必要であり、既に多くの保険会社がリスク軽減策を実施しています。例えば、保険会社は気候変動の影響に対する理解を深め、対策を講じるだけでなく、以下のような取組みも行っています。

  • 顧客が潜在的な損害を抑制し得る方法を特定し(土地利用の変更、建築基準の強化、計画策定の改善など)、気候変動に関連したリスク管理に注力できるよう支援している。
  • 顧客のために新たなリスク軽減策を考案することに加え、気候変動が顧客の保険契約ポートフォリオと投資ポートフォリオに及ぼし得る影響を評価している。

また、クリーンで再生可能なエネルギーの普及が進む中、保険会社は炭素関連資産への大口投資家であることによる潜在的な風評被害を評価した上で、そうした資産を手放すかどうか、手放すとしたらいつ手放すべきかを検討しています。さらに、気候変動がもたらす水質汚染や食糧不足といった潜在的影響にどう対応すべきかについても検討しています。

保険業界は全般的に、気候変動が保険補償コストおよび将来のソルベンシーに与え得る影響をよく理解しているようです。保険会社は、気候に関連する要因を評価し、どのような場合に重大な責任を負担する可能性があるかを見直し、エクスポージャーをどのように見積もるかを検討しています。保険規制当局側も、ビジネスモデルの持続可能性に対する潜在的影響など、気候変動リスクの要因評価を現行の監督フレームワークに含めるようになりつつあります。

 

※1 健全性監督機構が環境・食料・農村地域省に提出した気候変動適応報告書「英国保険業界における気候変動の影響」、2015年9月

フラッキング

「フラッキングに起因する賠償請求は極めて巨額なものとなり、サプライチェーンの隅々までその余波が広がる可能性があります。油井・ガス井事業者や掘削請負業者が、環境賠償責任リスクや一般賠償責任リスクにさらされるでしょう。」

 

フラッキング(水圧破砕法とも言う)とは、一般に非在来型の地下エネルギー貯留層から坑井を通して天然ガスや石油を採取するために、長年用いられてきた技術です。このプロセスでは、地下の岩体に液体を注入して割れ目を生じさせ、内部に溜まっているガスや石油を採取します。

近年、この手法には厳しい視線が向けられています。
主に3つのリスクが指摘されています。

  • 液体中の化学物質が地下水汚染を引き起こす恐れがある。
  • 廃液の処理が不適切な場合、悪影響が残る。
  • 過去に自然地震の記録がない国でも、このプロセスの影響で地震活動が増える可能性がある。

地震活動によるリスクは、日頃地震を経験していない国ほど大きくなりますが、こうした国では地震に対する意識が低く、保険による対応も不十分でしょう。米国のオクラホマ州もそうした地域の1つです。同州では、2015年にマグニチュード3以上の地震が907回発生しましたが※2、これは2014年の585回、2013年の109回に比べて大幅な増加です。オクラホマ州エネルギー・環境局のウェブサイトには、フラッキングに関する多数の学術研究論文が掲載されています。同サイトには、「オクラホマ地質調査の結果、オクラホマ州中部および北中部における最近の地震の大半は、随伴水を排水井に注入したことによって引き起こされた可能性が非常に高いことが確認された」と記載されています。

フラッキングに対する規制および国民の支持の度合いは世界各国で異なりますが、その利用は拡大しています。例えば、最近では英国北部の3州でフラッキングの開始が認可されました。

フラッキングに起因する賠償請求は極めて巨額なものとなり、サプライチェーンの隅々までその余波が広がる可能性があります。油井・ガス井事業者や掘削請負業者が、環境賠償責任リスクや一般賠償責任リスクにさらされる一方、フラッキングに用いられる化学物質の生産チェーン全体が、製造物責任リスクにさらされるでしょう。

 

※2 オクラホマ州の地震に関するウェブサイトの「What we know」セクション

テクノロジーリスク

多くの保険会社が契約管理やその他の業務でレガシーシステムに悩まされる一方、リスクプロファイルの変化に対応するための大規模なイノベーションも進んでいます。例えば、自動車保険ではテレマティクスを活用することで、より個別化された保険引受が可能になっています。リスクと機会の両面で、今年、特に注目すべき分野は、サイバーリスク、ナノテクノロジー、発光ダイオード、自動運転車の4つです。

サイバーリスク

サイバー犯罪のリスクは全てのビジネスに関連します。保険会社にとって重要なことは、サイバーリスクがいかにして顧客および自社の損失の原因となり得るかを理解することです。これは新しいリスクではありませんが、依然として保険の引受が難しい分野です。なぜなら、サイバー攻撃の影響度は、攻撃の悪質性や、標的となった企業が攻撃を探知し、修復するまでに要する時間によって大きく異なる可能性があるからです。

保険会社は、自社の機密情報や保険契約者情報の保護も確実に行わなければなりません。保険会社は膨大な量の個人情報を保有しています。そのため、万一サイバー攻撃を受けた場合、深刻な風評被害や財務的損失を被るリスクがあります。サイバーセキュリティに欠陥があれば、オペレーション、中核プロセス、風評に影響が及ぶ可能性があります。さらに、金融サービス業界全体に対する人々の信頼も損なわれかねません。

保険監督者国際機構(IAIS)は2016年4月、「保険セクターにおけるサイバーリスクにかかるイシューペーパー」※3を発行し、コンサルテーションにかけました。その目的は、サイバーリスクへの対応に関する監督上のアプローチを含め、サイバーリスクがもたらす課題への認識を高めることにありました。このイシューペーパーは、監督機関と保険会社にリスクの例を示しているほか、監督上の実務や課題についても論じています。

サイバーリスクによってもたらされるのは、データ管理リスクです。スイス・リーの2016年SONARレポート※4から引用した2つの例を考えてみましょう。

  • 偽データ:
    不正確なビッグデータのこと。これだけ大量のデータが利用できるにもかかわらず、その全てを合理的に暗号化できるわけではないため、一部の送信データは保険契約者に改ざんされる恐れがある(ウェアラブルテクノロジーからの場合など)。保険契約の価格設定でビッグデータの利用が拡大すると、価値が正確に評価されていなかった契約のリスクが高まり、保険詐欺が増加したり、将来発生しそうな保険金請求を予想できなかったりする可能性が増す。
  • プレシジョン医療:
    個人に関する具体的な遺伝情報やライフスタイル情報を活用し、その個人に最適な治療計画を個別に作成する医療モデルのこと。このアプローチにより、短期的には医療費が増大する可能性があるが、長期的には健康保険費が低減すると期待されている。一方で、個別化された治療計画を作成するには膨大な量のデータが必要になるため、これらのデータを管理・転送することは、将来的に重大な責任問題を引き起こしかねない。こうした大量のデータはクラウド上で管理されるとみられることから、機密保持やプライバシーについての懸念が生じ、それゆえ責任も増大する。また、特に逆選択というリスクにさらされている生命保険セグメントでは、個別化されたデータベースが存在すること自体がリスクを生む可能性もある。

サイバーリスクは、大きなビジネス機会ももたらします。保険会社に対しては、企業への攻撃に関連した損失や個人情報の喪失を補償するサイバー保険商品の需要が高まっています。現在、こうした保険の大半は米国で提供されていますが、補償範囲は地理的に拡大しつつあります。一般的な補償範囲には、事業中断(システム遮断時)によるコストに関連する直接的損害、および間接的コスト(企業が顧客に支払った補償金や調査費用など)が含まれます。インシデント管理における支援の提供も契約に含まれる場合があります。

 

※3 保険セクターにおけるサイバーリスクにかかるIAISのイシューペーパー、2016年4月14日
※4 スイス・リーによる「SONAR:エマージングリスクの洞察」、2016年5月

ナノテクノロジー

ナノテクノロジーは、原子スケールで形成された粒子(ナノ粒子)を物理的な製品に組み込んで活用する技術で、比較的新しい科学の一分野です。医薬品、電子機器、食品安全、スポーツ用品など、さまざまな領域で利用されています。

原子レベルでは、粒子の特性は大きく変わります。例えば、強度や反応性、熱伝導性が高まることがあります。しかし、こうした性質の長期的な影響や有毒性はまだ明らかになっていません。

ナノ粒子は、簡単に吸い込んだり、皮膚から吸収したり、体内に摂取したりすることができます。それらが体内に入ってから蓄積し、より大きな粒子を形成することも考えられます。ナノ粒子自体は無害だとしても、その小ささゆえに実体が分からなかったり、体の自然防御機構を弱らせる別の有毒粒子を助けたりする可能性はあります。保険会社は、アスベスト問題の教訓に学び、こうしたリスクを踏まえた上で医療保険の契約条件を検討しなければなりません。

また、ナノ粒子は、殺虫剤のジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)で起きたように、食物連鎖を通じて伝播し、環境リスクを引き起こすかもしれません。

一般に、保険会社はこの種の損失を抑制するため十分な免責事項を設ける傾向にあります。しかし、万一、上記のようなリスクが発現した場合には、公害による大規模損害が発生しかねません。使用者賠償責任、製造物責任、環境賠償責任、会社役員賠償責任などの保険を引き受ける保険会社は、このエマージングテクノロジーをめぐる動向を積極的に注視する必要があるでしょう。

発光ダイオード(LED)

今やLED電球は、一般の家庭やオフィスで当たり前のように目にします。LEDは部屋の照明やテクノロジー(電話、ノートパソコン、テレビスクリーンなど)、信号機に使われています。従来型の電球に比べ、エネルギー効率が高く、寿命も長いです。ここ数年で価格も下がり、市場シェアは急速に拡大しています。

生活や仕事、趣味におけるテクノロジー依存が高まり、また、子供のテクノロジー利用も大幅に増える中、LEDへ接する時間はかつてないほど長くなっています。特に、スマートフォンは顔に近いところで持ち、光を直接見ながら使用します。万一、LEDの使用が健康に悪影響を及ぼすことが明らかになれば、傷害保険の請求が高まる可能性があります。

LEDの使用から生じ得る主なリスクは2つあります。

  • 睡眠障害:
    LEDはブルーライトを発するが、それがメラトニンの生成と人間の体内時計に影響を及ぼす可能性がある。その結果、睡眠障害とそれに伴う健康問題が生じることが考えられる。
  • 網膜の損傷:
    LEDが発するブルーライトが網膜を損傷させ得るというリスクがある。特に、目が十分に発達していない子供にとってはリスクが高くなる。LEDは通常、青色の光を白色に変える蛍光体でコーティングされている。しかし、このコーティングは時間とともに劣化する可能性があるため、製品を長く使用するほどリスクは高まる。

現在、メーカーや製品開発者の間でこうしたリスクの軽減に向けた大きな動きはありません。

今後、万一こうしたリスクが発現した場合、保険会社はアスベストの場合と同様の課題に直面することになるでしょう。すなわち、どの時点で被害が発生したとみなすか、そして具体的にどの製品がその被害に関連付けられるかを明確にしなければなりません。

自動運転車

自動運転車は徐々に一般化しつつあります。今や一般市民がドローンを利用できるようになり、ロンドンなどでは無人電車が走行する路線もあります。自動運転車は、世の中の流れを激変させるものとなるでしょう。

自動車(およびその他の道路走行車両)には既に、自動緊急ブレーキ(AEB)やエアバッグ、パーキングコントロール、GPSナビゲーションなど、いくつかの自動機能が備わっています。しかし、完全自動運転への移行は長い道のりとなりそうです。適切な法令と人々の支持があったとしても、完全自動運転車が現実のものになるには10年近くかかるとみられます※5。半自動運転車(技術的には自動で走るが人間のドライバーによる監視が必要)の試験走行は、既に世界の多くの国で行われています。

このテクノロジーにより、自動車保険業界では事故時の責任分担を決める仕組みの大幅な変更が必要となります。車の自動化が進めば、メーカーの製造物責任が拡大するため、個人向け自動車保険セクターは縮小するでしょう。責任がメーカー側に移行することにより、自動車保険の集積リスクは高まります(メーカーの製造した車の全てに欠陥がある場合など)。

事故保険以外の面では、運転自動化は新たな種類のサイバーリスクを企業とその保険会社に直接もたらします。既に新世代の自動車は、膨大な量の個人情報を収集・保存しています。保険会社にとっては、ナビゲーションシステムから得た位置情報、ドライバーの行動パターン(運転手が速度制限を守っているかどうかのモニタリングなどによる)、携帯電話との連携を活用することで、ドライバーの責任ある行動を優遇するような、より個別化された保険商品を開発する機会が生まれました。こうした商品の一部はサードパーティーによって提供されるため、事故発生時の責任分担はますます複雑化しています。さらに、運転行動情報を含むデータベースがハッキングされた場合の責任を負担する保険も新たに登場しています。

完全自動運転への移行は段階的に進むとみられます。そのため短中期的には、3種類の重複した保険商品が市場に混在することになりそうです。すなわち、従来型の個人自動車保険、製造物責任保険、および保険会社自身の個人情報漏洩を補償するための保険です。

移行には時間がかかるため、その間に、人々は自動運転車に対する信頼を高め(身の安全とデータの安全の両方において)、自動車業界は「従来型」自動車の生産量を減らし、自動運転車の生産量を増やしていくことになるでしょう。消費者の需要が拡大し、メーカーがその需要に速やかに対応できたとしても、それだけでは完全自動運転への移行を早めることはできません。自動運転車が適切に走行できるためには、大規模なインフラ変革が求められます。そのためには、インフラへの資金拠出とその後の建設プロジェクトを許可する法律が必要となります。さらに、自動運転車と人間が運転する車が道路を共有する際に生じ得るさまざまな状況に対応するために、交通安全に関する法律を改正する必要もあるかもしれません。テクノロジー愛好家や自動車業界は、自動運転車に対する人々の支持を高めるため、無過失保険の廃止に向けた法改正を求める可能性があります。

たとえ完全自動運転が実現しても、システムが何らかの問題を起こした場合、乗車している人間は果たしてどの程度の責任を負わされるのか、という疑問が生じます。さらに、自動車メーカーと、ライドシェアリングテクノロジー企業(車と乗客を結び付けるサービスを提供する企業)と、乗客自身との間で、責任を適切に配分するための仕組みについても疑問が出てくるでしょう。現在の自動車保険は、通常、ドライバーと車の所有者が同一人物であることを前提としています。しかし、自動運転車は高額なため、少なくとも当面は、ほとんど一般市民は所有せず、自動車メーカーが所有し、ライドシェアリングサービスがリースするという形になると考えられます。

事故が起きた場合、まず問題となるのは、誰が車を操作していたかを判断することです。選択肢は3つあります。すなわち、車を所有している自動車会社、輸送を手配した(それゆえルートを計画した)ライドシェアリング企業、実際にナビゲーションシステムを操作した第三者です。また、乗客の行動が車の制御を妨げた可能性を考慮に入れるため、寄与過失の概念を拡大する必要もあるでしょう。

自動運転車は、業界にさらなるマクロ的な影響を及ぼすでしょう。このテクノロジーがもたらす最大の社会的恩恵は自動車事故の減少であると期待されています。したがって、他の全ての条件が同じなら保険金支払額は減少することが予想されます。一方で、サイバーリスクやテロリズム(本章で後述)とも深く関連しています。具体的には、システムが収集した個人情報がハッキングされることや、システム自体が遮断され、車の制御を奪われ、個人の安全が危険にさらされることが考えられます。短期的には、人間が運転する車とコンピューター制御の車が道路上に混在することにより、事故が増加する可能性もあります。保険会社としては、このテクノロジーの普及が進む中、相互に関連するこれらのリスクを常に念頭に置いておくことが賢明でしょう。


「車の自動化が進めば、メーカーの製造物責任が拡大するため、個人向け自動車保険セクターは縮小するでしょう。責任がメーカー側に移行することにより、自動車保険の集積リスクは高まります。」


※5 テレグラフ紙記事「完全自動運転車ができるまで何年かかるか」、2016年5月19日

地政学リスク

テロリズム

テロリズムは新しい事象ではありません。しかし、さまざまな新しい展開が相次いで起こり、テロリストが活動する仕組みも拡大しています。例えば、ソーシャルメディアやその他モバイルコミュニケーションの利用が広がる中、テロ組織の要員募集や宣伝にそうしたツールが使われる例が増えている、地域的な紛争が激化している、国家によるサイバー戦争が増大している、大国間での地政学的・経済的な力の再配分が起きている、といったことが挙げられます。こうしたことから、私たちは引き続き、テロリズムをエマージングリスクと捉えています。

2001年9月11日のニューヨークとワシントンD.C.に対する攻撃以降、世界中でテロ対策活動が推進・強化されてきました。これまでのところ、当時と同規模の攻撃は再発していません。しかし、探知することが難しい比較的小規模で単純な攻撃の数は増えています。こうした攻撃は、テロ組織の名の下で活動する、いわゆる「一匹狼」型の犯人によるものです。さらに重要な点は、こうした攻撃の頻度が過去1年間に増加したこと、そして攻撃の標的がナイトクラブ(パリ、オーランド)や、職場(オレゴン)、中規模都市(ブリュッセル、アンカラ)など、目立たないソフトターゲットに移ってきたことです。

こうしたテロ攻撃の形態の変化を受け、保険の焦点を変える必要性が出てきています。大規模な財物損害の保険は、これまでほど一般的でなくなると予想されますが、それでも基本的に重要であることに変わりありません。一方で、事業中断・賠償責任保険がより重視されるようになっています。事業中断保険と財物保険が一緒に販売されるのが一般的な地域では、保険会社が、財物以外の損害もテロリズム保険パッケージに含めることを検討し始めています※6。ナイトクラブなど、人々が集まる場所を提供する小規模企業も、こうした保険を求めるようになるかもしれません。

サイバーセキュリティ(本章で説明)もテロの標的となりやすいです。現在、知られているテロ組織には、大規模なサイバーテロ攻撃を成功させる能力はないと思われますが、この状況が急に変わることはあり得ますし、特にテクノロジーが進化すればそうなる可能性は高いでしょう。ロシアとの小競り合いの最中、エストニアの電力網と通信網が攻撃を受けた事件から何年もたった今でも、国家の支援によるハッキングに対する懸念は残っています。さらに、テロ組織とは無関係のハッカーたちが、製品、企業、人々に損害を与えることを目的に、原子力発電所などの重要インフラを標的とする例も増えています。人命が失われる可能性があるため、保険リスクの範囲が拡大しています。

 

※6 JLTスペシャルティのウェブサイト「英国のテロリズム保険はいかにしてエマージングリスクに適応しているか」、2015年4月24日

パンデミックリスク

パンデミックはこれまでの歴史を通じ、平均30年から50年の周期で繰り返されてきました※7。現在では、以前より質の高い医療を利用できるようになったほか、世界保健機関(WHO)などの組織が中心となり、危険な病気の大流行を抑えるために国境を越えた世界規模の連携や情報交換を推進していることから、世界全体では人々の健康は向上しています。一方で、さまざまな社会的要因から、パンデミックはこれまで以上に深刻化するとのリスクが指摘されています。例えば、世界的な人口増加と都市化、物や人の国際移動のコストと時間の縮小、国際的移住、抗生物質耐性菌の脅威、といった要因があります。また先進諸国では、利用可能なワクチン接種を拒否する人の数が、わずかではあるものの注目に値する程度に増えていることが、管理可能な病気の影響を増大させています。

流行病の深刻度はさまざまな要因(病気の特性、治療の利用可能性、伝染のしやすさなど)によりますが、世界的なパンデミックに至るには、流行病が都市部または国際的な往来の多い場所で発生し、そのため容易に広がってしまうことが前提条件となります。通常、この2つの側面は関連しており、先進国でより多く見られます。最近、対照的な2つの流行病が発生しました。

  • 西アフリカで流行したエボラ出血熱は、発生した地域と世界の他の地域を結ぶ輸送手段が乏しかったため、ほぼ封じ込められた。
  • 現在流行しているジカウイルスは、移動する人間だけでなく、蚊が媒介することもあるため、いまだに拡散し続けている。

ジカウイルスは主に、ウイルスに感染した蚊を媒介して伝染します。このほか、妊娠中の母子感染や性交渉による感染が明らかになっています。ジカウイルスは、小頭症やその他の神経障害などの先天性障害を引き起こします。ジカウイルスはこれまでに、米国の海外領土と本土を含む複数の国で発見されています。WHOは2016年2月1日、ジカウイルスについて「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました※8

一般に先進国ほど、生命保険や健康保険の加入率が高く、医療の質も優れています。これはつまり、先進国で世界的なパンデミックが発生した場合、後進国の場合に比べ、保険会社の負担するコストがはるかに高くなることを意味しています。一方で、一部の途上国でマイクロインシュアランスの販売や保険加入率を向上させるための努力が推進されていることから、パンデミックのリスクは途上国で活動する保険会社にも影響を及ぼすことになります。

先進国で多くの加入者を抱え、より高度な医療の給付金を負担する保険会社は、そうした条件の下ではパンデミックの発生に十分備えられない可能性があるということを認識しなければなりません。

生命保険・健康保険セクターにおけるより広範な問題は、急速な医療の進歩をいかに織り込むべきかということです。保険契約者側から見れば、医療の進歩により、死亡や病気の長期化の確率は下がります。一方で保険会社側にとっては、過去には死に至っていたかもしれない事故や病気に対する保険金の支払期間が長期化し、総体的なコストが増加する確率が高まります。

パンデミックは、損害保険セクターの保険金を増大させる可能性もあります。例えば、一般賠償責任保険や専門職業人賠償責任保険は、誤診によりパンデミックが発生した場合リスクにさらされ、また、使用者賠償責任保険は、医療スタッフの防護を適切に行わなかったことによるリスクにさらされると予想されます。

二次損失も大規模になる可能性があります(事業やサプライチェーンの中断、イベントの中止など)。インフラが損壊し、支援要請が増加・集中する結果、保険金請求額が増大することも考えられます。

世界銀行グループは2016年5月、国際開発協会(IDA)の融資適格国である最貧国を支援するため、パンデミックリスクに対する保険基金を立ち上げると発表しました※9。これはパンデミック緊急ファシリティ(PEF)と呼ばれ、エボラ出血熱などの新しい病気への対応を支援するための5億ドルの基金として発足します。PEFは、再保険市場で調達した資金と、特別に開発されたパンデミック大災害債券を世界銀行が発行して得た資金を統合することにより、パンデミックリスクに対する世界初の保険市場を効果的に立ち上げます。

 

※7 ロイズの新興市場リスクチームによるマーケットペーパー「パンデミック:保険への潜在的影響」、日付不明
※8 米国疾病対策センターのウェブサイトのジカウイルスに関するページ
※9 フィナンシャル・タイムズ紙記事「世界銀行がパンデミックリスクに対する初の保険市場を立ち上げ」、2016年5月22日

経済リスク

自動化時代の雇用

より高度な知能ロボットや機械学習アルゴリズムが開発され、人工知能が広がりを見せる中、経済全般において特定の仕事の自動化が進み、今後もその傾向が続くことが予想されます。

これまでは、労働市場で自動化によるリスクにさらされている職種と言えば、高度な技能を必要としない肉体労働職やサービス職でした。これには製造作業や、より新しいところではスーパーのレジ業務などが含まれます。ロボットの性能が高まり、さまざまな危険作業や反復的作業、過酷な作業を担えるようになったことから、自動化の推進は、企業の効率化を向上させると同時に、労働者が作業中に負傷するリスクを低減させる手段になるとみなされるようになりました。

また、これにより少なくとも理論的には、人々がより充実した仕事に就く機会がもたらされました。しかし、実際に新たな仕事が生み出されても、そのほとんどは科学、技術、工学、数学(STEM)の知識やグラフィックデザイン、コンピューター工学、コミュニケーションなど、高い技能を必要とする仕事でした。

ところが最近、本格的な研究により、機械学習を使えば人間より素早い判断が下せるようになるため高技能職にもリスクがあるということが明らかにされました。オックスフォード大学が2013年に行った研究※10は、米国における全職業の半分近くは今後20年で自動化されるリスクがあると指摘しています。また、Citi GPSは2016年1月、OECD加盟国全体で57%の仕事が自動化のリスクにさらされる可能性があると予想しました。この割合は途上国ほど大きく、例えば英国が35%であるのに対し、中国は77%となっています※11。しかし、急激な構造転換は起こらないとみられます。

米国の2016年大統領経済報告※12には、「ロボット技術は急速に成長しているものの、経済の全領域に影響を及ぼしたり人間の労働者に取って代わったりする段階には達していない。しかし、それでもロボット技術は企業や、さらに広い意味では生産性に極めて重大な結果をもたらす可能性を持つ」と明記されています。また同報告は、急激な大量失業は「起こりそうもない。なぜなら、機械がこれまで人間がしていた作業をできるようになれば、人間の所得が上がり、消費が増え、職を求めるほとんどの人が就業できるほどの仕事が生み出されるということが、数世紀にわたる技術革新によって証明されているからである」と論じています。さらに現在、労働市場では低技能職、高技能職のいずれにおいても、非日常的な問題を解決する仕事や「状況に対する即応性」が求められる仕事は、将来的なロボット自動化のリスクが最も小さいと指摘されています。

社会全体の技能向上が世界中で推進される中、ロボット技術の進化に伴い、高技能職もリスクにさらされる可能性があります。例えば、機械学習アルゴリズムには金融アドバイスを提供する技術的な能力があります※13。現在、こうしたアドバイス提供においては人間同士のやり取りが重視されていますが、「ボット」(自動で継続的に動作するソフトウェア製品)のおかげで、資産管理市場でこれまで個人アドバイザーを使っていなかった顧客層も、高度な資産配分戦略を利用できるようになっています。ボットは、他にもさまざまな反復的情報処理業務に使用することができます。ビッグデータと機械学習は、既に保険セクターで保険金請求の承認時間を短縮するために使用されており、他の領域に広がることは無視できません。

こうした労働市場における変化は、保険会社に以下のようなさまざまな難しい課題をもたらします。

  • 失業が広がれば、個人保険や使用者賠償責任保険の需要が徐々に減少する。
  • 信用保険など、一部の事業部門で保険金請求が増加する可能性がある。
  • 自動化が進めば、サイバー関連保険に対する需要が拡大する。
  • 自動化が進めば、ロボットメーカーからの製造物責任保険に対する需要、およびロボットを使用する企業からの事業中断保険に対する需要も拡大する。
  • 失業率の上昇は政治的・社会的混乱を招き、財物損害保険の請求、事業中断、不正行為の増加につながる可能性がある。

ただし、混乱の広がりは変化の速度と相関関係にあります。近年、特にフランス、イタリア、ギリシャなど、失業率の高い国々で起こった労働争議では、物的損害は低水準にとどまった一方、ストライキによる事業中断損害は高額に上りました。自動化は必ずしも負の影響だけをもたらすものではありません。2016年大統領経済報告で引用された研究では、ロボット技術は年間国内総生産(GDP)成長率と労働生産性上昇率の両方を引き上げたと指摘されています。

ワーク・ライフバランスが次第に変化することにより、経済的・社会的契約の機能の仕方がより緩やかに構造転換していくかもしれません。さらに、自動化により、文化的・創造的活動やボランティア活動に使える時間が増えることで、保険セクターに新たな道が生まれることも考えられます。以下に例を挙げます。

  • 小規模企業、特にアドベンチャーレジャー分野で交通手段や設備の提供にかかわる企業の保険需要が拡大する可能性がある。
  • 旅行会社がサービス利用客の増加に伴い、より革新的な保険を求める傾向が高まる可能性がある。

さらに重要な点は、保険の内容が変化していくことです。小規模企業、特に、「オンデマンド」や「ギグエコノミー」に関連した日常的なデータ処理作業を自動化するためロボットの利用が増える企業は、中核となるITプラットフォームやそこに保管した個人データに対する高度な保険を求めるようになるでしょう。さらに、旅行業界における輸送・宿泊部門の革新的企業は、自社の事業基盤となる物理的な設備や財産の所有権・管理権を一切持たないため、従来の旅行代理店に比べ、より高度な事業中断保険や賠償責任保険を必要とするでしょう。

 

「…ロボット技術は、経済の全領域に影響を及ぼしたり、人間の労働者に取って代わったりする段階には達していない。しかし、それでもロボット技術は企業や、さらに広い意味では、生産性に極めて重大な結果をもたらす可能性を持つ。」

 

※10 カール・ベネディクト・フレイとマイケル・A・オズボーンによる論文「雇用の未来:仕事はコンピューター化の影響をどれだけ受けるか」、2013年9月17日
※11 Citi GPS(グローバル・パースペクティブ・ソリューションズ)による「職場のテクノロジー、バージョン2.0」、2016年1月
※12 ホワイトハウス大統領経済諮問委員会による大統領経済報告、2016年2月
※13 ビジネスインサイダー記事、「ロボットが仕事を奪う:人工知能はどのように失業と不平等を増大させるのか」、2016年2月15日

訴訟リスク

製造物責任 - タルク

タルクはマグネシウム、シリコン、酸素、水素で構成される天然成分です。ベビーパウダーなど、さまざまな化粧品やパーソナルケア製品に使用されています。1970年代以降、複数の研究機関がタルクとがんの関連性を警告してきました。これには、米国のブリガム・アンド・ウィメンズ病院の研究者らが2015年に発表した論文※14が含まれます。

正式な科学的合意はなされていないものの、最近米国で注目された2つの裁判で、ベビーパウダーの衛生目的での女性器への使用と卵巣がんとの関連性を認める判決が下されました。他の(または関連の)製品に関係するその他の未知の健康リスクについては、引き続き係争中の事案となっています。

いずれの裁判も、被告人はジョンソンベビーパウダーを販売する製薬企業ジョンソン・エンド・ジョンソンです。被告人はそれぞれの裁判で7,200万ドルと5,500万ドルの賠償金支払いを命じられた上、他にも1,000件の訴訟が継続中です※15。同社の製造物責任が認められたのはこれらの裁判が初めてですが、2013年にも同社は、製品と卵巣がんの関連性が疑われていることを周知すべきだったにもかかわらず、それを怠ったとして敗訴しています。

アスベスト同様、この新たな製造物責任訴訟は進展し続けています。例えば、使用期間をどのようにして特定し、検証するか、そして、がんの原因としてのタルクをどのように測定し、証明するか、といったことはまだ明確になっていません。

ジョンソン・エンド・ジョンソンは判決について控訴するとともに、製品に警告表示を付ける必要性を引き続き否定しています。保険会社としては、タルク訴訟が将来も続いていく可能性が高いことに留意する必要があります。

 

※14 ピアレビューのある専門誌「エピデミオロジー」にオープンアクセスで掲載された論文「タルクの使用と卵巣がんの関連性:米国の2州における遡及的症例対照研究」、2016年5月
※15 ロサンゼルス・タイムズ紙記事「ジョンソン・エンド・ジョンソン、ベビーパウダーがん訴訟でまた敗北」、2016年5月3日

KPMGの見解

保険リスクの形は変化と拡大を続けています。

リスクベース制度への転換により、保険業界のリスク管理者は、こうした転換に伴うリスクと機会をこれまで以上にダイナミックに評価することが可能になりました。保険が顧客に提供する金融セーフティネットの有用性には変わりはありません。さらに、保険契約者である顧客企業は自社の事業を調整するにあたり、保険会社を重要な支援者かつ助言者とみなす傾向が高まっているようです。

現在進行中のテクノロジー革命は、保険会社とその顧客に新たなリスクとビジネスチャンスをもたらし続けています。この章では特に、テクノロジーがいかに各種リスク間の相互関連性を強める一方で、保険可能なリスクを新たに生み出しているかに注目してきました。リスク管理者、規制当局、保険会社が今後も協力し、この変化し続ける状況をしっかり把握していくことが重要でしょう。

「保険規制の進化2016」について

「保険規制の進化」はKPMGインターナショナルが発行する年次レポートであり、保険業界が直面する規制関連の主要なトピックを取り上げています。第6版となる今年のレポートは各章を順次発行する方式とし、今回、第5章をリリースしました。

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