創造志向のCIOアジェンダ:デジタルトランスフォーメーションの推進に向けた6つの布石

CIOにとって今日ほどエキサイティングかつチャレンジングな時代は無かったと言っても過言ではありません。次々と登場する破壊的テクノロジー(Disruptive Technology)が産業構造の根本的な変化を牽引し、「第四次産業革命」は既に身近な現実となりつつあります。

CIOにとって今日ほどエキサイティングかつチャレンジングな時代は無かったと言っても過言ではありません。

電球

デジタルディスラプションや破壊的テクノロジーなど、テクノロジー・イノベーションの加速と連鎖が、産業構造や企業経営、社会システムを根底から覆す状況を形容するキーワードを見聞きする機会が増えています。一方で旧来型の構造に変化が生じる過程で新産業の創造や生産性革命の機会も数多く生まれており、そのような状況を「第四次産業革命」と呼ぶ声も高まってきました。
本稿では、CIOサーベイをはじめとするKPMGの調査・研究活動の成果や、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーションを支援してきた経験に基づき特定した、CIOが今まさに取り組むべき6つの重点テーマについて解説しています。

イントロダクション

CIOにとって今日ほどエキサイティングかつチャレンジングな時代は無かったと言っても過言ではないでしょう。次々と登場する破壊的テクノロジー(Disruptive Technology)が産業構造の根本的な変化を牽引し、「第四次産業革命」は既に身近な現実となりつつあります。また、変化の過程で新しい産業が創造されるだけにとどまらず、既存産業にとっても無限大の事業機会を見出すことが可能な時代に突入しました。

破壊的テクノロジーと形容される技術革新の加速と連鎖は、既に絶大な社会的インパクトをもたらしています。先進国であるか発展途上国であるかに関わらず、今や世界中にスマートフォンとモバイルアプリが溢れ返り、新しいものを熱心に取り込む先進テクノロジー愛好者は増加の一途を辿っています。このような時代にCIOが自社の競争優位の確立に貢献するためには、これらの破壊的テクノロジーを駆使して、新たなビジネスモデル、製品・サービス、顧客エンゲージメントの在り方を創造できるだけの洞察力を有していることが大前提となります。そして、何よりもスピードこそが価値創造の生命線となります。これまではITソリューションを求めて事業部門がIT部門に依存せざるを得ない構図が一般的でした。しかしながら今日では、クラウドネイティブなITサービスの爆発的な増加と普及により、IT部門が介在しないITソリューションの調達・実装が可能になっています。また、事業部門もその状況を熟知しており、最新テクノロジーの活用機会を自ら模索するようになっています。次々と登場する最新テクノロジー、多様化するソーシング形態、テクノロジー愛好家と化すステークホルダーたちの3つのベクトルが重なり合うことで、企業活動におけるIT機能を通じた価値創出プロセスの創造的な破壊ともいえる抜本的な変化が起ころうとしています。

CIOは、既存のIT資産と最新の破壊的テクノロジーの両方を理解する者として、本来的には自社のデジタルトランスフォーメーション(デジタル技術を活用した企業変革)を計画、指揮するのに最もふさわしい立場にあります。デジタルトランスフォーメーションの実行には、全社的なビジョンと戦略を強力に推進できるリーダーが不可欠で、リーダー不在の場当たり的な改革推進アプローチは、各部門の責任者による”Quick win”を大義名分とした個別最適の追求を容認する大きなリスクを伴います。結果として、施策・資産の重複や分断されたデータベースなどの負の遺産だけが残り、IT運用コストの増加、効果的なデータ活用の阻害、セキュリティやコンプライアンス上のリスクの露呈といった長期的な問題が生じることも懸念されます。

Harvey Nash社とKPMGが毎年実施しているCIOへの最新の調査※1では、大企業(年間IT予算が250百万USドル以上)の44%が全社レベルのデジタルビジョン・戦略を有しているのに対して、35%は一部の事業部門など限定的な範囲でしか取り組めていないことが明らかになりました。

KPMGは、各国のメンバーファームがクライアント企業のデジタルトランスフォーメーションを支援してきた経験に基づき、CIOが今まさに手を打つべき6つの重点テーマを特定しました。本レポートでは、自社をデジタルな経営環境に順応した組織に作り替え、第四次産業革命時代においてもイノベーションを生み出し続けられるようにするための、これらの6つの「布石」について解説していきます。

 

第四次産業革命

破壊的テクノロジーの出現と影響が加速してきていることは、新興スタートアップ企業が既存の産業構造を根底から覆すケースが数多く生まれていることからも一目瞭然です※2。世界経済フォーラム(WEF)の創設者兼会長であるKlaus Schwab氏は、今日の状況を第四次産業革命の序章であると形容しています※3。18世紀半ばに始まった第一次産業革命は、農業社会から工業社会への大きな社会的シフトをもたらしました。

蒸気機関の発明により、工場の建設や製品の製造は地理的な制約の影響を受けなくなりました。動力としての水力に依存する必要が無くなったためです。またそれが契機となって、鉄道網の整備と発展につながり、様々な場所に新たな市場が形成されることになりました。
続く19世紀後半には第二次産業革命の幕が開け、電力供給ネットワークと分業型の生産方式の登場と発展により、生産ラインや大量生産の概念が生まれました。そして、コンピューターと情報技術の登場とともに第三次産業革命が始まり、様々な生産活動の自動化が大きく発展しました。

今日、各社が積極的に推進しているデジタルトランスフォーメーションは、論理的には第三次産業革命の延長線上にあるトレンドであるとする意見に対して、WEFのSchwab氏は、変化のスピードと影響度の観点から、新たな産業革命の始まりと捉えるべきであると主張しています。同氏はその具体的な根拠として次の3点を言及しています。

  1. 変化のベロシティ
    従前の変化は過去の延長線上に未来が存在する線型的なものであったのに対して、現在の変化は不連続かつ指数関数的なものに様変わりしている。
  2. パラダイムシフトの広がりと深さ
    複数の破壊的テクノロジーが組み合わさったデジタル革命が、経済、ビジネス、社会、そして個人の思考・行動様式を根底から変化させている。
  3. 波及的・連鎖的なインパクト
    国家、企業、産業、社会を包含するシステム全体を全く異なる姿に変容させつつある。

KPMGは、一連の破壊的テクノロジーと、それらを駆使するテクノロジー愛好者の両者の登場と増加が世界規模のインパクトをもたらすと考えています。第四次産業革命がもたらす世界は、いつでも、どこでも、何でもできるようになることが特徴です。あらゆるものがデータ化、デジタル化され、バーチャル空間においては、ほぼ無制限にコンテンツとコンピューティング能力へのアクセスが可能になります。これまでは自動化が困難とされていた高度専門業務や知的労働すらも自動化される日が訪れるでしょう。

 

※2 CNBCはディスラプター(破壊的な影響力を有する企業)の上位50社を過去4年間に渡って評価・記録し、そのリストを公開しています。最新のリストはこちらをご覧ください。
※3 世界経済フォーラム(WEF)の創設者兼会長のKlaus Schwab氏は、これを著書「The Fourth Industrial Revolution」(World Economic Forum、2016年)に記しています。

破壊的テクノロジー

これまでにも、コンピューターの活用方法が大きく変わる転換期が何度かありましたが、70年代のミニコン、80年代のPC、90年代のインターネットといったように、以前の変化は単一テクノロジーが契機であった点が共通点でした。一方、本レポートで主題として取り上げている、今日の破壊的テクノロジーとは、単一領域におけるテクノロジー革新ではなく、数多の領域のテクノロジー革新が連鎖的に作用し、1つの大きなうねりを生み出すと同時に、個々の破壊的インパクトも相互に増幅するというメガトレンドを指しています(図1参照)。新たに登場したテクノロジーは通常、成熟と同時にコストの低下と経験の蓄積が進みますが、利用ハードルが下がることで、より多くの機会が生まれ、それが創造的な破壊へとつながります。テクノロジーのライフサイクルが、これほどのスピードと規模で回転する時代はこれまでに無かったといっても過言ではありません。何より、コンピューターの活用方法にとどまらず、個人、企業、国家の関係性と価値創造の方法を根底から変革している点こそが、今日の破壊的テクノロジーの最も顕著な特徴といえるでしょう。

図1:破壊的テクノロジーの収斂が生み出す産業革命の波

破壊的テクノロジーの収斂が生み出す産業革命の波(メガトレンド)

少し前までは破壊的テクノロジーの代名詞であったSMAC(ソーシャルメディア、モバイル、アナリティクス、クラウド)は、個々に見た場合には既に成熟領域と見なされることもありますが、モノのインターネット(IoT)などの新しいテクノロジートレンドと結びつくことで、更なるテクノロジー革新が生み出されています。現に、人工知能の実用化が飛躍的に進む中、仮想知的労働者(デジタルレイバー)やコグニティブ技術を活用した業務の自動化や無人化・省人化は、既に実証実験の域を超え、実用段階に到達しています。一連のトレンドが破壊的テクノロジーと称される所以は、既存のビジネスモデル、組織構造、産業構造を根底から覆し得る影響力の大きさにあります。資金に恵まれないスタートアップ企業であっても先端テクノロジーを駆使して機動的にイノベーションを創造し、規模拡張を画策することも可能な環境が整っています。一方、皮肉にも、多くの伝統的大企業においては、かつて自社の競争優位性を支えたレガシーシステムとそれらに対する過去の累積投資が負の遺産と化し、外部のテクノロジー環境の劇的な変化への迅速な対応を阻害する要因となっています。

まだ破壊的テクノロジーとしての影響力が顕在化していないものの、予備軍となる先端テクノロジーも数多く生まれています。たとえば、製造業の在り方を一変させる可能性を秘めた3Dプリンティング、従来の決済システムのみならず様々な社会的システムを破壊し得るデジタル通貨の基盤技術であるブロックチェーン、仮想現実(VR)などは注視が欠かせないといえるでしょう。

6つの「布石」

それでは、新興勢力以外の企業は淘汰されるのかというと、そうではありません。伝統的大企業であっても、破壊的テクノロジーを自ら受け入れ、駆使することでイノベーションを加速し、従来からの競合他社に対しても新興勢力に対しても優位なポジションを築き上げた事例は少なくありません。

また、競争力を維持するために取り得る戦略オプションにも、いくつものパターンが存在します。最先端テクノロジーの開発は他社に任せてファストフォロワーに徹する戦略もあれば、既存製品・サービスの改良を中心とした漸進的イノベーションを強化する方向に舵を切る企業もあります。また、事業開発についても、地理的な隣接市場や類似製品など周辺領域を拡張するアプローチもあれば、シェアリングエコノミー(共有経済)のような”ビッグバン”イノベーションがもたらす新たなルールに順応していくアプローチもあるでしょう。


どのような競争戦略を志向するかに関わらず、デジタルディスラプション(破壊的テクノロジーがもたらす創造的破壊)の原理・原則を理解することが戦略策定の前提条件となります。

事業開発スピードの高速化

往々にして、デジタルディスラプションは何の前触れもなく、突如発生します。ディスラプターと呼ばれる破壊的な影響力を持つ新興勢力は、新しいビジネスモデル、製品、サービスを機動的に開発し、実証実験の段階からマーケットに投入して、顧客からのフィードバックをリアルタイムで取り込みます。望ましい結果が得られない場合の撤退や軌道修正も迅速に判断・実行されます。

事業規模の拡張ハードルの低下

クラウド技術・サービスの恩恵を十二分に活用することで、資本やリソースの多寡に関わらず、有望事業を迅速に拡張することが可能な環境が整っています。

“サプライズ”な変化の出現

デジタルディスラプションの発生は、まさに神出鬼没です。既存の競合企業が先手を打ってくることもあれば、他業種のプレイヤーの参入により起こることもあります。現在は誰も知らない”ガレージ発ベンチャー”が急成長することで世を席巻することもしばしばです。

改善サイクルの高速化と高度化

軌道に乗り始めた製品やサービスは、絶え間なく機能付加や価値向上が施されるため、競合企業にとってはムービングターゲットであり、改善競争も激化の様相を呈しています。


CIOがデジタルトランスフォーメーションの進め方に頭を悩ませている間にも、時間は刻一刻と過ぎていきます。

KPMGは、デジタルディスラプションの破壊的インパクトに立ち向かい、自社をディスラプターへと創り変えるために、CIOが今すぐ手を打つべき6つの重点テーマ、つまり「布石」を特定しました。

第1の「布石」”クラウドファースト”への発想転換

一連のクラウド技術は、破壊的テクノロジーの中でも最大級のインパクトを誇る一方で、他の破壊的テクノロジーがデジタルディスラプションを引き起こす基盤を提供するという性質も有しています。極めて低コストで、オンデマンドで利用可能であり、プロビジョニングも容易であるInfrastructure as a Service(IaaS)の普及により、データセンターを自社内に独自で構築・運用する必要はほぼなくなりました。一方、Software as a Service(SaaS)もサービス提供範囲の多様化と拡大により、各部門がIT部門のサポートを必要とせずに、ITソリューションを直接調達できるようになっています。ITシステムの導入に伴う初期投資はほぼ不要になり、導入の意思決定からその果実を刈り取れるまでのリードタイムも、かつては数ヵ月~数年が当たり前であったのが、今や数週間、早い場合だと数日という時間軸で物事が動くようになっています。最新の「Harvey Nash / KPMG 2016年度CIO調査」でも、多くの企業がクラウドサービスへの「大規模な投資を予定している」と回答しており、クラウド環境へのシフトが加速してきていることがうかがえます。大企業(年間IT予算が250百万USドル以上)のうち、今後1~ 3年間で「大規模な投資を予定している」と回答した企業の比率を見ると、IaaSが58%、Platform as a Service(PaaS)が56%、SaaSが64%となっています。特にPaaSへの投資は3領域で最も伸長が著しく、「大規模な投資を予定している」と回答した企業の比率が急速に伸びています(図2.1参照)。

市場の成熟に伴い、クラウドサービスは、従来のストレージやサーバーの利便性の高い代替品としての機能を越えて、より大きな役割を担うようになっています。現在、多くの企業がクラウドファースト戦略を志向するようになった背景には、様々なメリットへの期待が存在しますが、その中でも特に、データセンターの構築・運用という過大な負荷からIT部門を開放できる点が重視されています。自社IT資産に対する絶え間ない資本投下の負荷が大幅に軽減される他、大量の運用スタッフを自社で準備することも不要になります。新たな環境に即したガバナンス態勢を整備し、自社開発よりもSaaSソリューションの活用を促進することで、事業部門にITの自給自足を促し、IT部門への不要な負荷の軽減と、より複雑で高付加価値業務へのシフトを促すことが可能になるでしょう。

前述の「Harvey Nash/KPMG 2016年度CIO調査」では、大企業がデジタルディスラプションに対応するために、クラウドサービスの利用促進を通じて、アジリティ(機動力、俊敏性)とレスポンシブネス(即応力)の強化、製品開発/イノベーションの加速を強く志向していることが明らかになりました。ITコストの抑制は、クラウドサービス促進の重要な目的の1つではあったものの、第3位に留まっています(図2.2参照)。クラウドサービスの利用に際して、国際間のデータ授受やプライバシー、セキュリティなどへの懸念もあり、クラウド上にアプリケーションやデータを配備する選択肢が許容されない状況も確かに存在しますが、それらのリスク要因に対する改善が急速に進む中で、そうした状況も徐々にイレギュラーなものになりつつあります。クラウドサービス大手事業者各社は、各国内でのデータ保持を可能にするための拠点増設を積極的に進め、ネットワークとデータの保護のための大規模投資を行っています。ちなみに、重大なデータ漏洩や侵害事故の大半は、民間企業や政府機関が自前で保有しているデータセンターを対象としたものであり、パブリッククラウドのサービス事業者を対象としたものではない点を添えておきます※4

 

※4 該当するデータ漏洩や侵害事故のリストについては、こちらを参照してください。

図2.1:今後1~3年間で予定しているクラウドサービスへの投資規模 - クラウドサービス関連の投資・導入のトレンド

クラウドサービス関連の投資・導入のトレンド(クラウドファースト)

図2.2:クラウドサービス利用の目的・理由(複数回答) - クラウドサービス関連の投資・導入のトレンド

クラウドサービス関連の投資・導入のトレンド(クラウドファースト)

第2の「布石」仮想知的労働者(デジタルレイバー)の導入と活用

現在、世界のITコスト総額は約3.5兆USドルにもおよぶ一方で、その直接的な恩恵を受けるITベンダーを除くと、先進的なテクノロジーの「経済効果がほとんど感じられない」のはどうしてなのかを、エコノミストたちは問い続けています※5。しかし、我々は、往々にして望みがかなってもそれに満足することができないものです。現在、ユビキタスネットワークを介して安価に利用できるクラウドコンピューティングと、人工知能・機械学習の技術革新が組み合わさり、ロボティックプロセスオートメーション(RPA)やコグニティブオートメーション(CA)の分野で大きなイノベーションが生まれています。そして、その実現手段として仮想知的労働者(デジタルレイバー)の導入や活用が急速に広まっています。KPMGでは、仮想知的労働者を「企業の知的労働者(ナレッジワーカー)が担ってきた作業を強化または代替する、デジタル技術の活用を通じた労働の自動化」と定義しています※6。フォレスターによれば、自動化技術の進歩によって2025年までに227万人分の職が失われることが見込まれており※7、既に一部の先進企業では、先行してRPA導入に取り組んだ結果、業務自動化の具体的な成果を手にし、競争力強化に寄与し始めている事例も出てきています。

仮想知的労働者の利活用は従来の企業活動に対して、極めて多大かつ破壊的なインパクトをもたらすことが予想されます。既にその影響が顕在化しつつある代表例の1つが、オフショアソーシングサービスの領域です。従来の労働力の低コスト国への移転を前提としたアプローチでは、市場の成長が頭打ちとなっており、人間による労働力の次を模索するため、コグニティブプラットフォームの整備・導入が始まっています。総合的なインパクトの大きさは多大であることが予想される一方、仮想知的労働者の実現を支える要素技術は多岐に及び、それらの成熟度はまちまちであり、技術革新のスピード感もそれぞれに異なります。したがって、仮想知的労働者の利活用が牽引するデジタルディスラプションは一気呵成に出現するのではなく、数年間に渡って段階的にそのインパクトが具現化されることになると推察されます。当面、仮想知的労働者の利活用が大きく進む領域は、所定のルールに従って単純な反復作業を行う、要求スキルレベルが低い業務領域になります。これらの業務の多くは、近年、オフショアソーシングを通じて効率化されてきたものであり、コールセンター業務、請求処理、受注入力、システム開発の各種テストなどが該当します。いずれは、これらの単純作業から、非構造化データの分析やナレッジデータベースの自動更新、高度アナリティクス技術の応用によるパターン・トレンド認識、音声・動画データの自動認識など、高度なソリューションに進化していくことが予想されます。最終的には、コグニティブオートメーションの実現により、経験とコンテクストの自動学習に基づく、環境変化への適応力を有したソリューションが完成し、知的労働者たちが従来担ってきた役割が激変することになるでしょう。

少なくとも初期段階においては、仮想知的労働者が人間の労働者を代替し、置き換わるのではなく、既存の役割や業務を補完・強化する形で利活用が進みます。たとえば、医師による医療診断などは顕著な例でしょう。患者の病歴をわずか数秒で把握し、各種センサーを通じて患者のバイタルサインを自動で分析し、全世界の最新ナレッジにアクセスして、医師がより速く、正確に診断を下せるようになることが期待されています。これらの技術が実用化されるまでもう少し時間を要しますが、アーリーアダプターの企業は様々な試行に取り組んでおり、既に投資対効果を得つつあります。

企業内における仮想知的労働者の利活用に際して、CIOには2つの重要な役割が期待されています。1つは、企業全体のテクノロジー責任者としてあらゆる部門のオートメーションを推進することであり、もう1つは、IT部門の責任者として、自部門のITサービス業務のオートメーションを実行することです(図3参照)。たとえば、前者については、事業部門で受注入力などの単純作業に多くの人的リソースを投入している領域があれば、仮想知的労働者によるオートメーションを通じた効率化が強く期待されます。また同様に、IT部門内においても、定型的なリクエストに対応する仮想サービスデスクの構築や、コンティニュアスデリバリー(CD)の下支えとなる運用、テスト作業の自動化、ITサービスマネジメントの自動化など、RPAの活用機会が多く存在します。CIOにとっては重要なインパクトを持つ施策領域であり、また多くの企業においては既に実行段階に入っているかも知れません。RPAの活用は、コスト削減や業務効率化に資するにとどまらず、貴重な学習経験の獲得や、自社内でのIT部門の信頼性向上にも貢献することになるでしょう。

 

※5 Why The Economic Payoff From Technology Is So Elusive” , New York Times, 6/6/2016.

※6 Demystifying Digital Labor, KPMG Institute, June 2016

※7 The Future of Jobs, 2025: Working Side by Side with Robots” , Forrester Research, August 24, 2015.

図3:仮想知的労働者(デジタルレイバー)- CIOが発揮すべきリーダーシップの2側面

仮想知的労働者(デジタルレイバー)- CIOが発揮すべきリーダーシップの2側面(デジタルレイバー)

第3の「布石」オムニチャネル時代に即した企業モデルの確立

現在進行中のデジタルトランスフォーメーションは、様々な産業・市場のパワーバランスを揺るがしています。米国の著名なスモール・ビジネス・エキスパートのJim Blasingame氏が、「顧客の時代」と形容したように※8、デジタル化した顧客は、製品・サービスに対する期待レベルが高く、製品情報や専門家レビュー、その他の情報ソースに瞬時にアクセスし、購入検討や消費体験において情報を駆使します。一連のカスタマーエクスペリエンス(顧客体験)に満足できなければ、ソーシャルメディアへの投稿を通じて即座に広まるという影響力も有しています。

今日、各種ブランドとその消費者との関係性において主導権を握っているのは顧客です。したがって、すべてのチャネルと顧客接点を統合し、顧客の心を掴んで離さないカスタマーエクスペリエンスを構築することがあらゆる企業に求められています。モバイルデバイスの爆発的な増加により、今日の顧客体験プロセスは以前よりも複雑化が進んでいます。PCやタブレットの画面上で情報収集するところから始まり、注文はスマートフォンで行い、商品を実店舗で受け取るということも当たり前になっています。顧客から選ばれ続けるためには、特定のチャネルやデバイスに依存せず、シームレスな顧客体験を再設計、提供し、高まる顧客の期待を満たさなければなりません。まさに、”オムニチャネル”な顧客体験の提供が求められているのです。

これらの一連のトレンドは、一般消費者に限った話ではありません。消費者の多くは会社員としての顔も持ち、しばしば自らのデジタル化された「顧客体験」と同等の期待値を職場にも持ち込みます。彼らは時間や場所、デバイスを問わず、社内のデータにアクセスできることを望みます。また、ソーシャルメディアやモバイルアプリを利用して、所属組織と”つながっている”状態を望みます。消費者と従業員、彼らが形成するエコシステム全体のオムニチャネルへの期待値がかつてないほど高まる中、それに応える企業には、図4に示す8つの要諦を押さえた、包括的なアプローチでオムニチャネルの実現を目指すことが求められています。ある大手小売専門店が行った調査では、自社顧客の少なくとも43%が、実店舗でのショッピングの最中にモバイルを使用していることが明らかになりました。その調査結果を受けて、同社では、ショッピング中に接触が予想されるあらゆる顧客接点において、正確かつ最新の商品情報とあらゆる場所での在庫状況が確認できる環境を整備しました。同施策により、登録顧客が来店すると、過去の購入履歴や情報の検索・閲覧履歴に基づいて、店内サービスが提供されたり、クーポン付きeメールが送信されるなど、顧客向けサービスが大きく進化しています。

前述の例は、顧客サービス向けシステム(SoE: Systems of Engagement)への投資と従来からの社内業務システム(SoR: Systems of Record)が統合され、密接に連動することで初めて、シームレスな顧客体験が実現し、そのリターンを享受できるようになることを示しています。新たに開発・実装されていくオムニチャネル基盤との統合をより容易に、かつ高速化するため、レガシーシステムの再構築を進めることが、CIOにとってのチャレンジとなっています。

 

※8 Jim Blasingame, The Age of the Customer,(Florence, AL: SBN Publishing, 2014)

図4:オムニチャネル志向の企業モデル - 8つの要諦

オムニチャネル志向の企業モデル(8つの要諦)

第4の「布石」サービスのインターネット(IoTビジネスへの挑戦)

各種センサーやマイクロプロセッサーの低価格化と、インターネットへの接続を契機として、モノのインターネット(IoT)が出現しました。米Cisco Systems社の予測によると、インターネットに接続した「コネクテッドデバイス」の数は、2020年までに50億を突破するといわれています。IoTの世界で生成される膨大な量のデータの収集、整理、統合、分析から、新たな高付加価値サービスが出現し、大きな経済的価値を生み出すことが予想されています。これらの事業機会の大きさを強調するため、KPMGでは、IoT技術を用いた事業創造と企業改革に関する一連の取組みを「サービスのインターネット(IoS)」と呼称しています。今後は、製品の供給を通じて価値提供が行われていた事業を、サービスとして価値提供が行われる事業に創り替え、より長期志向で一貫した価値提供と収益確保の機会が模索されることになるでしょう。そこでは、形ある製品のほぼすべてが新たなサービスへの変換対象になります。米国の調査会社のIDC社は、組立型製造業の上位100社のうち40%が、プロセス型製造業の上位100社のうち20%が、Product as a Serviceプラットフォームを提供するようになると予測しています※9。これらの「Anything as a Service(XaaS)」のトレンドは、企業に対して以下の恩恵をもたらすことが予想されます。


※9 IDC FutureScape: Worldwide Manufacturing Product and Service Innovation 2015 Predictions, IDC, 2014.

新たなビジネスモデルの創造

サービス型事業は、「売り切り」の高額取引となりがちな従来型の製造業とは異なり、長期志向で一貫した価値提供のプロセスになります。月額課金のような利用期間に基づく課金や、使用料など測定可能な提供価値の量に基づく課金が可能になります。ソフトウェアベンダーの世界を例に挙げると、1回限りのライセンス提供モデルから、利用料ベースのas a Serviceモデルへの移行が進んでいます。as a Serviceモデルでは、ユーザー企業は、ユーザー人数に応じて月額利用料を支払えば、クラウドベースのサービスが即座に使用でき、初期投資や準備期間無しで規模拡張が可能です。ジェットエンジンを購入するのではなく、サービスとして提供し、時間単位で課金するのもその一例ですが、これには社外への支出額の平準化にとどまらないメリットが存在します。サービスとして提供されるエンジンは、リアルタイムで監視され、予防保守によって故障を未然に防止できるようになります。加えて、監視データのフィードバックを活用し、エンジンのパフォーマンス最適化にも貢献しています。

既存事業の収益向上

IoT技術をサービス価値に転化することは、既存事業の収益向上にも貢献する可能性があります。たとえば農業の場合、生産物の安全性の確保や産地の明示が可能になり、食品規格に関するコンプライアンスコストの抑制にもつながります。オーストラリアのIoTアグリテック企業のThe Yield社は、牡蠣の養殖事業者と協力し、出荷停止日数の削減に取り組んでいます。タスマニア州のBarilla Bay Oysters社は100ヘクタール以上の養殖区画を運営する大手の牡蠣生産者で、冷凍ハーフシェル用の処理工場、レストラン、ショップ、観光案内所を完備しています。牡蠣はプレミアム価格を設定できる生鮮製品であり、オーストラリア産の生きたままの牡蠣は、中国産の調理済み牡蠣と比較して、トン当たり10倍の利益を生みます。アジア市場のポテンシャルは莫大であり、養殖事業者は牡蠣を輸出することで最大600%の利幅が見込めるとしています。オーストラリア産の牡蠣の売上と競争力を支えているのは、オーストラリアの定評ある食品安全基準の高さです。牡蠣は濾過摂食を行うため、降雨時には土壌から流出した有害物質が牡蠣の体内に蓄積されます。そのため、規制当局は消費者の健康保護を目的として、気象観測データに基づいて養殖場を一時的に閉鎖することがあります。Barilla Bay Oysters社をはじめとする養殖事業者は、一時閉鎖のたびに1日あたり2~10万豪ドルのコストが発生しており、国全体では年間約34万豪ドルの損害額に達します。この問題に対して、リアルタイム監視が可能なIoT塩分センサーを活用することにより、養殖場の一時閉鎖を少なくとも30%削減できる可能性が示唆されています※10


※10 http://www.foodagility.com/

カスタマーエクスペリエンスの品質向上

サービス型事業の利点は、データの常時収集・送受信を通じて、それぞれ顧客の利用状況に応じた、パーソナライズされた顧客体験を提供できることに加えて、そのサービスのより良い利用方法を新たに提案することも可能になる点です。カスタマーエクスペリエンスが改善することにより、顧客との関係性は1回限りの購入取引からより長期的な関係へと発展していきます。

たとえば、とある大手農業機械メーカーは、自社センサーに対応した農業機械を農業経営ソリューションに昇華させることで、その価値を大幅に高めています。当該ソリューションの1つに、農業経営の計画策定を支援するサービスがありますが、農場で収集したデータに基づき、土壌養分マップや収量マップを考慮した施肥量のガイダンスが提供されるようになっています。

業務の効率化とコスト削減

膨大な量のデータのリアルタイム処理が可能になったことで、物理的世界の更なる可視化と、機械パフォーマンスの監視と問題検出、サービス担当者へのアラート通知により、事故や障害の発生前に予防保守を実施することができるようになりました。電化製品などの分野では、トラブルシューティングの件数と対応時間を大幅に削減できます。従来は、サービスエンジニアが現場を一度訪問して問題を診断し、補修部品を発注した後、再度訪問して取換え工事を行うのが当たり前でしたが、初回訪問の時点で既に何が問題であるかを予測・把握し、必要パーツを携えて現場を訪問することも可能になっています。

とある大手エレベーターメーカーでは、同社が提供している30万基のエレベーターをエレベーター遠隔監視システム(REM)に接続し、エレベーターの走行距離と異常に関する情報を収集しています。このデータは将来の故障予測のモデリングや、潜在的トラブルへの対処のためのエンジニア派遣のコントロールに活用されています※11

IoT技術の恩恵を総括すると、ほぼすべての業種・業態において、既存製品に付加価値サービスを添加し、顧客とのより密接な関係性を構築することが可能になるといえるでしょう。ただし、その前提条件として既存の社内システム(SoR)の強化と、新しいIoT技術との統合が不可欠になります。CIOおよびIT部門には、ネットワークやセキュリティに加え、データへのアクセスやアナリティクスに関する組織的能力の拡充が求められているのです。


※11 Otis Elevator looking to IoT, digital transformation to provide a business lift , Network World, May 31, 2016, http://www.networkworld.com/article/3076849/internet-of-things/otis-elevator-looking-to-iot-digital-transformation-to-provide-a-business-lift.html

第5の「布石」コンティニュアスデリバリー(Continuous Delivery)の実践

事業部門からの要求スピードに応える「アジャイル」や「DevOps」などと同様に、最新テクノロジーの実装と改善を通じて事業価値を継続して提供し続ける「コンティニュアスデリバリー」という概念が重要視されるようになっています。コンティニュアスデリバリーは、新しいアプリケーションの「ビッグバン」リリースや、既存アプリケーションの大規模アップグレードとは異なり、あらゆる種類の仕様変更を高速かつ高品質でリスクを抑制しながら本番環境に適用するための実践アプローチであり、新たに求められる組織的能力です。実のところ、スピードアップが必ずしも品質低下やリスク増大につながるわけではありません。「2015 State of DevOps Report」調査によると、パフォーマンス上位のITチームは、他のITチームよりもコードの実装頻度が30倍以上に及ぶと同時に、失敗が60%も少ないことが判明しています※12

環境変化の後手に回らないためには、IT部門による価値の創造プロセスとステークホルダーへの提供アプローチを抜本的に見直すことが必要になります。「Harvey Nash/KPMG 2016年度CIO調査」でも、大企業の多くが、アジャイル手法(74%)やDevOps(42%)の実践など、ITサービスの開発およびデリバリーにおける機動力と即応力の向上に取り組んでいると答えています※13。コンティニュアスデリバリーは、ITリーン、アジャイル手法、DevOpsの実践の上に成り立つものです。より迅速かつ確実で、加えて高頻度での新サービス実装とマーケットへのリリースを実現するためには、事業運営とITサービスの開発・運用の間で一気通貫のコラボレーションが要であり、協業環境の構築とプロセス自動化の推進に取り組まなければなりません。コンティニュアスデリバリーを実践しているチームは、1日に何度も新機能をリリースすることも珍しくありません。コンティニュアスデリバリーの全体像を図示すると、図5のライフサイクルになります。

コンティニュアスデリバリーの実践に向けた原理・原則は、(1)自動化された高頻度のテストとフィードバックループを介して品質を作り込む、(2)フィードバックの即時収集と、失敗時のコスト抑制を狙い、作業は小さいバッチで行う、(3)プロビジョニング、テスト、品質保証(QA)を可能な限り自動化し、プロセスの高速化とヒューマンエラーの削減を図る、(4)常に継続的な改善機会に集中する、(5)全員で責任を共有し、顧客満足度とパフォーマンスを定量的に測定する、の5つから構成されています※14

コンティニュアスデリバリーへの取組みは、CIOにとっても悩ましい課題であり、開発プロセスに関わるすべてのIT部門と事業部門のカルチャーを根本から変えることが求められます。新しい開発手法と運用アプローチの実践には、新しい役割やスキル、成果や成功を測るための新たな評価基準の整備も不可欠になります。一方、その中でCIOにとって朗報とも言えるのが、必ずしも一連の改革を一度に完了させる必要はない点です。コンティニュアスデリバリーを普及・定着させるためには、プロジェクト単位で小さな成功体験を積み重ねながら適用範囲を拡大していくアプローチも有効です。正しい手法とアプローチに則っていれば、コンティニュアスデリバリーの普及活動は、やがて勢いを増し、その認知度も広がり、参加希望者も増加していくことでしょう。コンティニュアスデリバリーの実践を直接経験することで、チームの総合力とフレキシビリティが強化され、関与メンバー個人としてもストレス軽減やモチベーション向上を実感することが可能だからです。

 

※12 2015 State of DevOps Report, puppet labsAE

※13 Harvey Nash / KPMG 2016 CIO Survey

※14 Humble, Jez. “What is Continuous Delivery?” .Webブログの投稿。Continuous Delivery, Feb. 1, 2010.

図5:コンティニュアスデリバリーのライフサイクル

コンティニュアスデリバリーのライフサイクル(全体像図表)

第6の「布石」次世代ITオペレーティングモデルへの移行

これまで紹介してきた一連の「布石」を実行に移すということは、ITインフラの多くをクラウド上に置き換え、数々の新サービスを日々リリースしながら、仮想知的労働者の社内普及やオムニチャネル態勢の構築、as a Serviceの新ビジネスモデルの開発に同時並行で取り組んでいくことを意味します。それらの活動すべてにおいて、膨大な最新テクノロジーを駆使していくことが企業全体で求められているのです。従来のIT部門のオペレーティングモデルは、粛々と「計画」「構築」「運用」のサイクルを回すものでしたが、今日の環境を前提とすると、それが時代遅れであることは明白です。従来型のIT部門では、次々と浮上する新たなニーズをタイムリーに捉え、迅速に対応していくことはできません。したがって、IT部門改革の重要性を最後の「布石」として強調しておきます。企業におけるITの価値は、IT資産(データセンターやアプリケーション)の構築、運用、所有自体にあるのではなく、システム構築プロジェクトのマイルストーンやタスクを達成することで得られるものでもありません。ITの価値はあくまで、事業上の成果の実現に直接的に貢献できるサービスと機能を提供することから得られるものです。したがって、イノベーションへの貢献や柔軟性の確保、高速サイクルのITデリバリーなどの要求を満たすことは、IT部門存続の前提条件となり、先端テクノロジーの利活用や、代替ソーシング手法の駆使に加えて、既存のレガシー資産との統合を力強く推進していくことも重要課題となります。

次世代IT部門は、これらの新たな課題に対処するため、マルチソーシング環境を前提として、ITサービスをシームレスに統合、デリバリー、マネジメントできる組織的能力を具備することが不可欠です。高品質かつコスト競争力のあるITサービス・能力を確保することで事業価値の最大化に貢献することがIT部門の主戦場となります。KPMGが提唱する次世代IT部門のオペレーティングモデルは、「BROKER - イノベーションの仲介・触発」「INTEGRATE - マルチソリューションの統合」「ORCHESTRATE - ITサービスの実行監督」の3つの顔、すなわち3つの主要な役割を備えるものと定義しています(図6参照)※15

 

※15 詳細については、KPMG Institutesのレポート、「Next-gen IT Operating Model」」(http://www.kpmg-institutes.com/institutes/advisory-institute/articles/2014/01/next-generation-it-operating-models.html)を参照してください。

【図6:次世代IT部門の青写真「BIOオペレーティングモデル」】

次世代IT部門の青写真「BIOオペレーティングモデル」(IT部門の主要な役割)

当該オペレーティングモデルで描かれるIT部門は、テクノロジーの買い手となる最終顧客や事業部門と、売り手であるITサービスプロバイダーをマッチングする、ITサービスの仲介事業者として機能します。次世代IT部門は、最新テクノロジーとそのマーケットに関する造詣と、ステークホルダーのニーズへの深い理解の両方を有する立場を十二分に活かして、自社にとって最適なITソリューションの選定と採択をサポートすることに加え、組織全体が新たなイノベーション機会に注視できる環境づくりに貢献します。

また、次世代IT部門によるソーシングの注力点は、個別ソリューションの構築・導入から、マルチソリューションの統合へとシフトしていくことになるでしょう。システムを自社開発するのか、社外のITサービスを利用するのかに関わらず、次世代ITソリューションを有効に機能させるためには、既存のデータやアプリケーションも含めて、それぞれのITサービスが完全に統合され、相互に連携する状態を実現することが何よりも肝要です。特に、破壊的なイノベーションの多くが生まれている顧客接点領域のITソリューションについては、統合的ソリューションの重要性がより一層高まっています。フロントオフィスが司るSoEとバックオフィスが司るSoRの統合こそが、今後のIT投資の成否の分水嶺であるといっても過言ではないでしょう。マルチソリューションの統合推進に伴い、ITアーキテクチャーの複雑化も加速することになります。したがって、アーキテクチャー全体の整合性確保や、アクセス制御と情報セキュリティの強化、変化する規制環境下でのコンプライアンスの維持、不測事態対応と事業継続管理の態勢構築なども重要な統合課題として浮上してきています。

ITソリューションのマルチソーシングと全体統合は、結果としてITサービス体系の複雑化を招きます。IT部門に期待される役割・責任も、個々のITサービスを粛々と実行することから、ITサービス体系全体を掌握し、各サービスのパフォーマンスを担保することへと大きく変化しています。次世代IT部門は、マルチベンダーによるサービス実行を前提として、ITサービス全体の実行を指揮し、期待以上のパフォーマンス、コスト競争力、品質を引き出すことで、事業価値の最大化に貢献することが期待されています。言い換えると、事業部門がITサービスの複雑化に煩わされないようにすることがIT部門にとってのゴールになります。

次世代IT部門の実現に向けた改革は、新たなカルチャー、役割、スキルが要求される、数年がかりの長くて険しい道のりになりますが、避けては通れない道であるともいえるでしょう。

ネクストステップ

6つの「布石」を実行に移す局面においては、注力領域の明確化と組織的なコミットメントが不可欠であることはもちろんのこと、IT部門が核となる基本理念を持つことが非常に重要になります。テクノロジーの目利きとして、対象施策の妥当性とポテンシャルを評価し、関連テクノロジーの成熟度も見極めながら、実行可否の判断をしなければなりません。KPMGでは、6つの「布石」の実行を検討する際には、必要になる投資額や投下リソース、投資対効果の規模と回収時期、自社のケイパビリティとの親和性などから、実現可能性を総合的に判断し、施策の優先順位付けを行うことから着手することを推奨しています。

本レポートの結びとして、KPMGが推奨する着手段階における改革テーマを紹介します。

レガシーシステムの合理化

過去に莫大な投資が行われてきた、自社内のITインフラとレガシーシステム群は、複雑怪奇で柔軟性に欠けているだけではなく、外部環境が大きく変化する過程で、技術的負債と化しているともいえます。バランスシートの資産の部に占める伝統的IT資産の比率が高い場合には、新たなテクノロジー投資とイノベーションの阻害要因にもなり得ます。最初に着手しなければならないのは、IT資産の仕分けと見直しで、冗長で貢献度の低いIT資産を徹底的に排除することです。続いて手を打つべきは、機動的かつ安定的なマルチソリューション統合の基盤となる、基幹システム群(SoR)の標準API(アプリケーションプログラムインターフェース)の再構築・刷新です。そして仕上げとして、存続させたアプリケーションを可能な限りクラウド環境に移行します。最近、世界最大級のヘルスケア関連企業が、2018年までに同社のアプリケーションの85%をクラウド環境に移行することを計画していることを公表しました。今や、極めて厳しい規制環境下にある業界の企業も、クラウド環境への移行に真剣に取り組むようになっているのです。

アジャイル手法を活用した事業部門との協業アプローチの確立

数ヵ月~数年間にわたる大規模プログラムの開発を前提とした旧来型の開発プロセス・手法は、今日のデジタルビジネスの環境下では全く機能しなくなっています。それどころか、既存プロジェクトへのリソース投下を助長し、自社リソースの枯渇を招く一因にすらなっています。CIOが今すぐにでも取り組むべきは、事業部門の責任者と連携して、重要性や緊急性が低い、ないしはデジタルトランスフォーメーションへの貢献が見込めない既存プロジェクトを洗い出し、中止もしくは延期することです。並行して、社外パートナーとの協業を通じて、アジャイル手法の実践に必要な能力・スキルの獲得や開発を推進することや、コンティニュアスデリバリーのパイロットチームを編成し、ポテンシャルの高い領域でのプロジェクト試行を通じて組織的な経験値を積み重ねることも重要な取組みになります。

デジタルスキルの開発

デジタルトランスフォーメーションの推進の担い手を確保するためには、顧客中心志向の思考様式からデータアナリティクスの専門知識まで、多岐にわたる新たな能力・スキルの獲得が不可欠です。IT部門の所属メンバーも、新たな時代のバリューチェーン、ビジネスプロセス、顧客体験プロセスを理解した上で、最新テクノロジーを活用したソリューションを考案できるようになることが期待されています。一方、既存のIT部門がこれらのスキル要件を充足できていないケースも多く見受けられます。デジタル関連の能力・スキルの強化に成功した企業の多くで取り組まれているのは、社内公募やジョブローテーションを活用した、事業部門とIT部門を横断した人事異動です。社外のデジタル関連のコンサルティング会社とのパートナーシップも有効な打ち手の1つです。中には、デジタルネイティブな能力・スキルと企業カルチャーを直接的に取り込む手段として、デジタル関連のスタートアップ企業を買収するケースもあります。

IT部門のスピード感覚の改革

デジタルビジネスの生命線は何よりもスピードです。製品のライフサイクルは極端に短くなり、マーケットが一晩で崩壊することももはや非現実的な話ではなく、規制環境すらも流動的になっています。今日の外部環境は、時間を掛けて秩序を守り、リスクを回避することを重んじる旧来型のIT部門のカルチャーとは対極の性質を帯びています。CIOは、管理指標やインセンティブを刷新することで、実証実験的アプローチを奨励し、健全なスピード感覚の醸成に取り組まなければなりません。

デジタル経営環境に対する経営レベルでの共通認識の形成

デジタル技術関連の規制要求は、技術革新とともに絶えず変化しており、コンプライアンスのハードルが引き上げられることもあれば、それが障壁となってイノベーションの出現や普及を阻害することもあります。特にプライバシーやデータの保護に関する懸念が伴う場合には、先行きが極めて不明瞭になりがちです。そのような外部環境の下、デジタル戦略とそのオーナーシップに関して合意形成を図ることは難題と化しており、事業部門とIT部門による主導権争いが続いている企業も多いのが実情です。しかしながら、先端テクノロジーへの投資とイノベーションを支える資金・リソースを確保するためには、経営陣の全面的なコミットメントが不可欠です。経営層の全員がデジタル経営環境に対する共通認識を持ち、自社のデジタル戦略を明確化する局面において、CIOには強力なリーダーシップを発揮することが求められています。

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