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デジタル経営時代を切り拓く全社一丸のIT改革 - 第4回(最終回):VUCAワールドに向けて射掛けるデジタル経営改革の嚆矢

VUCAワールドに向けて射掛けるデジタル経営改革の嚆矢

デジタル技術革新の加速と連鎖が経済環境や企業活動に対して破壊的なインパクトをもたらす時代に突入したことは、ある種の“新常態”として共通認識が形成されつつあります。一方で、企業活動における情報技術を司ってきたIT部門の多くが急速な外部環境の変化に柔軟に対応できているとは言い難い状況です。本連載では、今日のIT機能が直面する課題と「次世代IT部門」の姿を考察し、全社的変革の要諦と起点を解説します。

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過去3回に渡って全社横断のIT機能の改革の必然性と重要性、そして未来の方向性についての論考進めてきましたが、最終回となる今回は、本シリーズの結びとして、次世代IT部門の実現に向けた全社的改革の初動段階での要諦を解説します。

大規模な企業改革においては改革の関係者・対象者の意識変革がクリティカルパスとなりますが、デジタル経営改革においても特有の“意識の壁”と、情報の非対称性から生じる改革阻害のメカニズムが存在します。また、“VUCAワールド”と形容される、極めて視界不良な経営環境の下で、企業経営の在り方も根本的に変化してきています。

これらの観点も踏まえて、デジタル経営時代に即した企業改革の推進アプローチを再考・再定義し、1社でも多くの企業が改革に着手できる一助とすべく、改革の突破口を明らかにすることを試みます。

前回、次世代IT部門の青写真として「BIOオペレーティングモデル」を紹介した後、その実現に向けた取組みは、単一部門の改革ではなく、全社レベルの改革となる点を強調した。従来の組織構造も関係者らの意識も抜本的に変容していくプロセスは、まさに「デジタル経営改革」そのものであると言っても過言ではない。一方で、大がかりな企業改革には障害や失敗リスクも付き物であることは、歴史が証明していることに加え、本シリーズでもこれまで、IT部門を苦境に追い込む現状や、事業部門側の「IT=コストレバー」の固定観念、最新テクノロジーについての知見やリテラシーの枯渇など、改革の障壁となり得る事項について言及してきた。

したがって、「デジタル経営改革と言われても、一部のエクセレントカンパニーにしか関係のない話ではないか?」との疑念を持つ読者も、自社の改革に対する現実的なイメージがいまいち湧かないと言う読者も多いのが実情だろう。しかしながら、繰返しとなるが、全社横断のIT機能の改革は時代の要請であり、必然である。本稿では、改革の着手や前進を妨げる逆風を、少しでも多くの企業が乗り越えられるよう、地道で泥臭いアプローチも含めて、改革推進の突破口を明らかにすることを試みる。

一方、改革推進アプローチ自体についても、デジタル経営時代に特有の視点や考え方、物事の順序が存在する。第1回でテクノロジー革新の加速と連鎖に伴う経済環境や企業活動の激変に言及したが、改革推進アプローチを含む経営手法もまた明らかに従来と異なるものが求められるようになっている。今日における企業経営の在り方の再考も交えながら、論考と解説を進めたい。

デジタル経営改革を阻む意識の壁

冒頭で「デジタル経営改革」と形容したとおり、多くの企業に求められているのは、企業経営そのものを新たな時代環境に即したものに創り変えていくことである。当然、新たな施策を矢継ぎ早に打ち出していくこと自体も重要である一方、それらの取組みを加速すると同時に、一過性のものに終わらせずに持続していくための土台作りが急務である。したがって、改革の焦点は、個別テクノロジーの導入ではなく、企業としての組織体制や管理基盤、社員個々人の考え方、働き方の刷新に当てられる。それでは、そのような抜本的改革にいざ着手しようとした際にどのような障壁が立ちはだかるのか?KPMGが毎年実施しているグローバルCIOサーベイの昨年の結果も引用しながら考察してみたい。

下表は、「デジタルディスラプション(デジタル技術の革新がもたらす創造的破壊)への対応において直面している最大の障壁は何か?」という質問に対する項目別の回答比率を示したグラフである。なお、回答者は、国内外の企業においてIT機能に対して影響力を有するCIOを始めとするITリーダーたちである。

デジタルディスラプションへの対応における障壁

出所: Harvey Nash/KPMG CIO Survey 2015

上位項目を見ると、即物的な悩みとして浮上しやすく、我々もよく見聞きする「予算不足」や「必須知識・スキルの不足」も上位にランクインしているが、それ以上に目を引くのは、「インパクトに対する理解不足」「社内の文化・風土的な抵抗感」「危機意識の欠如」「脅威の実現可能性に対する認識不足」など、意識・理解の不足にまつわる項目が上位を多く占めたことである。最上位項目が「ビジョンの欠如」となっているのも、これらの意識・理解面での課題が間接的な原因となっていることは想像に難くない。さらに言えば、外部環境の変化に対する意識や理解がまちまちの状態に留まっているがゆえに、将来の見通しや方向性を打ち出せず、不確実性を伴う新技術の利活用や新しいビジネスモデルの構築に十分な投資を回すことにも、必要な組織的能力を調達することにも着手できていないという、ネガティブスパイラルの構図がおぼろげながら見えてくる。

ここで、この“意識・理解の壁”についてもう少し掘り下げておきたい。今日の経済メディアは、1年前と比較して、より多くのテクノロジー関連情報を取り上げるようになっており、企業内の立場や階層、世代を問わず、多くの“旬な”キーワードが広く認知されている印象はある。ただし、まだ“気にかけている”レベルに留まっているケースが大半であり、稀に特定領域におけるテクノロジー動向とその影響を精査するように企画部門に指示が出ているのを見かける程度である。そういう意味では、今日のテクノロジー環境に対する組織的かつ俯瞰的な理解を得るための努力はまだまだ不足していると言えよう。全社横断のIT機能改革もまた、今日および将来のテクノロジー環境の変化を前提としたものであるため、共通認識の形成と意識変革無しに着手も推進も成し得ないのである。

同じく不確実性の高いテーマであっても、少子高齢化に伴う人口動態の負のインパクトや、地政学的リスクに連動する景気変動幅などについては積極的に情報収集と影響分析を行っている企業は多い。しかし、そのような企業であっても、テクノロジー関連となると後手に回ってしまうケースが目立つ。既存事業などの過去の経験から一定の法則性の範疇で予測・理解が可能な事項は検討対象となり得ても、逆にテクノロジー革新の影響分析のように連鎖的反応の行方や波及範囲が読みづらい事項については、議論の俎上に乗りにくい傾向が見受けられる。「テクノロジー企業でもないのだから顕在化してから検討しても遅くないだろう」や「本当に必要な取組みになったら、ITサービスプロバイダーが提案してきてくれるだろう」という甘えもあれば、「確たる情報や証拠も無い状況で将来を語っても、オオカミ少年のように取り合って貰えないだけだ」という躊躇感もあり、知らず知らずのうちに優先順位が下がる。また、「技術的な面での知識・経験がほとんどない我々には難しいだろう」という苦手意識が問題を実態以上に難しいものに見せることもある。改革や新規開発に着手できない理由を組織の能力やスキルの不足に求める論調は分野を問わずよく見られるものであるが、諦め感が先行しているという意味では、能力・スキルの問題である以前に、これもまた意識の問題と言える。

このように改革を阻む最初の壁は、改革の必要性から目を逸らし、問題を先送りさせる意識の問題であることが多い。これは今日のテクノロジー革新に起因する外部環境の劇的な変化に特有の話ではなく、大なり小なり古くから存在した問題でもある。変革リーダーシップ論の大家、ジョン・P. コッターが示した「8段階の変革プロセス」においても、「危機意識を高める」が第1ステップに位置付けられている。同プロセスは、経済合理性に偏重するのではなく、変革対象の情理・心理に着目し、その変遷に対して効果的な影響を与えることに主眼を置いている。その推進アプローチは、一方通行のトップダウンで改革施策を展開するのではなく、段階的に改革への協力者を増やしていきながら心理的な抵抗を打破していく点を特徴としている。90年代半ば以降、M&Aによる企業統合や組織再編、ITシステム導入による構造改革が加速していく中、多くの企業やプロジェクトで広く活用されてきたチェンジマネジメントのベースとなった理論でもある。今日求められている「デジタル経営改革」もまた、企業改革の一種であり、上述のとおり、甘えや躊躇、苦手意識からの先送りといった意識の問題との戦いとなるため、この「8段階の変革プロセス」の観点と基本コンセプトを踏襲することが重要になる。

8段階の変革プロセス

出所: ジョン・P. コッター『企業変革力』を参考にKPMGコンサルティングが作成

一方、「デジタル経営改革」が過去の企業改革と異なる点として、意識面での諸問題の背景には、ビジネスとテクノロジーのコンバージェンス(融合)の過程で生じる不確実性や情報の非対称性が強く影響していることを考慮しなければならない。ある程度の蓋然性で改革後の姿を予測し、合理的に説明することも可能だった時代と異なり、「デジタル経営改革」は、霧の中を歩くように、まだよく見えないものに向かって進める改革になる。したがって、「8段階の変革プロセス」の変革対象の情理・心理に働きかけるという着眼点は現在も変わらないものの、同プロセスの順序性には再考の余地があると筆者は考えている。これまでと異なる改革推進アプローチが求められていることは、今日、企業経営の在り方自体が大きく変化していることと無縁ではない。少し話が脇道にそれるが、今日の経営環境と求められる経営の基本姿勢について次章で解説したい。

デジタルかつVUCAな経済環境が企業経営の在り方を大きく変える

世界経済・市場の急落が議論の的となった今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で頻出したことで、日本国内の経済メディアでも取り上げられることが増えた「VUCA」というキーワード。既にご存知の読者も多いと思うが、Volatility(不安定性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧模糊)の4つの単語の頭文字で構成される略語であり、激動期の最中で状況把握や将来予測が極めて困難な経営環境を表すものである。元々、軍事用語であったVUCAは、金融市場における頻出ワードとなった後、最近は欧米を中心に経営者の重大な関心テーマの1つとなった。企業経営の世界では、「世界経済はVUCAワールドに突入した」という新たな共通認識が形成されつつある。

「VUCAワールド」を形容するために語られる“想定外”の出来事は、資源価格の下落や新興国の成長不全のボーダレスかつ連鎖的なインパクト、異常気象に伴う自然災害の頻発、国際的なテロ活動の活発化など実に多岐に及ぶが、実はこのVUCAワールドもまた、テクノロジー革新とは切っても切り離せない関係にある。古くはインターネットテクノロジーの発展と普及に伴い、情報だけではなくヒト・モノ・カネの国際移動が加速したことで、国際経済の連鎖反応のボーダレス化が進み、景気変動幅も明らかに大きくなった。先のリーマンショックに端を発した世界金融危機もその一例であり、米国大統領選挙や中東情勢の変遷など、政治や国際関係の分野の重要局面においても、ソーシャルメディアを始めとするデジタルメディアの台頭が著しい。テクノロジーの利活用範囲の拡大と多様化が進む中で、いつどこでどのような破壊的イノベーションが発生し、どこまで影響するのかを正確に予測することはほぼ不可能になっている。また、テクノロジー革新の加速と同時に、ビジネスモデルの賞味期限切れのスピードが加速している点も看過できない。あっという間にシェア上位企業の顔触れがグローバルメーカーから中国の新興メーカーに様変わりしたスマートフォン市場などはその典型例である。

それでは、このVUCAワールドにおける極めて視界不良な経営環境を生き抜くため、企業にとって重要なことは何だろうか?抽象的な表現になるが、それは「未来が不連続であり読み切れないものであることを前提に経営する」ことである。VUCAな経済環境では、従来型の計画型戦略も既存ビジネスモデルも賞味期限が極端に短くなっており、直近過去に成功したベストプラクティスも陳腐化が加速する中で模倣の利を得ることすらも難しくなっている。絶え間ない変化の中で自社を変化させ続けることが企業存続の大前提となるため、大規模資本の投下により長期的な競争優位性を確立・維持していくアプローチはもはや機能しづらい。企業経営におけるイノベーションの重要性が謳われるようになって久しいが、まさにイノベーションの連続と持続を通じた、時限的な競争優位を生み出し続けることが、産業・業界を問わず全ての企業に求められている。最近、非製造分野においてもロボティックやVRなどの次世代テクノロジーの実証実験に取り組む企業が増えてきているが、これまで研究開発機能を有していなかったような産業・企業においても、最新テクノロジーを用いた実証実験を行い、新たなビジネスモデルやサービスを創造するためのプロセスと体制が必要になってきている。

また、経営管理の領域においても、複数パターンの将来想定に基づく戦略策定・管理(シナリオプランニング)への注目が高まっていることも示唆に富む。蓋然性が高い領域において戦略的フォーカス(選択と集中)とその実行計画を重んじる経営管理では十分に取り扱うことができなかった、不確実であるが有望かもしれない領域への投資や、想定外の脅威に対する備えの重要性が高まってきていることの証左とも言えよう。同様に、投資の判断・管理においても不確実性に対する柔軟性の確保が重要なキーワードになる。従来は投資対効果が一定以上の蓋然性で予測できる案件や、必要コストであることが明白な案件に対して優先的に投資を行う企業が多かった。画一的な投資基準で判断が行われるため、前出の「不確実であるが有望かもしれない領域への投資」は滞ってしまうことも多かったが、蓋然性の高い打ち手だけでも競争優位を維持することが可能な時代には大きな問題にはならなかった。ところが、不確実な領域にも事業機会を見出さなければ企業の存続が危ぶまれる時代に突入し、イノベーションを加速するための、少なくとも阻害しないための投資スタンスに移行することが急務となっている。不確実性の高い領域も含めた分散投資と多角的な投資判断が不可欠であり、これまでにも製造業のR&D機能で取り組まれてきたように、実証実験段階の案件から収益貢献間近の案件まで、将来の有望性を段階的に検証・評価しながら、新たな事業・オペレーションを開発・育成できる環境を自社内に構築することが求められている。

走りながら考える、証明しながら広げる改革推進アプローチ

企業経営の在り方が、不連続で読み切れない未来を前提とするものに変わっていく以上、改革推進においてもこれまでとは異なる“姿勢”が求められる。VUCAな環境下であっても立ち止まらないようにするためには、構想と実験を両輪として前進していくことが不可欠になる。

VUCA時代の経営改革キーワードと改革推進アプローチ

図表に示すように、「1. 危機意識を高める」と「2. 変革推進のための連帯チームを築く」から改革が始まる点は、ジョン・P. コッターの「8段階の変革プロセス」と同じであるが、以降の順序性は大きく異なる。従来は、比較的安定した外部環境の下で将来予測が立てやすく、一定の合理性を持って方向性を示すことも可能であったため、ビジョンと戦略を策定してから、短期的成果を実現するためのパイロットケースを行い、成功すれば全面展開を進めるのが王道であった。ところが、VUCAな経営環境下で確たる将来予測が立てづらいことに加え、ビジネスとテクノロジーという異種領域の融合が進む過渡期でもあるため、大きな方向性を決定するところから始めようとすると、事業部門とIT部門の双方の知識とリテラシーの不足がボトルネックとなって、なかなか検討が進まない事態にもなりかねない。そのため、ビジョンと戦略の検討と並行して、実証実験的な取組みに先行着手していくことが重要になる。むしろ、ビジョンや戦略が固まる前から実証実験に取り組むことで、得られる教訓を検討の軌道修正や論拠の積上げに反映し、ビジョンと戦略をブラッシュアップしていく。その後、改革の対象範囲を拡大していく際にも実証実験を軸に構想の深化と実行展開のサイクルを何度も繰り返す。従来の改革推進アプローチがシステム開発で言うところのウォーターフォール型に近い性質であったのに対して、今日の改革推進アプローチはアジャイル開発のように小単位の改革を柔軟かつ機動的に積み重ねていくものになる。

IT機能改革は、新たな機能・サービスの新設、組織構造・体制の再編、ITアーキテクチャの刷新・組換え、新しいシステム開発手法の導入、ITサービスマネジメントやテクノロジーマネジメントなどの管理制度・基盤の構築など、対象領域・範囲が多岐に及ぶ。ましてや前回解説した「BIOオペレーティングモデル」のように、IT機能を事業として再定義し、他事業と双方向のディスカッションを進めていくとなると、改革の波及範囲はほぼ全社をカバーすることになる。全領域で一気呵成に改革施策を実行していくことは不可能ではないが、実行している最中にも社内外の環境や前提条件が刻一刻と変化していくため、個別施策の歯車がかみ合わなくなり、改革全体が頓挫するリスクも高い。したがって、中長期的に目指す姿は1つの姿であっても、打ち手は複数の異なるモードを使い分けながら推進していくことが重要になる。テクノロジー革新の不可逆のメガトレンドに整合している、もしくは過去からの経緯で今手を打つ必然性が明確であるなど、将来展望や投資対効果が一定レベルの蓋然性で見込める施策やソリューションはすぐにでも実行に移すべきものも多い。一方で、先行事例が無い、もしくは先行事例において評判も上々であるが自社とは前提条件が異なり過ぎているなど、不確実性が高い施策・ソリューションについては実証実験的なアプローチを経る必要がある。また、その両者の中間で施策を展開・実行していく過程で軌道修正のためのオプションを複数準備しておく必要があるものも出てくるだろう。重要なのは、改革着手段階で全ての改革施策が明確になっていることではなく、目指すべき姿自体も改革ロードマップも柔軟に描き直していくことの2点である。

ここまで、改革推進アプローチの全体像と要点を解説してきたが、実際に改革に着手し推進していく際の指針として、特に重要な分岐点となる改革始動時の共通認識の形成から推進チーム組成までの進め方と、実証実験を活用した改革順序の柔軟な組換えの2点について、より具体的な解説を添えたい。

スタートラインで試される組織の本気度

ここ最近、ごく一部のリーディングカンパニーだけが先行する状況に対して危機感が高まってきた影響もあるのか、全社的なデジタル経営改革やIT部門の抜本的な変革を真剣に考え始める企業が増えている。経営層の鶴の一声で始まることもあれば、“変革の志士”とも言える中堅社員の粘り勝ちでスタートラインに辿り着くこともあり、ケースバイケースではあるが、その初動には示唆に富む共通項が見られる。それは、現在の日常業務と組織ルールから隔絶された状況で、将来環境の展望や改革構想の検討に取り組める環境を作り出すことである。

このような未来志向の構想・検討作業は、兼務体制で始められることも多いのだが、兼務プロジェクトは失敗に終わる確率が意外と高い。思考の時間軸や様式が全く異なる日常業務とプロジェクトのはざまで上手く頭を切り替えることが困難であることに加えて、日常業務の足元対応がどうしても優先され、作業工数も集中力も計画通りに確保できず、プロジェクトが片手間状態や後回しになることが多い。また、そもそも実行系業務と構想系業務とでは、求められる人材・資質が大きく異なるため、既存の実行系業務におけるエース人材を投入しても、両立以前に全くの戦力外人材となってしまうことすらある。同様に、評価の目標や尺度が異なる(べきである)点も、一人格で働き方を分けることを難しくしている。したがって、新組織の設立とまではいかなくとも、期間に定めのあるプロジェクトという限定的な形であっても、専任体制を構築し、推進メンバーの時間的余裕と、日常業務のしがらみからの独立性を確保する事が不可欠の環境設定となる。

特にIT部門に関して言うと、第2回でも触れたとおり、大半のIT部員が目先の開発・導入プロジェクトや保守・運用の作業に追われ続けている状況である。当然、遠い将来のことや大局的なことを考える余裕は無いとの声も多く耳にする。特に新しいテクノロジーやソリューションが関わる話になると、知識・スキルの不足を理由にキャッチアップすら諦めているケースもある。また、現状に対する危機感を強く抱きながらも、足元の余裕の無さと組織の固定観念のハードルの前に苦慮するIT部門の姿も多く見てきた。そのような状況下においても、IT部門が起点となって改革構想に着手し始めた企業もある。1つの好例として紹介したいのは、グローバルに事業を展開するとある中堅製造業者である。

同社は、海外拠点が増える度に横展開型でシステム導入を繰り返す中、IT資産が拡大していく一方で、従来からのコスト意識が強い企業風土の影響で、IT部門は増員を抑制し、日々の保守・運用で手一杯の状況が長らく続いてきた。IT部門の中には、オンプレミス型のシステム導入と保守・運用の毎日が続く中、最新テクノロジーの導入検討やトライアルに全く手が回っていない現状に強烈な危機感を持つ中堅メンバーが複数おり、経営層に対して「このままだと自社の将来が危うい」と訴え、改革構想・推進のための専任プロジェクトの立上げを経営層に掛け合ったという。何度も却下されながらも諦めずに上申し続けた結果、最終的には経営トップからの承認が下り、IT部門内に専任プロジェクト体制が設立された。現在は、長期的将来の環境予測とテクノロジーを活用したオペレーション改革構想に着手しており、この取組みで手応えのある成果が得られれば、IT部門外に飛び出して社長直下の全社横断プロジェクトに昇華する可能性もあると言う。この経営トップの決断の背景には、直近の収益性と最新テクノロジーの利活用の両面で業界大手に大きく水をあけられているという焦燥感とIT部門の現場の危機感が一致したことの影響も大きいが、IT部門管掌役員が自ら社外のイベントや交流機会に足を運び、仕入れた情報とそこからの示唆を他の役員に伝播していくという活動を地道に粘り強く行っていたことも少なからず影響している。

上述のケーススタディに、スマートクリエイティブやデータサイエンティスト、グロースハッカーなど、次世代型の高度専門人材と呼ばれるような人物は一切登場しない。しかしながら、改革始動の大前提の1つである専任体制のプロジェクト立上げという成果を勝ち得た。将来的に能力・スキルの不足という問題に直面する可能性は想定されるものの、改革始動段階で最も重要なのは組織の“変革熱”を高めることである。IT機能改革しかり、テクノロジー革新に起因する改革の必要性は、経営トップや経営層の間でも十分に認識されているとは言えないため、危機感と改革意志を持つ人物が震源地となって働きかけていけるかどうかに改革始動の成否がかかっていると言っても過言ではない。改革の震源地となる人物は、組織内での影響力の大きさから経営トップに近い立場にいることに越したことはないが、前述のケーススタディのように中堅層の有志メンバーが震源地になってボトムアップで働きかけるアプローチも有効である。ただ、改革の芽を摘んでしまわないためには、より大きな影響力を有する立場の人物が“世話人”として協調・擁護することも重要になる。読者の中に改革意志を持つ方がいれば、組織内での立場の如何を問わず、改革始動前から“仲間”を増やしていく姿勢を忘れずに準備に取り組んでいただきたい。

小さな実証実験から始めて大きな改革に育てあげる

やや逆説的な話になってしまうが、そうは言っても経営トップから専任プロジェクトの立上げの決断を得ること自体が難航するケースは少なくない。いくつかの成立条件や制約はあるものの、そこで足踏みするのではなく、小さな単位で実証実験をするところから始めるというアプローチもある。

例えば、将来の改革テーマの1つとして、オンプレミス型システムをクラウド環境に移行したいと考えている企業であれば、全体改革プランと移行ロードマップを議論するよりも先に、小規模な子会社にクラウド型ERPを導入してみる、一部のWebサービスをPaaS(Platform as a Service)で動かしてみる、サブスクリプション型のSaaS(Software as a Service)を最低ユーザー数で契約して標準機能をウォークスルーしてみるなど、クラウドサービスの初期コストの低さと柔軟性を活用して、大小様々な実験が可能である。実際のクラウドサービスに触れることにより、活用機会のアイデアが広がり、導入に際してのリスクや留意点も具体的に見えてくる。また、KPMGでも支援機会が急速に増えているロボティック・プロセス・オートメーション(RPA=AIや機械学習等を含む認知技術を活用した業務自動化の取組み)でも、一部の部門・業務領域を対象とした試験運用に取り組む機運が高まっているが、これも従来型の業務システムの開発・導入と比較した際の導入コストの低さや導入期間の短さが、小さな実験の着手ハードルを引き下げているが故である。クラウドサービスやプラットフォームビジネスの発展により、コンピューティングやシステムを小単位、低コストで利用できる環境が整っており、今日は最新テクノロジーを用いた小さな実験を行いやすい時代であるとも言える。

それでは、これらの小さな実験が、どのように改革の兆しにつながり、広がっていくのか?先ほども強調したが、不連続で読み切れない未来が前提となる今日の環境においては、実証実験を通じて改革構想の確かさを高め、証明することが改革推進の要となる。小さな実験を先行実施することで、その実証結果を根拠材料として活用し、経営トップの説得を進めることが可能になる。当然、実証実験が成功していることが大前提となるが、現実の定量的なインパクトや顧客・ユーザーからのフィードバックは動かぬ証拠として改革推進の説得力を大幅に引き上げてくれる。また、実証実験を先行することによる副次的な効果も期待される。小さな実験と言っても、調査・企画・設計・開発のサイクルを一巡することで、未知の領域であっても情報収集と外部のトレンドや将来見通しに対する理解が進む。また、実験の場で協働するメンバーの中から志を同じくする者が見つかることや、当初は懐疑派の立場だった者が同調することもあるだろう。

小さな実験から始動するアプローチは良いこと尽くめのようにも聞こえるが、いくつか注意すべき点もある。小さな実験とは、対象領域・組織が限定的で既存業務へのマイナス影響が少ない(混乱、関与工数など)、検討テーマのスコープが限定的で複雑性が低い、投下コストが小さくて済むなど、手軽に始められる実験のことである。ところが、企業によって許容可能な予算範囲も、新たな取組みに対する受容性も異なるため、自社の基準に照らして“小さい”と言える状態になっている必要がある。推進主体本人は“小さい”と思っていても、周囲からは“大きい”と思われたり、マイナス影響への懸念が浮上したりすることもある。小さい実験の段階から抵抗勢力が出てくるようだと、前途多難の道は避けられない。また、小さな実験をどのような立ち位置や体制で実施するかによっても、進め方が大きく異なってくる。発案者もしくは想いを同じくする上長が一定の予算や影響力を有している状況であれば、その権限の範疇である程度自由に実験を進めることができるが、実験開始の段階で経営層から特別に承認を取り付けたような場合は、公式な説明責任が生じるため、成果測定の基準や期間などを定めてモニタリングされる立場で進めなければならない。そうなると、自然と自由度は下がってしまうし、失敗した場合には将来の改革の芽が摘まれてしまうリスクも抱えることになる。したがって、小さな実験であれど侮らず、十分な検討と準備を経て取り組むことが望ましい。

小さな実験から着手する改革推進は、まさにゲリラ的戦術であると言える。そもそも“ゲリラ”とは、スペイン語で「小さな戦争」を意味する単語を語源としており、小規模な作戦を効果的・反復的に実施することによって、規模に勝る相手を翻弄するものである。通常、改革の有志メンバーは、組織内のマイノリティーに属することも多いため、ゲリラ作戦的なアプローチが馴染みやすいのかもしれない。ただ、小さな実験の全てが成功するわけではなく、1つの成功だけでは改革の機運を高めるには至らないかもしれない。改革の推進主体には、小さな実験を続ける粘り強さと、撤退や作戦変更も柔軟に展開できるしたたかさが求められるのである。

実証実験から始める改革推進アプローチ

侮るなかれ、されど畏るるなかれ

顧みてみれば、1990年代後半に端を発するいわゆる“IT革命”以降、ITの要素技術および企業経営における利活用に関する新たなキーワードが断続的に出現し、その度に「経営・事業の革新をリードするIT部門」「事業部門のビジネスパートナーとしてのIT部門」への変革が声高に叫ばれてきた。この大きな潮流のなか、世のIT部門の多くが過去の姿から脱却すべく心血を注いだ結果、一定の成果を挙げてきた企業も決して少なくない。そのような企業にとっては、本稿で述べたIT機能の改革もこれまでの歴史の繰返し、もしくは延長線上と映るかもしれない。しかし、デジタル時代における社内外のプレイヤーの垣根の瓦解(事業部門・IT部門の密な協働や、社外ソリューション・知見の積極活用など)、さらには将来環境の不安定性・不確実性・複雑性・曖昧性(VUCAワールド)やそれに伴う「前例」「事例」の無力化は、従来の取組みとは前提条件や視座の全く異なる変革を求めているのである。

ただ、新たな時代やそれに適応するための変革を闇雲に畏怖することはない。幸いにも、KPMGが話す機会があるクライアント企業のなかにも、変革への第一歩の始動や短期的成果の獲得、さらにはより広範かつ継続的な変革に向けた組織態勢の立上げを達成した企業も現れ始めている。本連載を通じて読者各位が改革を始動する契機となることや、読者各位との情報交換・意見交換の機会に恵まれることを願ってやまない。こうした取組みが、デジタル経営時代におけるIT機能改革の一助となることを祈念し、本連載の結びとしたい。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
マネジメントコンサルティング
ディレクター 石井 信行
シニアマネジャー 西川 陽介

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